合同鍛錬
四人がデデンテ郷に着いてから
吸芽収集を重点的に行ってきた最近は、獣人の攻勢にナーフス群生地付近の魔獣が少なくなってきていた。そのおかげで収量の増えたナーフスは仔猫達のおやつに行き渡るくらいになってきている。
その上、元々豊かな土壌のナーフス園の子株の成長は著しく、既に花芽を伸ばしてきている物さえ見られるようになってきた。さながらナーフス林の様相を呈してきたナーフス園は定期的に巡回が行われ、間違って入り込んできた魔獣や動物は速やかに駆除されて、蛋白源に化けている。その為、少し大きくなった仔猫達が林間を駆け回る姿もよく見られた。
カイにしてみれば、ホッと胸を撫で下ろせるくらいの状況にはなってきたのだ。
この
ミルムを纏め役として、マルテ、ペピン、バウガル、ガジッカの五人は、密林の魔獣さえ寄せ付けもしない四人に感服し、鍛えて欲しいと訴えてきた。それに否やは無いので一緒に鍛錬するようにしたのだ。
ただ、魔法士のフィノはこういう場合は役に立たないので見学していたのだが、最初の
「ほら、ピョンピョン跳ねない! また悪い癖が出ているわよ!」
「そんな事言われてもつい跳んでしまうんですぅ」
ペピンが弱音を吐く。
一撃離脱が旨の彼らは攻撃が軽い。それを真っ先に指摘したチャムに徹底的に鍛え直されている。
一撃が軽ければ魔獣をしとめるまでに時間も体力も削られてしまう。狩りならそれでも良いのかもしれないが、万が一に連戦になった時にどんどん追い込まれていってしまうのは否めない。そうならない為にまず基本を叩き込もうと地に足の着いた戦い方を仕込まれているのだ。
そもそも平地での戦いだと不用意な跳躍は着地点を狙われる悪手になる。三次元的な戦い方が身に沁みついてしまっている彼らはなかなか癖が抜けなくて苦労している。
組手の序盤では摺り足や平面移動が出来ているのだが、追い込まれてくるとどうも上に逃げたがるようだ。それをやると着地したところをチャムにしたたかに蹴り倒される結果になる。
男性陣は比較的早く慣れてきたものの、反射に頼りがちなマルテとペピンは苦戦している。まあ、慣れてきた男性陣にしたところで、二人して足を止めたカイに翻弄されているのだが。
「いつまでも尻尾を垂らしてへばってないで立ちなさい!」
「鍛錬中のチャムはガミガミにゃ…」
彼女達はもう転がっている時間のほうが多くなってきているが、ミルムはトゥリオ相手に頑張っている。もしかしたら一番タフなのは彼女かもしれない。
「足、止まってるよ、バウガル」
「はい!」
彼はレレムの信奉者で、彼女の役に立ちたくて仕方ないので覇気は強い。一方のガジッカは淡々と戦うタイプだ。それでももう息が上がって動きは鈍くなってきている。攻め足が滞れば途端に足を掛けられて転ばされてしまうので、動き続けるしかない。スタミナを付けるにはここからが勝負だ。
カイはそこまでは考えていないのだが、チャムが厳しくやるよう言うので付き合っている感じだ。こういう時に親身になるのはチャムとトゥリオだろう。それでも彼らに
それから
「じゃあ相手してくれる?」
「喜んで」
カイの爪は今度はチャムに向いている。
「休みながらでいいから、見るだきゃ見とけよ」
「にゃー…」
「みゃー…」
力無いが返事だけは返ってきた。
普段ならこの二人の組手では受けと流しと間合いの奪い合いとが主眼に行われるが、この時は違う。カイが素早く動いて回り込もうとし、チャムは死角に入り込ませないように足捌きで対応し、時折りスルリと入ってくる攻撃を最低限の動きで回避して反撃を加えるといった流れになっている。言うなれば、カイが魔獣役でチャムが受け手だ。
