魔の再臨

 外輪の魔法陣からは魔力と同時に何らかの構成が魔王核へと送り込まれている。黒い粒子が次元壁の穴から雪崩れ込んでくると、首座アメリーナは退避して見守っていた。


 魔王核の周囲に何かが形成され始めると、台座は脆くも崩壊する。しかし、魔王核は浮いたまま形態を作り出し始めていた。

 それは巨大な人型へと成長していく。ただし、人とはいささか異なる。全体に見れば筋肉質な人型と言えなくもない。まず、各所が太くがっしりとしている。その、700メック8.4mという大きさを除けば屈強な逞しい人間と形容出来る。

 ただ、人間に無いものも多い。各所の節々に棘のような突起が多いのが顕著な差異かもしれない。肘や膝といった可動部は棘で覆われていて堅牢な作りをしている。中にはヘラのような平棘もあり、触れる物を斬り裂くのではないかと思わせる。


 足には指が認められないが、甲から生えた棘が放射状に広がり、大地に突き立つかのように尖りを下向きにしている。ふくらはぎからも複数の棘が見られ、膝には一層長いものが目立つ。関節を守る役目があるのだろうか?

 腰回りにも幾本かの小さな棘と、股関節を守るよう甲羅に覆われたような股間がある。胴体にも甲盤が多数配置されて、刃物への耐性を表しているようだ。


 肩には特筆すべきほどの巨大な複数の棘が天に向けてそそり立つ。肘からも、人の扱う大剣を遥かに凌ぐ長大な棘。平らで鋭利な印象のそれは、如何な物でも両断しそうな雰囲気を放つ。

 手首近くはひと際太くなっていて、手指とは別に多数の爪なような物さえ見受けられる。甲羅の小片に覆われた手も頑強そうで、爪先は鋭く輝きを放っており、そこだけはカイのマルチガントレットを思わせる。

 首には甲羅が無いが、筋肉のうねりが感じられる。実際に筋肉で出来ているとは思えないが、魔の眷属も元は人間。そういうイメージで出来上がっているのだろう。


 顔面には、小鼻周りや眉があるべきところ、目の下などに小さな棘が配されている。頭髪は無く、折り重なる鱗状の物が頭部を覆って保護している。そして、ひと抱えは有りそうな巨大な四本の角が冠のように放射状に生えていた。

 目を引くのはその瞳。全てが漆黒で彩られているのに対して、目だけは赤く光を放っている。白目もなく、紅玉のような瞳が周囲を睥睨してきた。


「おおお、我、再び目覚めり。これは如何なる儀か?」

 荘厳ささえ感じさせる太く低い声が遠く響く。

「此度は我を王と求むるか、人の子どもよ。ならば崇めよ。そして血肉を捧げよ。さすれば安らかなる眠りを与えん」

 自分を中心に集まる多くの軍勢を前に何か思い違いをしているようだった。


「そなたは王ではない」

 アメリーナが歓喜の表情で言い放つ。

「吾が法により再び肉を得し者よ。主は吾よ。従うがよい」

「主? 我は君臨せし者。我が上に存在するもの無し。思い上がりも甚だしい」

「ならば止まれ」


 首座は魔法陣の一画に別に設えられていた台座の一部に触れて何らかの操作を行っている。起動線を光が流れ魔法文字が輝くと、魔王の頭部や肩、胴周りや膝などに黄色い光の輪環が現れる。その帯には魔法陣と同じ記述が浮かび上がっている。拘束帯のようなものか?


「くだらん」

 魔王は鼻を一つ鳴らす。首を一振りしただけで全ての輪環が弾けてしまった。

「愚かなる人の子よ。無慈悲な死を望むなら与えよう」

 魔王が腕を振るだけで黒刃が生まれ、神至会ジギア・ラナンの数名が両断された。

「馬鹿な! 首座様、これは!」

「お話と違います! 制御出来ると!」

 どうやら外輪の魔法陣は制御用の記述だったようだ。


(魔王が制御可能だと思っていたわけ? そんなの不可能に決まっているじゃない! 魔王を構成する情報体は魔力波よ! どちらが魔法の扱いに長けているかなんて自明の理! 敵うとでも思ったとしたらとんでもない思い上がり!)

