剣の舞

「今度は私の番ね」

 トゥリオを引き起こすと、チャムがそんな事を言ってくる。

「お待ちください、お姫様。当方といたしましては、そのような無謀は遠慮したく存じますです、はい」

「逃がしはしないわよ。負けたままじゃ剣士の沽券に関わるの」

 あからさまに方便だ。どう見たって心躍っている。

「どうしても?」

「問答無用」

本気マジですか? せめて刃潰しの剣にしていただく訳には?」

 鞘からスラリと真剣が抜かれる。

「……あ、そうですか」

 選択肢は一つしか無いようだ。


 刀身は低く構える。チャムも中段に構えて動かない。ジリリと横にたいをずらす。彼女も同じだけずれて正対してくる。

(甘くない。最悪だ)とカイは思う。

 実は突きを飛ばせば届く間合いだ。しかし、伸び切った刀身など大きな隙以外の何でもない。そんな隙を見せれば一瞬で終わり。そんな馬鹿にするような事をやったらチャムは烈火のごとく怒るだろう。


 意図的に刀身をユラユラと揺らし、小刻みに突きを繰り出す。柄をしごいて浅く深く不規則に、そして様々な箇所を狙う。横にズレながらそれを繰り返すが、チャムは正面に伸びてくる突きだけを軽く弾き、前には出て来ない。

 それらは間合いを測らせない為の手管である。正対を避け深さを変えて有効距離を読ませない努力をしているのだ。彼女ほどに手練れになれば、間合いを見切られた瞬間に勝敗が決まっている。

 それ故の幻惑をチャムは許してくれない。結果、距離を保ったまま二人で円弧を描いている。


 共に筋立った、刃先に芯の通った斬撃が打ち合うと、美しい音色が鳴る。或る種の音楽のようにさえ奏でられている。しかして、その中にも攻防が含まれているのだ。刃が打ち合わされ音色が響く度に刻一刻と間合いが読み取られていっている。


(ダメだ。これじゃどう足掻こうが時間の問題)


 だからと言って無造作に薙刀を振り回すようなことは出来ない。突っ込むのを躊躇わせるような回転と云えど、所詮は大振りに過ぎない。そこに必ず隙が出来る。

 突きのタイミングを一定にせず緩急を付けるようにし、出来るだけ下を下を、足元を狙って小刻みに繰り出す。彼女に足を使わせれば身体が前後する分、間合いは測り難くなるはずだ。しかし、チャムはフェイントに混ぜた本命の突きだけ丁寧に弾いている。


(いやらしいなー。刃物持って打ち合うとこんなに厄介な相手はそうそう居ないって)


 カイは確信した。彼女は確実に勝ちに来ている。


 正面から打ち合っても勝機は無さそうに思える。そうなると詐術的な攻撃を混じえるしか道が無い。幸い、薙刀は柄が長い。つまり、手元の小さな操作が切っ先では大きな動きになって表れる。小細工がし易いのだ。その辺りもカイがこの武器を好んだ理由なのかもしれない。

 チャムの身体の芯を外して突く。意図的に回避方向を限定させる突きだ。当然、その方向に躱す。そこで刃先を回転させて急に横に薙ぐ。鈍い衝突音が鳴った。綺麗に受けれていない証拠だ。


(少しは動揺を誘えたかな?)

 弾かれるが、すぐさま引いて今度は彼女の左耳辺りを狙う。それも弾かれて左上に刃先が逃げるが、右手で柄をしごいて左肩に引き斬りを落とす。だが右半身に変わって抜かれると、右手一本になった剣が音もなく伸びてきた。

(ヤバっ!)

 刀身を引く速度と同じ速度でチャムが前に出てくる。伸びてきた切っ先が、右に首を折ったすぐその頭の横を貫いていった。

(チャムさん。これ、寸止めする気有ったの?)

