閃く銀光
僅か二騎で三千に向かってくる敵を見た時は単なる蛮勇だと思っていたが、そんな思いはすぐに消し飛んでしまった。
白い揃いの装備に身を包んだ男女が斬り込んでくると、前衛が粉砕される。
若草を刈るように突き出された槍の穂先を刈った長柄の武器は、ひるがえって血煙を散らす。その穂先に触れただけで命を刈り取られていくようだった。
追随する麗人の振る長剣も的確に馬上の人物を捉えて斬り裂いていく。二人の操る武器はそれぞれ奇妙な見慣れない形状をしているが、威力は疑いようもない。
(好きにやらせれば崩される。出るしかない)
デュクセラ子爵レイオットの頭には追い詰めた友人の姿はない。目の前の敵を倒さねば、次は自分の命が怪しくなる戦場の空気に塗り潰されつつあった。
長剣をかざして怒号を上げつつ前進すると、黒髪の青年の黒瞳が彼を捕捉する。見交わした男女の動きが変わって、押し包もうとする騎兵を遠ざけるように大振りになった。
それは隙を大きくする動作なので、一度退いた彼の配下は観察するように輪を作るのだが、それが大きな誤算だった。
「パシ! パシ! パシ!」
聞き慣れたような、初めて聞くような炸裂音が連続した。
ずっと耳にしていた炸裂音よりはくぐもった音をしている。ただし、効果は同じだ。落馬する者が続出する。
「おい! なんでこっちが狙われている!」
「違う! あの女だ!」
「まさか……」
それが
それどころか金属針の装填動作は見られず、当たり前のように連射してくる。混乱するのは当然と言えよう。
(これは……。俺はしくじったのか?)
レイオットは上手く回転してくれない頭で整理しようとする。
明らかに取り囲んだ時点で相手の術中に嵌っている。寡兵を圧し囲んで潰そうとする動きを利用されたのだ。
二人はこの状況を作り出す為に突っ込んできたのだと今になって分かる。そして、標的としたのは……。
「俺か!」
長柄の武器を背後に一文字に構えた男が、左腕のガントレットをレイオットに向けている。先端には丸い開口部があった。
(撃たれる! これがあの武器だ!)
ところが丸い穴ではなく、その左右の部分が迫り出して来ると、衝撃波が放たれた。
「うおっ!」
供回りの騎士が吹き飛ばされて落馬する中、咄嗟に大剣を前方に掲げた若き領主は何とか持ちこたえた。ただ、それは戦いの始まりの合図でしかなかった。
牙を持つ刀身が彼めがけて走る。大剣をずらして穂先を逸らすと、火花を散らして通り過ぎていった。見れば、それだけで刃こぼれが生じている。
(正気か? 我が家に伝わる名剣だぞ? 何て突きだ)
レイオットを恐怖させたそれは前哨に過ぎない。
回転した長柄は頭上から石突を落としてくる。剣身を返して受け止めると、斬撃に移ろうとした時には再び穂先が眼前にある。送り込んだ一撃は、刀身の横の鉤状の刃に噛まれた。
(動かない、だと? 冗談だろ? あの小柄な身体のどこにこんな力がある!)
確かに両手で長柄をしごいているが、長躯を持つレイオットとは比較にならない体躯の持ち主なのだ。
剣を奪われないように引く。と思った瞬間には、石突が胸元まで迫っていた。
顎を打ち上げられて、一瞬視界が真っ暗になる。意識を手放しそうになるのを必死に耐えたが、その時には一度引かれた石突が胸に突き込まれていた。
「がふぅあっ!」
目玉が飛び出るのではないかというほどの衝撃が全身を駆け抜けた。
大剣は手を離れて地面に落ち、鞍に突いた手はガクガクと震えて体重を支え切れない。ずるりと滑ると、手を追い掛けるように身体が馬から滑り落ちて大地に打ち付けられた。
「戻ろう」
男の声掛けに「そうね」と答えた美貌が掲げた盾で周囲を威嚇する。その前方に空けられた穴から金属針が射出されると分かった騎兵達は知らず後退して遠巻きになってしまう。
騎鳥が駆け始めても二人に攻撃をしようとする者はほとんど現れず、後退するに任せた。指揮官にして領主である彼が戦闘不能にされた状況下では組織的な行動は難しい。
レイオットは衛生兵に救護を受けながら、揚々と駆け去る二騎の後姿を見送るしかなかった。
◇ ◇ ◇
(信じられない。どれだけ強いのだ?)
