西の盟主

「あーっはっはっは、はーっはっは!」

 呵々大笑する虎獣人。

「当然ではないか! あの刃主ブレードマスターとさえ五分以上の戦いをするはずだ! 帝国が見過ごす筈もない!」


 互角に戦ってはいたものの、カイの仲間はそれを当然と思っており、どこまで本気なのかを見せない。イグニスにはそれが余裕に見えていた。


「大軍を前に欠片も臆さぬ度量! 想像を超える卓越した武威! 闘神グリザーリの如き拳技! 智神デオグラードの如き技法と智謀! まさに魔闘拳士そのものではないか? 俺は何を見ていた!」

 両手で顔を覆って恥じるように笑い続ける。

「貴公、この御仁が誰だか知らなかったか?」

「恥ずかしながらその通りであります、ジャンウェン卿。俺は馬鹿みたいに、彼が殿下の配下に加われば力になると思って連れてきました。そんな相手ではないのに」


 一瞬で真顔になった獣人侯爵は、青年に対して跪く。付き従う指揮官達も当然のように倣った。


「我ら奉ずる御神より御言葉を賜っております。獣人全ては魔闘拳士殿、貴殿の御命に従います。どうかお仕えする事をお許しください」

 カイの横で縋っているルレイフィアはきょとんとして、何が何だか分からない様子を見せている。

「参ったな」

「はいはい、あまりに何もかもが雑然としているわ! 整理するから、もうお止めなさい!」


 チャムが手を叩いて全員を黙らせた。


   ◇      ◇      ◇


「で、何? 西部連合を纏めているのがウェクトレイ。あなた?」

 麗人が指差すと、武人風貴族は頷く。

「如何にもにございます、陛下」

「それ止めて。むず痒いわ。ここではただの冒険者のチャムよ」

 その割に横柄であるのは気にしていない。彼女のこの態度は一貫している。

「それではチャム殿。西部の意見はわしが取り纏めております」

「モイルレル、あなたは?」

「私はこの北のヴィスカリアを中心とした一帯を領地としており、疎んじられていたところを殿下に拾っていただきました」


 あとは数名の騎士爵が顔を揃えており、皆がジャンウェン伯ウェクトレイを中心に西部連合を形作っているらしい。


「あなた達がアヴィとも連携して動いている訳ね?」

 あまりに直截的な表現に苦笑が広がる。

「まあ、妃殿下には色々とお言葉や支援をいただいております。親しくなさっておいでなのですな?」

「そうよ」

 チャムは手をひらひらと振って、今はそれは重要でないと示す。

「なるほどね。それで彼らが担いでいるのがあなた。ルレイフィア? ルル?」

「ルルで良いです、お姉様」

 皇女は正しく彼女の意を汲んでいるようだ。それだけで聡明さを感じる。

「ちょっと言葉を選んであげようよ、チャム。彼らの立場がない。盟主で良いかな、ルル?」

「はい、お兄ちゃん! そんな感じです!」

「じゃあ、今後は盟主っていう肩書で良いのね。それで、ルルはカイとどういう関係?」


 別に艶っぽい話ではない。嫉妬の感情がこもっているのではないし、単純にどういう経緯で親しくなったのか疑問に感じただけだ。

 そこで初めて、カイが単独偵察の過程で知り合った少女なのを知る。如何にも彼らしい話に、チャムは自然と微笑んでいた。

 聞けば今十四であるという。女性として僅かに綻び始める時期だと言えよう。カイに対する感情は、ほぼ純真な依存心であるように思えた。


「あとは、イグニス。あなたはカイに仕えたいって言うの? 帝国貴族でしょう?」

 ここが一番面倒な点だと思っている。

「だが、獣人の祖はコウトギにある。心の里は東の地にあり、奉ずる神も公にしなくとも御神ひと柱のみ。神使のお方であれば、託された御言葉に従う常は解ってもらえると思うが?」