 もしかしたら頬が浅く斬られているかもしれない。それほどギリギリだった。


(ダメだ。あの入られ方は完全に間合いを見切られている)

 カイは悟った。


 石突での打撃はもちろん、右腕一杯の突きも実際には有効打ではない。当てたとしても戦闘不能にしたり、致命傷に至ったりはしないのだ。薙刀を構えて、突くなり薙ぐなりして確実に有効打を奪える距離は、現実には構えの先の刀身二本分90メック1m強というところだろう。それに足を踏み出す長さを加えるのが精々。

 とは言え、ここで降参と言っても勘弁はしてくれないとも思う。


(もうちょっと足掻いてみようか)


 一転して激しく動く。足元を薙いで、身体ごと回転して石突を側頭部に飛ばす。スッと引いて姿勢を低く躱したチャムに、斜めに斬撃を入れる。


(とにかく足を動かさせるしかない)


 剣を合わせてきたと思ったら、左腕の盾が突き入れられる。尖った先端を胴に食らっては適わないので、捩じって躱す。すると低い姿勢のまま回転して足払いを掛けられた。

 前掛かりになっているのでステップバックは出来ず、その場で跳ねて躱す。普通ならそれも小さくない隙になるが、横の地面に石突をダンと突いて、無理矢理横に跳ぶ。空中で軌道を変えたら、浮いていた元の身体の位置を剣閃が薙いでいた。


(そのままだったら、あれで終わってる!)

 背中を冷たい汗が流れる。


「なかなか器用な事をするじゃないの?」

「あの、さっきから寸止めされていないように思うのですが?」

「躱せないようなら止めるわよ?」

 確かにそれくらいの事は出来るだろう。


 ブラックメダル冒険者でも技量は相当上に位置するだろうチャムの腕は半端ではない。


   ◇      ◇      ◇


 その後も攻防が続く。改めて正対すると、カイの構えが右溜めに切り替えられスイッチしている。


「あら、それは小細工?」

「小細工って言ったらそうだね。突きの伸びと斬撃の力は落ちるけど、狙いの精度と刃先の操作はこっちの方が上」

「やっとやる気になったとでも?」

「まさか。確実に捌かないとすぐに終わりそうだから、その対処」

 嘘ではないだろう。話し掛けながらの打ち込みの弾かれる方向が変化してきている。剣閃は遠回りを強いられる結果だ。


(軽くしか語っていないけど、これは相当に研究したのね。槍のように突き一辺倒の読み易い攻撃ではない。グレイブやハルバートのような鈍重さも無い。確かにこれは対処に困る武器だわ)


 剣身と刀身の距離で細かく打ち合う。柄尻の石突近くの位置の右手が刃先を繊細に操作しており、小さいストロークでの弾きなのにきっちりと太刀筋が立っているので見た目より大きく逸らされてしまう。


(本当に器用な人。戦闘に関する感性は文句無しに天才級だわね。でも……)


 少し引くと軽く目を瞑り大きく息をし、肺一杯に空気を溜める。

 短く軽く吐いて、グッと踏み込む。近付けないよう鼻先で振り回される斬撃を剣で打ち払っていく。刃と刃、一対一なら打ち負けないだけの自信が有る。

 手首を絞って一度大きく弾くと、反動で身体も大きく流し、踏ん張ってもう一歩中へ。再び襲ってくる斬撃を弾いた反動で上半身を反らして青髪を舞わせて、また地を蹴りもう一歩中へ。次に来た斬り上げを弾きつつ回転して、もう一歩中へ。


 それはまるでカイの薙刀に操られて舞踊しているかのように見える。しかしそれは反対。チャムが踊り招くように二人の距離は見る間に縮んでいく。

 間合いを外されたカイの手段は、石突による攻撃しかない。薙刀がクルリと回転を始めるが、刀身が逃げたのは彼女には有利に働く。剣を遊ばせたチャムに石突が迫る。

 しかし、その打撃は異音と共に防ぎ止められた。打撃の軌道上には左手の盾が待っている。そのまま盾を押し込んでほぼ密着すると、遊ばせていた剣を彼の首筋にそっと当てる。


「上出来、上出来。これだけ使えればその辺の冒険者や兵士なんて目じゃないわ」


 かなり近い顔に動揺している風のカイの頬を左手でペチペチと叩いて終了を告げる。一度、しゃがみ込んだ彼は薙刀を放り出して大の字に転がった。


 そのカイに、暇を持て余してきたのかチビセネル達が群がって啄んでいるのだった。

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