右に回り込んだカイが斜め後ろの死角から爪を伸ばせば、チャムは左足を軸に姿勢を低くして回転し、強い斬撃を繰り出す。堪らず後退したカイに軸足を蹴り足に変えて肉薄し斬り落とす。身を捻って躱すと更に低くチャムの脛を刈りに行く。
全ての動作を素早く、そして移動は地面と平行に行い、回転や身の捻りだけで一撃必殺の攻撃の応酬となる。そんな様子を五人の若い獣人達は荒い息を吐きながらも、目を皿のようにして見ている。
幾つかの注意点をトゥリオを含めた六人に与えて解散とした。
トゥリオは(え、俺もなの?)という顔だったが。
◇ ◇ ◇
【そうですか。今は獣人さん達の村に居るんですね?】
見回りがてら、夜のナーフス林巡りをしているとカイに遠話が届く。こうして時々セイナと話して彼女の不満を解消している彼だったが、誰かに説明する事で第三者視点での頭の中の整理が出来ているのも否めない。
「そうだよ。彼らは素朴な暮らしをしているから、割とのんびり出来てる」
【あまりのんびりなさらないで早く帰って来てください。セイナは寂しいです】
「そう言われても、彼らの暮らしに大きな舵を切らせたのも事実だからね。ある程度は責任取らないといけないと思っているよ」
【カイ兄様はお優しいからそうやって頑張ってしまうのでしょうけど、わたくしの分も残しておいてくださらないと】
「心配しなくても家族は別だよ。ここでの事だって帰ったらゆっくり話してあげるからね。それよりそっちの様子はどう?」
【お父様はベックルから戻ってからは忙しそうにされています。陛下や
家族の前で油断しているのかもしれないが、あまり褒められた事ではない。
「それは秘密にしておいてあげようね」
【はい、わたくしも立場の有る身です。心得ているつもりです】
「偉いね、セイナ」
【うふふ。あ、そうそう。割と良い品質のモノリコートも作れるようになったのですのよ。早くカイ兄様にも味見していただきたいです】
「楽しみにしてるよ。輸出にも回せている感じ?」
【はい、引き合いが凄くて、価格の高騰が問題になっているようです。それもお父様方を悩ませていらっしゃるようですけど】
「問題山積だね。少し抑え気味にしたほうが良いかな?」
【それで色々良くなるなら本望かと…】
「クライン様の身体の心配もしてあげようね」
【それはお母様の仕事ですので】
なかなかに無情である。
「そろそろ休みなさい。僕も
【はい、お休みなさいませ、カイ兄様】
◇ ◇ ◇
その場には彼女からの要請でカイ達四人も同席している。
「
レレムは一拍置いて見回すが、問題無いようだ。
「では今回の買い出しの責任者はトリマイに任せます」
「え!! お待ちください、レレム。
トリマイはキイロオナガネコ連の男で、レレムの長の仕事を補佐している。
「はい、ですから長会議にはレレム一人で向かいます。護衛の者はゴワントと話して選定してあります」
「そこまでしなくとも買い出しならば、一人年配の者を付ければ十分かと」
「今回はナーフス園の契約商人の見極めという大きな仕事が有ります。それをあなたに任せたいのですが」
「……」
長補佐として自負の有るトリマイは納得出来なくとも理解出来てしまう。
「長会議では、ナーフス園の事を皆に説明しなければならず、欠席と言う訳にはまいりません。この重責、受けてもらえませんか、トリマイ」
事前に話さなかったのは、こういう場であればトリマイも感情的にならずに受けてくれるだろうとの計算もある。実際、彼は受けざるを得ない。
「不安がらずとも、人族文化に詳しいそちらの冒険者四方にも同行をお願いしてあります。お願いしますね、トリマイ」
「…はい」
そんな流れで買い出し一行は
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