最初は自分達の為に犠牲にするのは忍びないと加勢しようと構えていたが、途中からは単に観戦していただけになった。それほどまでに一方的で圧倒的な計算された戦いぶりだったのだ。
(装備からしておそらく冒険者。人間相手に戦い慣れしているが傭兵ではあるまい)
戦場を渡り歩く傭兵は数名で大集団に挑んだりはしない。数の力というのを骨身に染みて知っているから。
そういう事を平気でやってのけるのは冒険者である。人間よりは遥かに脅威度が高い魔獣を相手に、切った張ったの
「見事だった」
丘を駆け上がってきた二騎に思わず声を掛ける。
「褒めてくれてありがとう。感謝の言葉は後で良いわよ?」
「ああ、感謝する。命拾いした」
青髪の美貌が悪戯に笑う。冗談だったらしい。
「離脱します。動けなくはしましたが、いつまでもは持ちません」
「そうだな……。総員、立て! 移動するぞ!」
脇目も振らずに食料を腹に納めていた兵達は、多少は落ち着いたのか「おー!」と応じる。
避難民は乗り物を持つ者のほうが少ない。腹を満たした獣人兵は、鞍の上を女性や子供に譲り、駆け始める。そういう事を当たり前だと感じるのが彼らの感性である。
冒険者達も通りすがりの母子を攫うと騎鳥の鞍の上に乗せてしまう。
「いや、君らは乗ってくれ。しばらく駆けるぞ」
「構いませんよ。合わせます」
人族は獣人のスタミナに合わせるのは無理だと思って忠言するが、否やの答えが返ってくる。その内に音を上げるだろう。そうしたら乗せればいい。
「心配しなくとも良いですよぅ。並の人族じゃないですからぁ」
「そうなのか?」
冒険者仲間なのだろう、同じ装束の一人の犬系獣人の娘が声を掛けてきた。
「ああ、普段から吐くまで走ってんだ。少々じゃへこたれねえぜ」
「吐いてるのはあんただけでしょ?」
「ばらすなよ!」
その赤毛の美丈夫も仲間らしい。
「君らは冒険者だろう? 誰かに雇われたのか?」
青年が差し出す食料に感謝して口にしながら駆け足で進む。
「行き掛かりですよ。難儀しているのを見つけて事情を聞いたら逃げ出している最中だという事でしたので」
「人族にしては奇特な事だ。我らにとっては僥倖だがな。あの娘にほだされたか?」
「同じ人間です。人族だ獣人族だと騒ぐのは、その差を利用したい輩の台詞ですよ」
(そう言い切れる人間のほうが少ないのだがな)
どうやらこの男は少数派に属するらしい。
「あなた! イグニス!」
集団の中ほどまで進んだところで虎獣人に駆け寄ってくる女性の姿がある。
「ファバル、無事だったか?」
「はい。良かった。ファバル達だけ落ち延びたところで、助けてくれる者など誰も居ないと不安でしたのよ?」
駆け寄ってきた子供達を抱き上げて馬に乗せると、縋ってきた妻を宥める。
「西部諸侯に頼るよう伝えているはずだが?」
「受け入れてくださるか、と?」
少し人族不信に陥っているようだ。
「この方達が良くしてくださって」
青年達のほうを示す。
(いったい何があってこうなっている?)
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