伝説の帰還

挨拶回り(1)

「で、あなたは実家に帰っていたわけ。ここでお世話になった人を放っておいて?」

「そう言わないでよ。僕にだって実の両親が居て、勝手に消えちゃって心配掛けてるのがあんまり申し訳なかったから気になって仕方なかったんだ。だから姉ぇが幸せそうにしているの見たら安心しちゃって、気付いたら日本あっちに帰ってた」

「まあ、それはそうかもね」

 思いがけないところからの追及の手に驚くも、ここは退けないところでもある。

「ともあれ、あなたは色んな人に謝って回るべきね」

「はい…」


 そのはともかくベタつくセイナとゼインの相手をしながら過ごし、晩餐を共にして王宮に部屋を取ってもらう。


 翌陽よくじつはまずアセッドゴーン侯爵に約束を取り付けようとしたのだが、グラウドは昼間はまともに時間は取れないようで、夜に屋敷に戻った後、会う事になった。

 時間が空いて喜んだのはセイナとゼインで全然放してくれない。セイナは横に座っていられるだけで嬉しいようだが、ゼインは様々な人との対戦の様子を聞きたがり、特にルーンドバックとの対戦はお気に入りだ。

 ゼインはまだカイと魔闘拳士が繋がらず、別の人のように感じられているようだった。


(子供ってこんなもんだよね)

 発想が突飛なので物語と現実の区別がついていないと大人は思いがちだが、彼らは彼らできちんと区別しているのだ。

 特に人物に関しては顕著で、物語の登場人物は生々しさを伴わない人形劇の人形みたいにモチーフ的に受け取っているきらいがある。


 なので、少しだけ面白可笑しく話して聞かせてあげたのだった。


   ◇      ◇      ◇


 夜になって屋敷に向かい、カイとチャムはグラウドとソファーテーブルを挟んで座る。


「申し訳ありませんでした。ご恩に報いず挨拶も無しに消えてしまって」

「お前はいつ消えても仕方がないと思っていた。が、覚悟はしていたのに急に居なくなるといささか堪えたな。まあそれはいい。座れ」

 会うなり深々と頭を下げたカイにグラウドは鷹揚に応えて着席を勧める。

「そちらのお嬢さんは?」

「チャムです、侯爵様。事情のほうは把握しているので遠慮なく話して構わないわ」

「ふむ。で、どうしていた?」


 グラウドの質問に日本での経緯を伝える。

「ほう、よくご両親は納得なさったな。六輪六年も行方不明になっていた息子が何をしていたかも訊かずに」

「母と姉は不平があったでしょうが、父は侯爵様と同じで僕の気持ちを大切にしてくださるので何も言わなかったのでしょう」

「予防線を張りよる」

 グラウドはニヤリと笑って(相変わらず食えん男だ)と思う。


「戻ってきたという事は、今度こそ陛下にお仕えする覚悟が出来たか?」

「いえ、陛下には申し訳ないのですが、僕にしかできない事があるような気がして戻って参りました」

「ご落胆なされるぞ。またお前に振られた、とな」

 主君を気遣って皮肉る。

「それでもホルツレインが我が故国だと思ってはいるのですよ?」

「釣った魚でも時々気が向いたように餌をやるのがお前の悪いところだ。切るに切れなくなるだろう」

「人をジゴロみたいに言わないでください」

「この人、本当にそういうとこあるのよ。たちが悪いわ」


 ひとしきり笑った後、「で、今回の餌ですけど」とカイが切り出す。

 テーブルに置いた物は、一辺が8メック10cmほどの四角い立方体だ。

 透き通ってはいるが極めて複雑な形状をしているように見えた。取り上げて矯めつ眇めつしてグラウドは「何だ?」と訊く。

「人造魔石です」

「な…、にぃ!?」


 さすがの彼も驚愕が隠せないようだ。

 魔石というのは魔獣の体内からしか採れない特殊宝石とされている。そのものは灰色で不透明のただの石にしか見えないが、他の宝石はおろかどんな物体にも魔石の「魔力を蓄える」という性質は持てない。