「シトゥラン翁に従うというのね。解らなくもないわ」

「ご勘弁を」

 気持ちを察して欲しいという願いと、その名をあまり口外して欲しくないという願いの二つの意味がこめられている。

「そう言ってるけど?」

「うーん……」


「カイ殿。ルレイフィア殿下が頼りにされているご様子。どうか今後もお力添えをいただけないだろうか?」

 獣人の纏め役としても、皇女の相談役としても、そして武威も貸りたいと欲しているようだ。

「一つだけ伺っておきます。貴殿らはルルの名を望んでいるだけですか? それとも彼女にじつを望んでいるのですか?」


 ルレイフィアはそこに居るだけのお飾りで良いのか、それとも真なる盟主としてその意向に従うつもりなのかと問い質している。

 それ次第で話さなくてはならない相手が変わるし、西部連合の在り方も意味が違ってくるのだ。


「殿下の御意に従いまする。我らがいただくは帝国民を真に思い、現状を憂いしお方のみ」

 ウェクトレイはきっぱりと断言し、モイルレルを始めとした諸侯も頷く。

「では、イグニスさんの件はちょっと保留させてもらえますか? ルルと話さなくてはならない事があります」

「分かった。良い返事を待っている」


「お待ち申し上げております」

 カイ達がルレイフィアをともなって話が出来る一室に向かおうとすると、モルキンゼスは腰を折って見送ろうとした。

「あなたも来てください、モルキンゼスさん。これからも一番頼りとされるのは誰だと思っているんです? 意見をください」

「宜しいので?」

「もちろんです」


 参加者は六人となった。


   ◇      ◇      ◇


「単刀直入に言うよ、ルル。このままだと帝国は内乱になる」

 人払いの後にカイは告げた。

「何となくは分かります」

「そして君は一方の旗頭。多くの命を背負わなくてはいけなくなる。それに値するだけの覚悟があるのかな?」


 いくら聡明さを見せているとは言え、ルレイフィアは十四歳の少女。帝室の血を利用すべく祭り上げる事など大人には造作もない。

 吹き込まれた大義を信じて突き進み、重責に押し潰されるのは忍びない。彼女に明確な動機があるのか確認すべきだと思っている。


「帝国は大きな国です」

 語彙は幼いが、伝えようという強い意志は感じられる。

「でも、どんな国でも一人ひとりの人の力で出来上がっているはずなんです。だから、国というものは国民の為に在るべきだと思うんです」

「うん、そうだね」

 伝わっているか不安になったのか、彼の顔を窺っていたので同意を示す。

「今の帝国は変なんです。帝室は人の上に立ってその行き先を示し、民の協力を得て国作りをしなくてはいけないのに、国民と領土を力としてそれを見せつける事で成長しようとしているんです」

「ええ、方向性はルルの言っている通りよ」

 その裏にある思惑までは触れない。まだ彼女が背負うには重すぎる。

「帝室は見せ掛けの未来を掲げて、自分の考えだけで何もかもを決めて構わないと思っているようです。すごく傲慢な考えで国民をないがしろにして、人々の将来を燃やすようにより大きくと望んでいる」

 膝の上に置いた手に力がこもる。

「人の命は魔力ではないんです。それを使って何かを成そうとしてはいけないのです」

「ルルが国を本来の在り方に戻そうとしているのは分かる。でも、もし君が立てば戦争になる」


 カイは隣の彼女に触れようとして止めた。それは彼女の決断を後押しするように感じるかもしれない。これから残酷な問いを投げ掛けるのに。


「ルルの理想を実現する為に人は戦って命を燃やし尽くす。その矛盾はどうするつもりかな?」

 答えを急がせないよう、テーブルのほうだけを見ている。

「ルルが未来を示します。そしてお願いします。将来の為にあなた達の命をください、と。一緒に命を燃やしてください、と。その代り、ルルが全ての罪を背負って土に還ると伝えます」

 人並に魂の海へ還ろうとは望まず、罪人として土に還ると言う。業の深い血筋だと思う。


(どうしてそんな風に考えるようになってしまったんだろうね?)

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