 チャムはそう思うが、その思い上がりでここまで大きくなった組織であるのも事実である。

(それにしても大きい。長期に渡って存在してしまった魔王はこんなにも成長してしまうの? 能力も上がっていると思うべきよね)

 時を重ねて黒い粒子を蓄え続けた結果の巨体だろう。その情報で魔王核に書き込まれているので、素材さえ有れば復元されるのだと思われた。


「きゃははは! 良いぞ! 良いぞえ! そうでなくては魔王などと呼べぬ!」

 首座は離れた位置からけたたましい笑いを響かせた。

「その力、存分に吾に見せよ! 魔闘拳士に味わわせるが良い!」

「駄目だぜ。あの女、完全に狂ってやがる。自分が何したのか分かってねえ」

「共倒れになって両方とも抑え込めるとか都合のいい事を考えているのかもしれませんですぅ」

 トゥリオとフィノは顰めっ面で評する。

「とにかくだ! 復活してしまった以上、倒すしかないぞ! 俺達の出番だ!」

「そうだな、やるぞ。幸い、ここには聖剣が二本もある。見るからに怖ろしいが、決して倒せなくはないはず。勇者王、ご協力お願いします」

「良かろう」


 カシジャナンの要請にザイードは即答するがアヴィオニスは不安げである。末裔とは言え、彼自身は勇者の能力も持っていなければ、聖剣の全性能を引き出せるわけではない。聖剣そのものは滅魔の能力は残しているはずだが、それを扱う者の性能は人間の域を出ない。


「無理しないで」

 そんな思いは夫婦の呼吸か、勇者王にも伝わっている。

「案ずるな。俺に出来るのは現勇者の補助くらいのものだ。分は弁えている」

「ご安心を、王妃殿下。我らも参りますので」

 アヴィオニスを勇気付けるように勇者パーティーの面々は決意の色を宿した目を向けている。

「宜しければチャム陛下も滅魔の法がお有りでしたら力添えをお願い申し上げます。君も牽制の為の魔法を頼めるか?」

「フィノですかぁ?」

 青髪の美貌に助力を請うた後に獣人魔法士へも声を掛ける。カシジャナンは形振り構わず力を結集したいらしい。


(あれほど巨大な魔王だものね。気持ちは分からなくもないわ。本来は勇者パーティーだけで挑むものだけれど、緊張するのは仕方ないでしょう)

 麗人には彼の不安が手に取るように分かる。


「あれな、魔法はほとんど効かねえぞ? フィノがすげえ魔法士なのは確かだがよ」

 急に褒められて頬を染めた犬耳娘は大男を肘で突く。

「もぅ! でも、有効属性の光系でも普通に放っただけでは防がれるのは本当ですぅ。効果があるのは皆さんが持っているような聖属性武器だけですよぅ?」

「は? どうして君はそれを……」

「魔王とはこんなものか?」

 フィノの発言を奇妙に思ったカシジャナンが問い掛けようとするが、その後ろで更に聞き捨てならない台詞が聞こえた彼は言葉に詰まった。

「侯爵閣下もそう思った? ハモロも正直、この前のほうがよっぽど怖かったんだ」

「確かにゼルガも背筋が凍りましたね。あんなに離れていたのに尻尾が膨らんでしまって恥ずかしい思いをしました」

「普段はそんな事絶対にないけど、ロインも怖かったよ~。本気出したらすごいんだもん」

 獣人戦団の翼将達は口を揃えて恐怖を語る。勇者の仲間やザイード達は何の事だか分からないだろう。


(あー、この子達も口にはしなかったけど感じてはいたのね)

 チャムは彼らの気遣いに感謝する。彼への接し方は変わらないように見えたからだ。


「君達は何の話をしてるんだ? あれは人類最大の脅威だぞ? 怖ろしくないと言うのか?」

 不条理を訴えるがそれは彼の主観に過ぎない。


 そんな言葉を余所に、黒髪の青年は足を踏み出した。

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