人族と獣人族と
魔闘拳士の請願
ホルツレイン国王アルバートから数段下がった前には王太子一家が跪いている。王宮到着後、身ぎれいにした彼らはすぐさま国王の前に参じたのだ。
その予定は
「王太子領の視察、苦労であった。皆、面を上げよ」
一家の顔を眺めたアルバートはホッとする。これほど長期に渡って離れていた事が無い所為もあるが、何より彼らの顔に浮かぶのが旅疲れでなく充実感だったからである。
「ただいま戻りましてございます、陛下。自領の視察の為とは言え、公務を空けました事お詫び申し上げると共に心からの感謝をお伝えいたしたく存じます」
「御身のご寛恕で、僅かなりとも殿下をお助けする妻の役目を務められた事、感謝申し上げます」
「陛下にお許しいただき、見識を広められました事、ここにご報告いたします」
継承権順位の関係で、公式の場ではゼインの発言権が高い為、先に発言する。
「陛下の広き御心で、旅を楽しませていただきました事、幸せの至りにございます。この身の一生の思い出になりましょう」
更にはセイナの立場では配慮を要する。政務に興味を示すような発言ははしたないとされるからだ。ここは娯楽であったと強調しておく。
始めにカイの旅への同行を求めた時も、実際にちくりと諫言が耳に入ってきた。つい興奮しての発言だったが、慎むべきだったと今は思える。その場では控えても、後々
子供の身でさえ、そこまで求められるのが王宮という厄介な場所である。
「うむ、詳しい報告は後に聞こう。今は身を休めるが良い」
「は、お言葉に甘えさせていただきます」
クラインが代表して受け、帰還報告という名の顔見せは終了だ。
「さて、我が名誉騎士よ。此度は冒険者としての依頼。褒美はギルドを通して渡す」
後ろに控えているカイ達の番だ。
「ではあるが、そなたの貢献高きものと余は思う。望みあらば申せ」
彼の設定したロアジン会談の内容は既にアルバートの耳にも入っているし、それに関する謝意を伝える急使がフリギア王国より遣わされている。遠話器の有る今、それは最大限の配慮と言えるだろう。
それは居並ぶ重臣達にも伝わっており、アルバートのこの言葉を正当なものだと考えている。
「いえ、護衛に関しては十分な報酬だと思っておりますので結構です。お心だけいただいておきましょう」
「そう申すな。何でも良いぞ?」
相変わらずの横柄な物言いに苦い顔をする近臣も居る。だがアルバートは上機嫌でもう一押ししてきた。
孫達が遠話器で視察の間に重ねた経験を報告するにつれ、明らかに成長していると言葉だけでも伝わってくる。ゼインに至っては、直感だけでなく国の事や人の事を深く考察する様子が見受けられた事で、彼にとっては大きな転機になったであろう事は間違いないと思えた所為だ。
「以前、保留にしていた褒賞も兼ねて一つお願いを聞いていただいても宜しいでしょうか?」
「うむ、良かろう」
それはトレバ戦役勝利後の論功行賞の事だ。地位や階級で受け取れない彼らは金品で受け取っていたのだが、カイだけは保留としていたのである。
「では密林地帯を含めた北部の一部を買い取らせていただきたいのですが? これはルドウ基金代表としてのお願いです」
「…………」
アルバートの顔が引き攣っている。前科があるので次に謁見を申し込んできたら蹴ってやろうかと思った事も有ったが、油断していた。ここで放り込んで来るとは思っていなかったのだ。
豊富な資金力を誇るルドウ基金としての請願だと言う。しかも居住不可能な二束三文の土地の事だ。その気になれば相当な面積を持っていかれるかもしれない。
(何と厄介な)とは思うものの、自分から言えと言っておいて否というのは沽券に関わる。
「理由を申せ」
「実はとある獣人郷に移転を打診しておりまして、色よい返事を貰っていますので、彼らに住まう場所を用意しなければならないのです」
◇ ◇ ◇
二
「いらっしゃいませ、キルティスさん。いつもお疲れ様です」
契約商人キルティス・クラビットのデデンテ
「今回分のナーフスは倉庫のほうにご用意してありますので、お持ちください」
「長レレム、毎回周到な準備、ありがとうございます。こちらが代金になります」
「はい、確かに」
「それと、これを冒険者ギルドから預かって来ています。この差出人って彼ですよね?」
キルティスがデデンテ郷への荷物を預かる事はたまにある。そのほとんどが、彼が取り扱っていない商品をレレムに頼まれて仲介した場合であって、中身も把握している。しかし今回は冒険者ギルド経由の荷物であって、キルティスも何が入っているかを知らない。しかも差出人は彼も面識有る冒険者の黒髪の青年だ。興味をそそられても致し方ない事だろう。
「ええ、カイさんです」
それはカイがスーア・メジンで警護を抜けた時に、冒険者ギルドに運送依頼した小荷物だ。
「今度は何ですか?」
荷物を手にする途端に、長の責務の時には見せない柔らかな笑顔になるレレム。一
「ミルムちゃん達はもう発ったんでしょう? 入れ違いになっちゃったんですかね?」
「あの人がそんな間抜けな事をするとは思えないんですけど」
そう言いながら荷物を解く。その中からはゴロゴロと幾つかの物が転がり出てきた。
「ぶはっ! こ、これは反転リング! それもこんなに! これって一財産ですよ!」
「お高価い物なのですか?」
「高価いのも高価いんですが、それより市場に出回ってなくて商人なら誰もが喉から手が出るほど欲しているものです。このリングに『倉庫』の魔法が封じ込められている物ですよ」
キルティスもレンギアで一度だけ、一人の商人が酒場で自慢げに見せびらかしているのを見た事が有るだけだ。
「あら、これだけ形が……。あ、お手紙が有りました」
プルプルと震えながらリングを持ち逃げしたい衝動と戦っているキルティスを放置して、レレムは手紙を紐解く。
手紙には、今度はレレム本人をホルツレインに招待したい旨の内容が書かれていた。それも旅行者としてではなく、移住者として。可能ならばデデンテ郷ごと移住して欲しいというカイの望みが綴られている。
ついてはその相談の為、同梱の遠話器で自分に連絡が欲しいとある。その後には、遠話器の使用法の説明文が添えられていた。
「これは『遠話器』という物らしいです」
「えんわきぃ!!」
キルティスの奇声にレレムは仰天させられる。
「なんです?」
「何もかにも最先端の魔法具と言われる代物ですよ!? それも噂の域を出ません。どんなに距離が離れていても会話が出来るという話です。王城で、一部の要人だけが所持を許されているという噂ですけど」
「きっとそれで合っていますね。手紙に、これで相談しましょうとあります」
「驚かないんですね……」
「何が出て来ても驚きません。あの人の事ですもの」
「つ、使うんですか、それ?」
「はい、もちろん。カイさんの望みですから。でも少し頭を整理してからにいたします。あの人の思索に付いていくのは大変ですから」
肩を落としていつもより疲れた様子を見せるキルティスと、次の出荷量の相談をしたレレムは扉まで彼を送り出した。デデンテ郷には彼専用の家屋が建てられている。そこで従業員達と一晩休み、また
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