中隔地方へ
見送りの人数はずいぶん増えたと思う。
王太子一家に、獣人騎士団の面々。今回はグラウドにベイスン、メイベルまで来てくれた。割と早い時間なのにこれだけ集まってくれるのは純粋に嬉しいと思う。
◇ ◇ ◇
獣人郷から帰ってきたミルム達から餞別のナーフスをごっそり受け取ったら、旅立ちの準備に入る。
ちょっと無理目に謁見を入れてもらって暇乞いをし、アルバートから一応惜しむ言葉をもらう。国王もそろそろだろうと思っていた筈なので、形式的なものだと思って差し支えないだろう。一時の別れを惜しんでいるのは本心だろうが。
ニケアは心底惜しんでくれるかもしれないが、アサルトを宛がっておいたので
王家の人々とは内々の夕食会を開いてもらったので、十分な別れはしている。セイナはやはりごねていたし、ゼインも面白くは無さそうだったが、辛抱くらいは覚えてもらわねばならない。それでなくともこの一
グラウドとは晩酌に付き合って政務の愚痴を思いっきり吐き出させ、軽く議論を戦わせたりもした。中隔地方の情勢調査も改めて頼まれた。
気を回さずとも逐一報告する気は有ったので快く承諾しておく。意図的に政治介入する気なぞ、皆目ないが。
ルドウ基金のほうは顔を見せるとまた書類攻めにされたが、イーラ女史と基本方針の確認だけ済ませておく。そのまま彼女と一緒にクラッパス商会に出向き、王太子領での活動の為の物的人的支援をお願いした。反転リングでの収入が想定以上だったようで、手放しで約束してくれる。
バーデン商会に顔を出すとオーリーはただでさえ無い時間を割いてくれる。だと言うのに、その時間を愚痴と文句をぶつけてくるのに使うのはもったいない気もするのだが。
その後、タニアの勉強を
アサルトと一緒に若い獣人達の鍛錬を見ておく。ずいぶんと剣筋は立ってきた。次に会う頃には立派な獣人剣士が出来上がっている事だろうと思える。今は騎士団貸与の既製品の剣を使わせているが、今度戻ったら彼らにもそれ相応の剣を作ってやらねばなるまい。旅の間に構想を練っておこうと思う。
各所の託児孤児院には旅立ちの事は伝えていない。一部の子だけに会うのは本意ではないし、全員に挨拶に回る訳にもいかず、押し掛けられても困るので旅立ってから職員からそれとなく伝えてもらう段取りにしておいた。
不義理に思えるが、何しろ現状四千人以上のルドウの子供達が居るのだ。全員と家族のように接するのは不可能である。
新ルドウ邸の完成形を見るのは叶わなかった。かなり出来上がってきてはいるが、住むには後回しにしておいた内装に手を付けてもらわなければならなかった。だが、拘った分だけ良い感じに進んでいるのは見て取れる。
レッシーには出来上がり次第、そちらに居を移してもらう。掃除等の管理をしてくれれば後は何をしていても構わないと伝えてある。頻繁でなければ里帰りするも良し、友人宅に泊まり掛けで遊びに行くも良し、何なら友人を誘ってお泊り会をしてくれると良いと勧めておく。
木造建築は人が使えばそれだけ味が出る筈だからだ。金銭的には困らないくらい渡るよう指示してあるし、焚き釜用の
冒険者ギルドにホルムトを離れる申告をしておいたら準備は終了。
◇ ◇ ◇
「大事にしてね、姉ぇ」
「解っているわ、もう三人目だもの」
エレノアの懐妊が判明してから
カイのサーチにも、その命はもうハッキリと解るくらい息づいている。
「カイこそ大事にするのよ。全然知らない地に行くんですもの」
「無理はしないから大丈夫」
エレノアにしてみれば、彼の無理は単独で一国相手に戦争するとかだろうと思えてしまう。それ以外は難なくこなしてしまう優秀な弟にどう説明すれば伝わるのか少し困る。仕方なく両肩を引き寄せ、胸に額を当てる。手を置く高さと、二の腕と肩を包む暖かな手の大きさに、背が伸びたんじゃないかと思った。
セイナはずっとカイの腰に縋ってぐずっている。しゃがんだ彼が抱き締めて背中を優しくたたいても嫌々とする。肩をそっと押され、額にキスされて堪らなく抱き付いてから離れ、父の足に縋り付いて泣いた。
ゼインはチャムとフィノの手を掴んで離さない。むっとした顔を俯かせて佇んでいる。二人から両頬にキスをもらって涙を流し、母に駆け寄っていった。
「とりあえず着いたら連絡します」
「そうだな。まずは船旅を楽しむといい」
グラウドとは握手を交わしてそれでお終い。
「頼みますね、アサルト」
「任せておけ。帰ってきた頃には見違えるようにしておく」
若い獣人達には厳しい
「アキュアル、君も元気でね」
「うん、次に会った時にはきっとビックリするくらいになっているから」
一瞬、辛そうな顔を見せたが、すぐに笑顔になって安心させるように期待をさせるような事を言う。
(強くなったね。もう何も心配要らないみたいだ)
黒狼の少年は大きな心の葛藤を越えて一足飛びに大人に近付きつつあるようだ。どんな戦功を上げようが自慢もしないカイでも、その手助けが出来たのは誇りに思える。
「どうかお気を付けて」
涙ぐみながらミルムが言う。バウガルとガジッカは堪えながら頷いている。ペピンはカイの二の腕辺りの服を掴んで訴え掛けるような視線を向けてきた。
「うん、ありがとう」
「早く帰って……」
少し黄色味掛かった頭髪を撫でつけてあげると擦り付けるように甘えてきた。
横ではまたマルテがフィノに貼り付いている。
「フィノは行かなくても良いにゃ。邪魔になるだけにゃ」
「だから何でフィノなんです? いつも悪態を吐いてくるあなたが?」
「それはフィノがダメダメだから注意してやってるだけにゃ」
意地を張るマルテを囲んでチャムとトゥリオが笑っている。
「嫌でず~! 行がないでくだざい~! レッシーを一人にじないで~!」
涙とか鼻水とか色んなものを垂れ流しながら縋り付いてくる者が一人。
「いや、何で大人の君が一番聞き分けが悪いのさ?」
◇ ◇ ◇
城門を越えて、小さくなりつつ彼らの姿を目で追う一同。
一つ、手を振った後は
たった四人の人間が、西方の情勢も文化も国境も人間関係も人々の考え方さえ大きく変えてしまった。
新たな地を踏む彼らは、そこでどんな出会いをし、どういう風に変えていってしまうのだろう。
それは誰にも解らないが、四人が行くところ、何かが起こるのは確かだというのは解る。
それに最も近しく触れた者達だからこそ。
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