狼人間捕獲!?

 カイが指差して払う動作をするごとに狼人間の姿が消失していく。魔法を受けた時のように瞬時に移動して別の場所に現れる事も無い。


(消滅させている?)

 チャムは一瞬そう考えてしまった。


 輪郭から崩れて消える様子が、彼が魔王戦の時のように狼人間の固有形態形成場を破壊して消滅させているのかと思わせたのだ。しかし、あの時のように眩暈を感じるほどの莫大な魔力のほとばしりは感じられない。

 魔力が使用されているのは間違いないので、カイが何らかの魔法を使用しているのは分かる。それが何かは解せなかった。


 それ以上に雲狼クラウドウルフは動揺したようだ。急激に霧が濃くなり、狼人間の姿も隠してしまう。その状態ではさすがに彼らも仕掛けられないのか、攻撃も止んだ。完全に膠着状態だ。乳白色の闇は、再び静寂を取り戻した。


「何をやったの、カイ?」

 周囲に気を張りつつ、チャムは問い掛ける。

「後でね。これで終わりにはしてくれないだろうから」

「やっちまったんじゃねえのか?」

「誰も傷付けていないよ」

 トゥリオは更に言い募ろうとしたが、また霧が薄れて視界が回復しつつあるのに気付いて口を噤んだ。それは攻撃再開の合図でもある。


「トゥリオ、後ろに回って。チャムはフィノの前に」

 その言葉と共に前に踏み込んだカイが霧を巻いて現れた狼人間の剣を弾いて退ける。

「薙ぎ払います!」

「ダメ。彼らを傷付けてはいけない」

 フィノが考えているほどに切羽詰まってはいないようだった。むしろ、対処の為に新たな動きを見せたようだ。


「フィノ、落ち着いて。周囲の風をゆっくりと渦を巻くようにして、大雑把な方向だけ指示して」

「はい」

 囁くように指示をしたチャムに応えて、フィノは魔力の手を伸ばし空気を掴む。そして、彼女のサーチ魔法範囲内に入ってきた相手の方向だけ指示するようにした。

 ゆるりと流れる霧が視界を占め、その全体を把握するように焦点を絞らないようにする。

「チャムさん、右! トゥリオさんは正面です!」

 流れに乱れが生じた場所に反応し剣を向けると、そこから白い壁を裂いて狼人間が姿を現した。


(白い!)

 その姿は白い服を着ており、霧に馴染む工夫をしている。頭部も白い覆面に覆われていて、大きな耳だけが非常に目立つ形で突き出していた。


 完全に向き直ったチャムの姿勢に意表を突く事が出来ていないのに気付いた相手は、動揺を見せると一撃も加える事無く引き下がっていく。

 背後でも間を置いて金属音がするものの、トゥリオの息遣いは安定していて余裕を持って対処出来ているのが分かった。


(こうして捌いていれば、カイが突破口を開いてくれる)


   ◇      ◇      ◇


 一体の狼人間に狙いを定めたカイは、ずっと追跡している。彼の足音を背後に抱えた狼人間は当然気付いていて、振り切れない動揺を隠せず歩調を乱していた。

 仲間との距離が離れるのは敬遠したいので追い込むように動いているのだが、それに気付く余裕さえなさそうだ。


(さて、どうしようかな?)

 チャム達も対処に工夫をしたようで、狼人間側の攻撃も消極的に変化している。何より、攻め手は二人・・しか居ないのだから、さほど心配しないで良いだろう。


(おっと!)

