勇者王の矜持
「まとうけんしって、あの魔闘拳士!?」
ザイードは声も無く、アヴィオニスも退行したかのような声を出す。
「そーそ、あの詩の魔闘拳士よ。東方の吟遊詩人だって歌っているでしょ?」
「何でそんなものがこんなところに?」
「うわ、『そんなもの』って言われちゃったよ」
その肩をポンポンと宥めるようにトゥリオが叩く。
停戦旗を掲げた事でトゥリオ達も警戒を解いてカイのところまでやってきていた。
「まあ、そう言ってやるな。こっちの人間にとっちゃ、お前は絵本の登場人物みてえなもんだろ?」
「分からなくもないけど、文句くらいは言わせてもらってもいいかな?」
膨れる彼の頭をフィノとリドが撫で、駆けてきたパープルも慰めるように肩に頭を擦り付ける。
何とも言えない空気が流れた。
「そうか! 貴殿があの魔闘拳士か!」
ザイードは一転して明るい顔を見せて近付くと手を差し出してガッチリと握手をする。敗北が、現代の英雄にもたらされたというのなら腑に落ちるのだろうか?
「見事な腕前、感服した」
「お褒めに与かり光栄です、勇者王。ここはまず、矛を収めて事態の収拾に努めていただけますか?」
カイはこの奇妙な状況にさっさと終止符が打ちたかった。
◇ ◇ ◇
(まるで子供じゃない?)
アヴィオニスにはそうとしか思えない。
技の切れや言葉遣いには確かに老成したものも混じっている。だが、若々しいでは語れない仕草も少なからず見受けられるのだ。
(『魔闘拳士の詩』が流行り始めたのって十四、五
おどけるその姿には、年齢や何かを成し遂げた者の風格というのが感じられない。王としてはまだまだ若いザイードにもその片鱗くらいは見えてきているというのに。
漆黒の髪は東方人に多いものだが、
少しふっくらとした童顔には鋭さの感じられる切れ長の目。深い黒の瞳にはギラつく感じはなく、冷めた知性の光が踊っている。
さほど高くない小作りな鼻に薄い唇。どれ一つとっても大きな乱れはなく、整った形と言えよう。バランスにも問題はないというのに、なぜか美麗という印象は皆無である。
のっぺりとして目立たず、大衆に埋もれてしまうような容姿だ。その強さを知らなければ、
身体は引き締まった印象が有るし、身のこなしはザイードに通ずるような隙の無さがあるように思う。
陽焼けした肌に良く鍛えられた身体つきを見れば、武人だというのは納得出来る。しかし、
その上に、基本として笑みを湛えた表情がコロコロと変化する様を見せられれば、幼い印象を受けるのは仕方ないと思う。
それでも聖剣を手にした勇者王を下した武威はまさに本物である。彼女はその意図を気にしない訳にはいかなかった。
だが、今は別に話さねばならない相手もいる。
それは騎乗してゆったりと近付いてきていた。
◇ ◇ ◇
その人物は少し距離を置いて下馬すると、同乗者に手を貸した。そして、歩み寄ってくると膝を突く。
「勇者王ザイード陛下とお見受けする。ファリ・クフォルド領主継承権者アイフェルと申す。お話ししたき儀があり参上した。席を設けていただけようか?」
彼の名乗りが正確なところである。領邦には領主が居るだけで王はいない。連邦にも盟主が居るだけで同じく王はいない。主権者は領主であり、それらが仰ぐ人物が盟主である。それで一国を為していた。
連邦は言うなれば自治領の群体。一都市を中心とした領地を治める小国が身を寄せ合っているような形で大国とも相対する体裁を取っている。
なので彼は領主を継承する予定の人間であって王子ではない。しかし、外国から見ればその立場は小国なれど王子であると見るのは間違いない。普通にそう呼んだりもするのだった。
「立たれよ。敗者に膝を突く必要はない」
ザイードが重々しく告げれば、アイフェルもそれに応じる。
「では失礼する」
「無事に帰って来れたのね、ネレイナ殿下?」
「はい、この通りにございます、妃殿下。何とかこの身も永らえる事が出来ました」
どうやら彼女は死を覚悟の上でナギレヘン連邦の首都オーレヘンに身を預けたらしい。
「もう終わりかというところであちらのカイ様方にお助けいただきました。何とお礼を申し上げれば良いか…」
「十分にお礼の言葉はいただきました。今はそちらの話を進めてくださいね?」
「はい、ありがとうございます」
その腰を折る深さが感謝の深さを表しているようだった。彼女とて意味に乏しい死は、望みではなかったらしい。
「このような仕儀にて、我らはもう寄る辺無き身。せめて、この越境行為の罪だけでも、忘れていただけないだろうか?」
都合のいい話だが、アイフェルの立場では失点を埋めるくらいしかもう求められるものがない。
「うむ」
「それは構わなくてよ。こっちは崩れてもおかしくないところを彼の厚意で取り戻しただけだし、何か差し出せなんて言える状態じゃないから」
ザイードの一瞥を確認しただけで、話はアヴィオニスの主導で動き始める。
「助かる。連邦とも帝国とも袂を分かったも同然。国を潰さずに生き残る道を探らねばならない。ラムレキアに侵攻の責を問われれば、その時点で道は絶たれているところだ」
「本当に苦しい…」
「その事でお願いしたき儀がございます!」
アヴィオニスの、社交辞令とも本心とも取れる慰めの言葉を遮るように、ネレイナが勇者王に縋る。
「この身を陛下にお預けします! お好きにして下さって構いません! ですので、どうか我が領邦をお救いください! どうかお願い致します!」
「また捕らわれの身を望むのか?」
「それで領民が救われるなら、我が身にも意味が生まれるというものです」
ザイードは困り果てた顔を見せる。奥方の前で好きにしろと言われて、はいそうですかとも言えはしない。だが、気持ちは分からなくもないだけに拒むのも躊躇われる。
「…さて」
「あなたが決めて。問題無いようなら従うわ」
政治向きの話となると滅法切れ味が鈍くなってしまう。王妃に背を押してもらわねばならない。
しばらく腕組みして思索に耽った勇者王は、心に決めたように宣した。
「帰順を求めるなら受ける。アイフェル、卿を男爵に叙する。
「良いのですか、陛下?」
それはファリ・クフォルドをラムレキアが自領として保護するという意味だ。大きな決断だが、自領の存続を望むアイフェルにしてみれば願っても無い事である。
「国境警備の五千を預ける。卿はまずナギレヘン連邦から男爵領を守れ。追って兵站と追加の兵も送る。良いか?」
「御意! 感謝致します!」
今度こそアイフェルは膝を突き頭を垂れて、ザイードに服従を誓った。
こうしてラムレキア王国は、国土を北東に大きく広げたのである。
「じゃあ、話が綺麗に纏まったみたいなんで、僕らはこの辺で失礼します」
今にも
「何抜かしてるのよ? 逃がすとでも思うの?」
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