大きな子供
チャムはへの字口の困り顔。トゥリオはしかめっ面で頭に手。フィノは呆気に取られて引き攣る頬。そして最も衝撃を受けているのは、紫色の羽根の上で待機中のリドだった。
それもその筈、薄黄色の表皮を持つ仔竜は、カイの背中にピタリと張り付き、黒髪の上に顎を乗せて「ウルルルル…」と喉を鳴らしている。
「お、重たい…」
背後から寄り掛かられて前傾姿勢になると、余計に体重が掛かってきて辛くなる。しばらくは耐えていたのだが、本気で耐える気の無かった彼はべちゃリと潰れた。
「ちゅー!」
泡を食ったリドは即座に駆け寄りながら大型形態に戻ると、仔竜の下敷きになっているご主人を救出する。
「ふう」
仔竜の身体を持ち上げてもらって下から這い出したカイは一息ついて向き直ると、胡坐を掻いて金色の円らな瞳と正対した。
リドは大型形態のまま、巻き付くように背後に臥せたので遠慮なく寄り掛からせてもらう。チャムとフィノもその後ろに座り込み、彼女のふわふわな毛皮に伸し掛かるように前のめりに仔竜を観察している。トゥリオも横に腰を下ろした。
「帰らないの?」
「ギルゥ?」
仔竜が前肢を突き、首をもたげると目の高さはカイと大体同じくらい。頭の大きさは桁違いだが、それが傾げられると妙な可愛らしさと可笑しさがある。
「どっちから来たのか分からないのかい?」
「クルルル」
尻尾の先がブンブンと振られると、少し北寄りの東を指す。
「あっちから来たんだね」
「ギュッ!」
円を描くように振られる尻尾は肯定を表しているのだろうか?
「じゃあ一人で帰れるね?」
「クルル!」
またブンブンと振られたところを見るとダメらしい。
「うーん、参ったね」
「クベルト山かしらね?」
「はい、危険の印が付いてますからきっとそうですぅ」
リドの背中に街道図が広げられて、指差されている。
「ちょっと距離有るわね」
「遠いのかぁ」
じゃれ付いてくるリドの尻尾を腕に巻き付けつつ覗くと、
「でも飛べるんだから、数
「何か理由がありそうだねぇ」
頭を掻きながらカイは唸った。
手を伸ばして鼻面を撫でると、ひと抱えは有りそうな頭を膝の上に乗せてくる。
「ウルルルル…」
頭頂や首の辺りも撫でると、甘えるように喉を鳴らした。
全体の肌触りは、見た目ほどザラザラしていない。だが、かなり硬質であるのは間違いがない。頭部の鱗は比較的細かいものが配されていて、押すと弾力が感じられる。
形状としては、カイは草食甲殻恐竜を連想した。
鼻面からクチバシ状の口が有り、インコのように上顎が下顎を包み込むように発達して湾曲し、相当固いものでも噛み砕けるような構造になっている。鳴いた時に垣間見えた口中には牙が並んでいて、その辺りは
目蓋を持つ目玉はかなり大きく、視覚が主感覚なのかもしれない。額から頭頂も広く、その奥に収められている脳も相当の容量を持っているだろうと思われた。
頭と首の境い目には後ろ向きに幾本もの棘が生えている。まだ幼体の所為か鋭く尖ってはおらず、丸みを帯びている。これは激しい稼働を要求される為に大きな鱗を持てない首を防護する意図で発達したものらしい。触れてみると首が最も柔らかかったのでそれが理由だと思われる。
首から下の胴体の形状は、カンガルーをイメージすると一番近い印象をカイは抱く。
比較的大きな鱗の並ぶ背中は、見た目からして厳めしく、筋肉質。続く尻尾も、縄をより合せたように筋肉の筋が見えている。尾骨に沿って背中には見られないトサカ状の突起が並んでいて、相当強靭な力を秘めていると感じた。