 霧を裂いて投氷槍アイスジャベリンが飛来してカイの足元を脅かす。窮地に陥った仲間の援護の為に手をこまねいている訳にはいかなくなったようだ。

(あまり長引かせないほうが良さそうだね)


 彼は更に追い込むように軌道を変えた。


   ◇      ◇      ◇


 戦法を変えてからは攻撃頻度は落ちたものの、鋭さと重さは上がっている。一撃離脱を旨とした軽い攻撃を捨てて、身体を傷付ける意図も見せ始めたらしい。


「左っ!右っ!」

 彼らの連携もこなれてきて、チャム、トゥリオの順で指示する事で簡略化も為されてきている。

 狼人間の振るう長剣が刻んだ剣閃に、チャムは剣を絡めて飛ばそうとしたが、驚くほどの反射神経で手首を緩め、剣身を遊ばせて凌いだ。

「チャムさん、右っ!」

 すぐに退こうとしたようだが、そこへ新たな狼人間の姿が現れた。

「だぁっ!」

「ぴゃあっ!」

 出会い頭に衝突しそうになって、悲鳴を上げた狼人間達。一人は転がるように離脱していったが、完全に足が止まったもう一人の背後には口端を上げたカイが霧を割いて飛び込んできた。


「つーかまーえた」

 慌てて振り向いて小剣を向けた狼人間だが、そんな勢い任せの攻撃が彼に通用する訳もなく、二本指で挟み取られると引き込まれて手首を掴まれる。小剣は奪い取られ、吊り上げられた形になった狼人間は何とか逃れようとバタバタと暴れたが、それが仇となって覆面が外れてしまう。


「ロイン!」


 そこから現れたのは、見事な金毛だった。


   ◇      ◇      ◇


 高原は静寂に包まれていた。


「捕まっちゃった~」

 獣人少女ロインは観念したのか、へたり込んで抵抗する素振りも見せない。それどころか、どこか安心したような笑顔さえ見せている。

「という事はそういう事なのね? 出てきなさい」

「…………」

 意気消沈した様子で、とぼとぼと集まってくる狼人間達。チャムが視線で促すと覆面を自分で外す。そこから現れたのは当然ハモロとゼルガの顔だった。


「どういう事か説明なさい」

 ビクリと震えた二人は、目を泳がせて言葉に詰まっているようだ。

「まあまあ、チャム。この状況を何とかしてからにしようよ?」

「あなたもあなたよ? 口振りからしてこれを仕出かしているのがこの子達だって勘付いていたんでしょ? 収拾付けてくれるんでしょうね?」

「姫様はご立腹だぜ。さっさと何とかしてくれ」

 半笑いでトゥリオが煽る。


 チャムが腹立たしいのは、見込んでいた獣人少年少女が事件を引き起こしていた所為で、決して事件そのものやカイに怒っているのではないのである。要は自分が彼らの嘘を全く見抜けなかったのが苛立たしいのだ。


「ちょっと待ってね」

 カイは柳に風とばかりに手を上げて制すると、霧の向こうを透かし見た。

「僕は君達に危害を加える意図は全く無いから、事情を聞かせてもらってもいいかな?」


 霧はゆっくりとであるが確実に薄まっていっている。ここが高原であるがゆえに、雲狼クラウドウルフが補給さえしなければ低いほうへと流れて行ってしまうのだろう。

 焔光ようこうに照らされて色を取り戻した高原には、四人の冒険者と三人の獣人、数十頭の雲狼クラウドウルフの姿があり、その誰一人として傷一つ負っていなかった。


 大きめの個体が歩み寄ってくる。

 灰色の毛皮の雲狼クラウドウルフは、前肢と後肢の上のほうに黒い縞を持っている。毛足はあまり長くは無かったが、首にたてがみのような長毛を生やしていて、正面から見るとより大きく立派な体躯をしているように見える。その鬣は山野さんやを駆け巡る時に、藪で大事な首筋を傷付けないよう発達した物だろうと思われた。


「君がボスかな? 初めまして、僕はカイ。この状況を解決したいと思っているんだ。協力して欲しい」

 用心深そうな金色の目が、カイを射貫いている。しかし、既に興奮や戦闘の意思はそこから読み取れない。彼らも今から抵抗しても無意味だと断じているのだろう。

「ウォウ! クルルル、オン!」

 何らかの指示を与えると、ボス以外の個体は踵を返して森に駆けていった。ボスも獣人少年少女達に頷いて見せると背を見せて森のほうへ歩き始める。


 どうやら、やっと青年が望んだ交渉に漕ぎ着ける事が出来たようだ。

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