 その唯一無二の性質に、魔獣を狩らねば入手出来ないという希少性から大きさの割に高値で取引される。その用途は魔法士達の魔力補充用に留まらず、各種魔法具の作動用として利用されるため、社会で欠かざるものとして扱われている。


「実は魔石の主たる構成物質は水晶なのです」


 カイが説明するには、魔石は水晶と他の物質、おそらく魔力伝達阻害の性質を持った物質の積層構造になっているそうだ。

 そうなる事で魔石はその大きさの割に水晶が広大な表面積を持っており、その水晶の表面に魔力回路が形成されることで魔力を蓄積しているという。その理屈からカイが作ったのは水晶の立方体の側面に切れ込みを入れて多数の「ひれ」を作る事で表面積を増しているものだ。

 自動車の冷却装置(ラジエーター)を想像してもらいたい。あれは多数の金属のひれで風を受けて冷やされる構造だ。

 カイはそれを水晶でやっただけ。それで表面積を増し、形成された魔力回路に魔力を充填させることが出来る。


「僕はこれを蓄魔器マジカルバッテリーと呼んでいます。これ一個で小指の爪ほどの魔石と同じくらいの魔力容量があります。サイズ的には嵩張りますが、その気になれば大量生産も可能となれば便利でしょう」

「当然だ。これでどれだけの利益が上がると思う?」

「確か前に僕が居た頃に、ガセット鉱山から大量の水晶鉱床が出たはずですよね?」


 アセッドゴーン侯爵領にある鉱山から大量の水晶が産出されるようになったのは事実だった。

 しかし、水晶そのものにはそれほど希少性は無く、価値も知れている。採掘コストに見合う利益は得られない。せいぜい需要分だけ採掘する程度に留められている。

 その水晶にこのような利用法があるとなれば、宝の山に変わる。それはグラウドに莫大な利益をもたらすだろう。


「差し上げます。ご恩返しと迷惑料だと思ってお納めください」

「ちょっと待て!それはいくらなんでも…」

 急に魔闘拳士が出奔したとあっては、グラウドは相当責められたであろうと思われる。その詫び料として納めてくれとカイは言う。


 それが市場に出回るようになれば魔石は値崩れを起こすだろう。

だがその利便性は魔法具の価格を押し下げ、社会生活を飛躍的に向上させる。一時的に値崩れを起こした魔石もこのサイズ差があれば携行魔法具への生き残りが予想でき、実際には少々の下げ止まりで済むと考えられる。

 つまり便利になっただけで収束するという事だ。グラウドが得るのは利益だけで悪名は無い。これはそれほどに画期的な発明になる。


「ここの切れ込みの部分に鉛の化合物を充填すると多少性能が上がります。もしかしたらそれ以上の魔力伝達阻害物質が見つかれば更に性能は向上するはずなので要研究ですよ」

「解る。解るが…。仕方ないとりあえず納めておく。が、考えておけ」

 その利益の利用法も考えろとグラウドは言う。

 しかしカイは贅沢を望んでないし、領地も持たないので使用先に当ては無い。

「侯爵様なら良いお金の使い方をしてくれると信じてますから」

 丸投げにされた。


「あ、もしかして、これ」

 左腕を掴んで思い出す。チャムはプレスガンが魔力使用無しに発射できるのを思い出した。

「それはダメなんで見せないでね。それの構造はこの世界の戦争を変えてしまい兼ねないから。いずれは似たような物が発明されるかもしれないけど、今は毒でしかないんだ」

「うむ、カイがそう言うならそういう物なのだ。私にも気軽に見せないでくれ。いくらなんでもそろそろ荷が重い」

「そうね、ごめんなさい、侯爵様」

「グラウドで構わんよ。チャム」

「そう? じゃ、もう少し気楽にさせてもらうわね、グラウド様」


 そのは夜も更けたので侯爵邸に部屋を取ってもらう。


 カイは自分が暮らしていた部屋がそのままきれいに維持されていたのに驚いて、改めてグラウドに礼を言うのだった。

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