膝に置かれた前肢を手に取ってみると、驚いた事に五指がある。内側の第一指は、人類の親指と同様に下から受けている。第二指から第四指は長く、鋭く円弧を描く爪が生えている。第五指だけ退化しかけたようにほとんど爪だけの存在。構造的に、結構器用に物を掴めるのではないかと思われた。
後肢は、身体の大きさの割に貧弱な前肢に比べて極めて発達した大腿部を持っている。そこから伸びる下肢も太めで、この巨体を支えて歩くに相応しい力強さを持っている。後肢もやはり五指が有るが、こちらは全て前向きに生えて物を掴む事は出来なさそうだ。ただ歩く為の構造になっていた。
「翼に触っても大丈夫?」
「ギュルッ!」
見るからに繊細な構造に見えたので一応質問すると、良い返事が返ってきた。
鳥のように前肢が翼と化している訳ではない。翼肢は、地上を闊歩する脊椎動物には見られない、第三対目の器官である。
全体を支える翼肢骨には二つの関節がある。腕で言えば上腕に該当する骨は短く、後ろ向きに生えている。そこから前腕部に該当する骨が前方に長く伸びて、手に当る骨に続く。しかし、明確な指になっている訳ではなくほとんど一本の骨で、根元から幾つかの小さな骨に分岐している。その先には非常に長い軟骨が伸びていて、皮膜を支える構造になっていた。
翼肢の表面には細かい鱗が配されていてそれなりの強度が有りそうだが、皮膚が変化した皮膜は柔軟で伸縮性の高い手触りがする。
ただ、翼肢そのものは、脊椎骨からではなく、肩甲骨に該当する板状骨から伸びている。構造強度的に、これでは翼で揚力を得たとしても、その巨体の体重を持ち上げる事など不可能。そもそも飛行するには面積が圧倒的に足りない。
推察するに、やはりドラゴンにとっての翼は、何らかの飛行の為の魔法を放出する器官であると思われる。
「飾りみたいに見えるのに、案外しっかりした作りなのね?」
「皮膜プニプニですぅ」
カイが遠慮なく触るので、調子に乗ったチャムとフィノもべたべたと翼に触っている。
仔竜は少しくすぐったそうにしているが、青年が頭を撫でているうちは動くつもりはなさそうだ。
「あなたは本当に人外に懐かれる性分なのね。今回は人外中の人外だけど」
「やっぱり匂い出してんじゃねえのか? 引き寄せているっても変じゃねえ懐き具合だろ?」
「ドラゴンと獣人を一緒にしないでくださいよぅ。魔力が凄過ぎて、フィノは今、周囲の魔力が感じられませんですぅ」
「確かに魔力の結晶みたいな生き物よねぇ」
感じられる魔力は視覚情報とは違うので、眩しいとかそういう表現が難しいのだが、ある種「眩む」というのが一番近い表現になるかもしれない。
「それはそうだろうね。この子を果たして生物と呼んでも良いのか判断に苦しむよ。全身に幾つの魔石を生み出しているんだろう。両手でも足りないな」
「ふわっ! そんないっぱいの魔石を持っているんですかぁ?」
「うん、要所要所に大きいものから小さいものまで様々」
触れたからこそ分かる、変性魔法の分析能力の結果だ。
「でも、難しいよ」
両手で頭部を持ち上げるようにして、視線を合わせて告げる。
「僕は君をお父さんとお母さんのところに連れて行ってあげたい。でも、それは無理そうなんだ。一緒に居ると君のほうが目立って大騒ぎになっちゃう。辛い目に遭うのは君だから止したほうが良さそうだね?」
「クルルル…」
仔竜は悲しそうに鳴く。
「本当に残念だけどこればかりはねぇ」
「はい…、可哀想ですけど、最悪衛士隊や領軍と戦うような羽目になっちゃいそうですぅ」
「さすがにそいつぁマズいよなぁ」
「ごめんね」
むくりと立ち上がった彼は、ぶるりと身体を震わせた。
そして、驚いた事にその身体の輪郭が揺らいでいるのだった。
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