滅魔の戦士
「愚かな」
ケント達が呆気に取られる中、カイは歩を緩めず歩き続ける。
「何と愚かしい。神々やドラゴンがこの世界を滅びから救おうと心を砕いているというのに、破滅の使者を自ら招き入れるとは。人間とはこうも愚かな生き物なんだろうか?」
「何思うか、人の子?」
自分へと向かってくる青年を、魔王は怪訝そうな様子で窺う。
「我も同意するぞ。この世界の人はどうやら滅びたいらしい。進み出てくるとは人の子の
「お構いなく。どれだけ不合理を感じようとも、あなたのような存在を放っておく事は出来ないのですよ」
「面白い。一人歯向かう気概は褒めてやろう。だが無為と知るか良い」
魔王の忠告に彼は首を振って応じた。
「
始まりの言葉が紡がれる。
(何も心配要らないわ。前回の対戦時よりこの人は強くなっている。だってずっと起動状態での訓練も重ねてきたんだもの)
チャムは何の懸念もなく見守っていられる。
「
腕と胸に光の紋章が浮かび上がり、頬にも紋様が描かれる。瞬時に巨大な存在感がもう一つ、魔王の傍に出現した。
「おおぉおー! なんだ貴様は、神々のひと柱であったか!?」
身長にして五分の一程度に過ぎない黒髪の青年に圧されて数歩後退る。
「違う! その力、理の外側の者! あの世界の住人、上位者か!?」
「ドラゴンの事を言っているのなら的外れです。僕はそんな高尚な存在ではありません。ただ、あなたを滅するだけの力の具現です」
欠片の躊躇いもなくカイは淡々と歩を進めていた。
◇ ◇ ◇
「……何なんですか、彼は?」
ようやく衝撃から立ち返ったカシジャナンが問い掛けてくる。
「あれがあの人の本気よ。神
「あいつ、こんなに強かったのか……」
「変なところで優しいからな、あいつぁ。よほどの事がねえと人間相手にこの力は使わねえよ」
勇者ケントの独り言にトゥリオは応じる。勇者パーティーの女性陣は言葉もなく圧倒されて、呆けたティルトに支えられていた。
「これが魔闘拳士……」
「どうもそのようだ。俺はお前に心配を掛けなくて済むらしい」
声を震わせるアヴィオニスの肩をザイ―ドが抱く。
「出来るだけ多くの人を守りたいが為にカイさんが辿り着いた場所なのですぅ。意志を貫く為に努力を惜しまない、すごい人ですのでぇ」
「気持ちは解るが容易ではあるまいな」
「身体の負担が大き過ぎてぼろぼろになっても笑っているような人ですからぁ」
フィノは泣き笑いのような面持ちで語る。
◇ ◇ ◇
「神
狂気の笑いとともにけしかける首座アメリーナ。
「くだらぬ煽りになど乗る気にはならぬが、貴様を倒さねば我はこの世界を手に入れられんようだ。ならば戦うまで!」
威圧感を増す魔王に、カイは無言のまま近付いていく。黒瞳の奥の青白い焔が威圧を跳ね除けるように輝きを放っていた。
静かに歩み続けるだけの青年に対し、魔王が振り上げた手に暗黒の剣が生み出される。斜めに振り下ろし地に沿わせるように切っ先が走ると、少し離れた位置にいる腰を抜かして座り込む
しかし、刃はカイを傷付けられない。彼が平手で軽く払っただけで暗黒の剣は砕け散り、元の黒い粒子に還っていく。そして、大地を踏み鳴らした音が聞こえたと思ったらその姿は掻き消えていた。
次に現れた時は魔王からかなり離れた後方。そこに身軽に着地する。彼の右手の爪には黒い核石が握られていた。
凝り固まった魔王の胸の中央には大穴が空いている。青年はそこに有る魔王核を掴み取りながら突き抜けていったのだった。
「ぐおぉぉ ── !」
魔の頂点が上げる断末魔で、カイの右手が魔王核を砕く音は掻き消された。
「あり得んぞー! この我がぁー!」
「現実です。速やかに退場しなさい」
輪郭から崩れて黒い粒子が拡散していく。形を保っていられる時間はそう長くないだろう。
「勇者でもない者に我が敗れるとは! やはり貴様は……!」
「ただの人です」
残留思念の群体は凝集を解かれ、末端から薄まっていく。それでも無念を表すようにもがき、本体を構成していた粒子を撒き散らし虚空に手を伸ばす。三次元で活動出来る形態への妄念は怖ろしいほどだと思えた。
「ぐぬぅ。魔王ともあろうものが何も出来ずに滅び去るとは」
次はお前だとばかりに睨まれたアメリーナは地団太を踏む。
「ならば我らで弱らせるしかあるまい。準備せよ」
滅魔の戦士におののいている
地上に描かれた魔法陣の内側に駆け寄ると、手を突いて魔力の注入態勢に入る。ちょうどその中心辺りにカイが佇んでいるのだ。
「
飛翔魔法具を背中に展開した青年は、風鳴りの音を響かせ始める。
その足がふわりと地から離れた。
◇ ◇ ◇
「止せ、魔闘拳士! それは神の御技だ!」
勇者王は咎めるように呼び掛ける。しかし、青年の身体は上空へと浮かび上がっていく。
「お前は人で在りたいと願っていたのではないのか!?」
「無理無理にゃ。もう止められないのにゃー」
灰色猫は諦めろというように首を振る。その面には、いつもあっけらかんとした彼女らしくもなく、珍しく懊悩も見え隠れしている。
魔法陣が一層明るく輝きを放ち、魔法が発現する。それは小さな光点に過ぎないが、とてつもない熱量を孕んでいた。
「
チャムの呟きは重い意味を持っていたが、誰一人として成り行きから目を逸らして逃げ出そうとする者はいない。ただ、魔闘拳士が何を成すのかを見守っている。
拡大する光球が彼の身体を飲み込もうとするが、持ち上げた左腕から発生した
それは宙に開いた大輪の花の如き様相を見せ、しばらく美しく光を放っていたかと思うと光の粒となって風に流れていった。
「ま、全く効果が無いのかえ? 都市一つを焼き尽くす魔法ぞ? 何かの手違いしかあり得ぬ。皆、気を入れて臨めよ」
不発に終わったのが腑に落ちないようだ。
「まだ足掻きますか? 結果は変わりませんよ?」
「偉そうに! 我らが魔法が最強にして至高の力ぞ!」
それに満足出来ずに神屠る者の能力を求めていたのに、それさえも忘れてきーきーと騒ぎ立てる。
「助命は聞き入れませんが、あなた方の所為で命を失った者へ謝罪を述べる時間くらいは差し上げましょう」
「早く魔力を注入するのじゃ!」
カイの配慮も耳には届いていないようだ。
「では、始めます。
彼が
そして、カイ自身も同質の光を纏う。外側からは輪郭を縁取るように光が強調されて見え、神々しさを増しているように思えた。
「
自然に開かれていた青年の両腕から強烈な魔力波が放出される。魔力に敏感な者にとって爆音を響かせるような効果を発揮し、魔法陣内の魔法士達は一様に頭を押さえてもだえ苦しむ。
その魔力波は輝きを強めていた魔法陣から魔力を吹き散らかし過ぎ去っていった。
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