激動の予感
虹色に
それは基なる人類の意識で神と認識される。認識が深まるとともに人類は祈りという形で望みを届けようと意識する。
望みの多様化に伴い、存在は分化を始める。分化はすれどもそれぞれが基なる存在の一部に過ぎない。生まれる意思は統一され並列化される。ただ、そこに差異として嗜好だけが残る。
「じゃあ、神々それぞれが持っているのは嗜好だけなのね?」
混乱から立ち直りつつあるチャムが尋ねる。
「そうにゃよ。ファルマ達が抱くのは好き嫌いだけにゃ。それだって多岐に及ぶからずいぶん違っているように感じるかもしれないけど、基本は一緒にゃ」
「意思と好悪は違う。何かそういう裏表って人間臭く感じるけど、そういうものなのかしら?」
理解が及ぶほどに近さも感じてくる。麗人はそれで口調を改める事無くいられた。
獣神ファルマの髪は藍色に艶々と輝いている。それは他の神々と同じく、ただ深いだけの青とも言えよう。
両目の色が異なるのは獣人には稀に現れる特性なので見逃していたが、右の水色はともかく左の金色は神性を表しているかのように思えてきた。
「人間から生まれてきたんだから、人類の特徴だって反映されるだろうね。神々が相互に反映するように」
カイは一個の意思であるはずだと強調する。
「そんな生臭さとは無縁の存在だと思いたかっただけなのね」
「だから
「面白い事言うにゃー」
青年の言葉遊びに灰色猫はけらけらと笑う。
「でもぉ、申し訳ない気持ちでいっぱいですぅ」
犬耳娘が言葉を継いでくる。
「西方の獣人は自分達に神様がいるなんて知りませんしぃ、東方や中隔の獣人は緑竜王様を信奉していますぅ。お寂しくないですかぁ?」
「ファルマが分化したのは、獣人の遺伝子に干渉する為みたいなもんにゃ。祈りの結果じゃないにゃよ。それに愛されるより愛したいにゃ」
「ずいぶんロマンチストな神様もいたもんだな」
尊敬の眼差しに変わるフィノを眺めながらトゥリオはしみじみと言う。
「神の在り方としては僕の理想に近いんだけど、全般的に見るとどうにもおせっかい焼きが過ぎる神様が多いみたいだね?」
「神にだって自己顕示欲があるにゃ! それは人間の所為にゃー」
彼女は特性反映の一種だと主張する。
「その辺が敬意を捧げるのに躊躇する点なんだけどさ。まあ、常に超然としている難しさは僕も今身に染みているし」
ドラゴンの在り方を示唆する。互いに歩み寄れない点は、その辺りにあるのかもしれない。
「ようやく納得したよ、ティムルが君を嫌いって言った意味。彼には何もかも視えていた訳だ」
青年は軽く失笑している。
「あーそういう事かよ」
「でも、
獣人の神は吠えた。
◇ ◇ ◇
報告を受けた新皇帝ディムザは、思わず振り上げた手に取り出した投げナイフを収める為に最大限の自制心を発揮しなければならなかった。
「それで、フーバはどんな状態なんだ?」
顔が強張り身体が震えるのを抑えるのに苦労するが、不遜な女魔法士は動揺を見せない。
「全域が焼け落ちたのは確実です。詳細に関しましては施術者に調査させていたのですが殺害され、クフォルド自治領の衛士に遺体を回収されていまして不明です」
「どうしてそんな間抜けをした。護衛は?」
「一人付けていたのですがそちらも殺害された模様です」
疑問符が浮かぶ。付けていたという事は
「噂話の域ですが、魔闘拳士と遭遇したとの情報もあります」
(最悪だ! どこまで漏れた?)
どうにも耐え切れず、鼻面に皺を寄せてしまう。
「陛下のご許可をいただいた申請書も行方が分かりません。確認に向かわせます」
人選を進めているようだ。もう単独では送れないと考えたのだろう。
「もう止めろ。余計に深い関与を疑われるだけだ。静かにしていろ」
「何を怖れていらっしゃるのですか?」
魔法士の女は心底不思議そうにしている。
(どうして分からない? 貴様らが神使の一族の女を確保していたのを秘密にしていただけでなく、情報を引き出す為にぶっ壊していやがっただけで厳しい状況なんだ。罪科有る者として
ディムザは一部の者の暴走として何とか処理しようとしていた。
しかし、
彼は自らの想定を説明し翻意を促す工作を続けていたのだが、その矢先にこの事態である。あやうく激発しそうになったとしても誰も咎められまい。
「
魔法実験の成果を誇る事に終始する。
「大口を叩くな? その最強魔法とやらはどの程度の距離から放てる?」
「複雑極まりない構成を必要とする為、魔法陣を基点に発現します。そのままでは魔力を充填する魔法士が被害に遭ってしまう為に時限式になっておりますが、発現までの時間は調整が可能です。魔法士を犠牲にするお覚悟がありますれば、その場でも発現は出来ます」
こと魔法となると舌が良く回る。しかし、その内容は新皇帝を満足させるものではない。
「じゃあ、何か? お前は敵兵に『今から最強魔法を起動させるから黙って見ていろ』と説明するのか? そう言えば黙って見ていてくれるとでも? 邪魔するに決まっているだろうが」
それが複雑な魔方陣であるが故に敵兵は当然警戒する。どんな媒体に描かれていようが、一部でも欠損すれば魔法は発現しない。発現を阻害するのは一兵卒にも可能だ。
隠そうとしても無駄だろう。例え馬車の中に設置していようが警戒の対象になり破壊されるに決まっている。
学究の徒にありがちな考え方で、実用性に対する認識が甘い。ディムザから見れば無用の長物にしか思えなかった。
「利用価値は戦場だけに留まるものではございません。実験の例を見れば理解いただけると思いますが、都市一つでも容易に焦土にしてしまうほどの魔法です。どのような強国であれ、王都を焼かれる恐怖からは逃れられませんでしょう。最初から戦争にもならないではありませんか? 世界は陛下の思いのままでありましょう?」
あくまでその有用性を信じて疑わない。
「ならば聞くが、お前達は現状どの国に忍び入れる? どこにも
ディムザは現実を突き付ける。
「それとも何か? その
新皇帝の舌鋒は鋭く、その内容は現実に添っている。女魔法士は反論の余地もなく顔色を悪くしていた。
そこへ急報が舞い込む。持ち込んだのは、今や政策秘書官長の位を得たマンバスだ。
「陛下、大変な事態です」
彼の顔色も悪い。
「何があった?」
「伝文室に陛下宛ての伝文が届きました。発信元は記録に無いもので、差出人はカイ・ルドウとなっております」
「何だと!?」
「『ゼプルの騎士の名に於いて宣戦を布告する』と……」
皇帝執務室は驚愕の空気に満たされた。
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