赤毛の美丈夫

大盾の男

「ごめんね、ごめんね、トゥリオ。一人にさせちゃって」

「何、気にしてんだよ。当たり前の事じゃねえか。俺の心配なんかしてないで良い子を産めよ」


(サボンはお腹の大きさがが目立つようになってからは、ずいぶんと涙もろくなっちまったな)

 そうトゥリオは思う。


 こんなふうに別れることになるだろう事は、二輪二年前にマーウェイとサボンが結婚した時から解り切っていたのだ。

 それでも彼らがトゥリオをこんなにも気にするのは五輪5年もパーティを組んで共に戦い続けてきた実績と、盾役として二人がトゥリオを本当に頼りにしてきた所為だろう。


   ◇      ◇      ◇


 五輪前5年前、トゥリオがマーウェイとサボンと出会ったのは偶然だった。


 それまで単独ソロで流していたトゥリオは或る、巨大な雷芋虫サンダーキャタピラーと果敢に戦う二人組の冒険者をフリギア南西部の深い森で見かけた。

 剣士の女が一撃離脱を繰り返して牽制し、魔法士の男が大きめの魔法を編んでは繰り出している。しかし女剣士の攻撃力だけでは雷芋虫サンダーキャタピラーの注意を引き続けている事は適わず、時折り雷撃が魔法士のところまで達して魔法に集中できないでいるようだ。


「助太刀するぜ」

「助かる!」


 一声掛けて雷芋虫サンダーキャタピラーの眼前に飛び出し、大盾で雷芋虫サンダーキャタピラーの鼻面を押さえながら斬り付けた。

 女剣士はすぐに応じて戦法を変えた。離脱を考えて浅い攻撃を繰り返していたが、トゥリオが注意を引き付けているので深く剣を入れるようになった。

 それだけでもこの女剣士は高い実力の持ち主だと解る。十分な時間を取れるようになった魔法士からも強力な爆泡バブルボムが飛んできて炸裂し、弱ってきた雷芋虫サンダーキャタピラーに止めを刺す。


 大型の雷芋虫サンダーキャタピラーの討伐を三人でハイタッチし合って喜ぶ。しかも大きめの魔石まで手に入ったとなればほくほくだ。


 話してみると、この二人の付き合いは長く、最近まで他に三人の男とパーティーを組んでいたらしい。

 そのパーティーで一輪一年ほど活動していたのだが、あどけない風貌の割に色気のあるサボンに他のメンバーが色目を使うようになり、それがエスカレートして危うく襲われそうになる事態が発生した事で二人は離脱したそうだ。

 二往2ヶ月半は二人で依頼をこなしたりしていたが、もう限界を感じてきているところだったようだ。


「なあ、俺と組むか?」

「そりゃ願っても無い事なんだが…。あんたもサボンに興味が…?」

 どうやら魔法士のマーウェイはトラウマ気味になっている様子。

「ああ、サボンは良い女だと俺も思うぜ。だが、人のもんに手を出すのは俺の性分じゃねえ。安心してくれ」

「ほんと? 信用していい?」

 サボンもマーウェイを気遣って訊いてくる。

「俺も単独ソロはキツいと思ってたんだ。欲しいのは女じゃなくて仲間なんだよ」

「やったぁ! ほんとに嬉しいよ!」

 そう言って抱きついてくるサボン。そういう無警戒なところが悪いとトゥリオは思ったが、言わないでいた。

 彼女はマーウェイにぞっこんなようであるし。


 そんなこんなで彼らと組んで三輪3年、二人はルミエール教会で結婚式を挙げ、トゥリオは祝福する。そして五往半年前にサボンの妊娠が発覚した。

 最初は一時休養して冒険者活動を再開するとサボンは主張したが、マーウェイは首を縦に振らない。子供を育てながらの冒険者活動は困難を極める。子育てに体力を削られながら狩りに出たりしていれば、いつか命に関わる事態になるだろう。


 マーウェイは自分の故郷に着いてきて定住してくれる事を願い、トゥリオもそれを勧めた。


   ◇      ◇      ◇


 そして先ほど冒険者ギルドでパーティー登録を解除した三人は港町サテマッカの東口で別れの時を迎えていた。

 これから二人はマーウェイの故郷、ホルツレイン王国王都ホルムトの北にあるキハ村まで旅して、そこで子供を産み育てるのだ。

 それは冒険者としては一番幸せな別れと言えるかもしれない。しかし、トゥリオを残していくマーウェイとサボンは申し訳ない気持ちを拭いきれないのだろう。


「あんたと出会えて俺達はすごい幸運だったよ。なのに恩を…」

「それ以上言ったら怒るぜ、マーウェイ。お前達は今からが大切なんだから自分達の事を考えろ。俺の事なんてたまに思い出して笑い話にしてくれりゃいい」

 トゥリオの胸で泣くサボンはもう嗚咽で声が出ない。

「そんなに泣くなよ。腹の子が心配するぜ」

「馬鹿…、あんたは良い人過ぎて…、心配なんだ…」

「それほど間抜けじゃねえつもりだから大丈夫だって、な?」


 サテマッカを発つ商隊の一つに安く同乗させてもらい、二人はホルツレインに向かう。

「元気でやれよ!」

「トゥリオ、お前は最高の仲間だったよ!」

 サボンを宥めながらマーウェイはずっと手を振っている。トゥリオは馬車が見えなくなるまで見送っていた。


 晴れた空の青が、今陽きょうの彼の目には妙に染みた。


 後の予定がなく、どうしようかと悩んでいたトゥリオだが、この後奇妙な一行と港で出会う事になる。

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