事情聴取

 本来は生徒指導室で行うような会話ではない。それでもまだ学校側は隠し通せるものと思っているのか、校長は校内の一室での聴取を主張したのである。生徒の権利保護を建前にして。


「彼らの処分を大人に任せようとは思わなかったのかね?」

「何もしない、何も出来ない相手にどうして任せられるんです?」

 外村ほかむらが息を飲んで青筋を立てるが、今度は自制したようだ。

「何も出来ん訳ではないぞ?」

「現実に何もしないじゃないですか? 拓己くんは担任に虐めの事実を相談していましたよ。なのに彼は自殺しなければならないほど追い詰められるまで放置されました。どうしてそんな相手に任せられると?」

 櫂は学年主任のほうをチラリと見る。ビクッとして目を逸らされたが。彼は櫂が恐ろしくて仕方ないのだろう。現在の教師というのはこういう手合いばかりなのだろうと諦めるしかない。

「実際のところ、あなた方だってこうして事件が大きくならないと動き始めない。大人がちゃんと対応してくれていたら拓己くんは死ななくて済んだ筈なんですよ? それを棚に上げて僕の行為だけ責めるんですよね?」

「待ちなさい。我々も調査は進めていたのだぞ」

「学校が隠蔽しようとしたら手を出せないんでしょう? 警察は拓己くんの遺書を押収したのだから、彼が担任に相談していた事実も掴んでいた筈ですよ」

「押収じゃないぞ! 任意で提出してもらっただけだ!」

 若い外村は警察の横暴だと言わんばかりの事には我慢ならないようだ。

「故人の遺品を遺族が取り上げられるんです。それを相手の立場になって考えた事ありません?」


(何でこんな詮無い事を議論しなければならないんだろう?)

 呆れる櫂。それは相手も思っていた事のようだ。話題転換をしてきた。


「警察だって当該生徒の身辺調査をして対象者の絞り込みを進めていたのだが?」

「十日も野放しにしておいて調査ですか。じゃあ、そのSDカードの冒頭部分を見てください。そこだけは配慮してカットしたんですけど、もう少しで新たな被害者が発生する寸前でしたよ?」

 オリジナル動画をPCで再生して確認した刑事達は息を飲む。実際に女生徒が一人、被害に遭い兼ねない状況だった。

「こ……れは!?」

「それがあなた方の仕事なんです。いつもいつも手遅れなんですよ。僕も人の事は言えませんけどね」

 苦々しい顔をする刑事達だが返す言葉も無いようだ。

「そろそろ認めてもらえませんか? 今回、警察は僕がやらなければ何も出来なかった。そしてもう一人被害者が出て、彼女も訴え出なければ事態に変わりはない。ただ被害者を増やしていただけです」

「だ、だが流堂拓己君もきちんと訴え出てくれれば適切に対応を……」

「あのどこまでも優しい拓己くんに、両親に心労を掛けてでも虐めと戦えと? 性的暴行を受けた未成年女生徒に訴え出て全てを語れと? あなた方、人間ですか?」

「しかし、それが無いと我々は動けんのだ」

「社会の仕組みの歪みまでここで議論するつもりはありません。さっさと結論を出してください」


「流堂櫂君、十時五十五分、君を暴行傷害の容疑で逮捕します」


   ◇      ◇      ◇


 昼過ぎになって修と礼子が警察署にやって来る。 面会を許された二人は、櫂を前にしていた。礼子は悲痛な表情を隠そうともしない。

 二人に対して深々と頭を下げた櫂は告げる。


「こういう事になってしまいました。申し訳ありません」

「自分が何をやったか解っているのだな?」

「はい、ご迷惑を掛けてしまいます。ごめんなさい」

「それならいい。御厄介になって来なさい」

「あの……、姉さんにも恥を掻かせてしまうのを詫びていたと伝えてもらっても良いですか?」

「解った。礼美には言っておく」


 二人は警官に「どうかよろしくお願いします」と頭を下げて帰っていった。


   ◇      ◇      ◇


『始まりました。ニューストゥルータイムの時間です。ご案内は私、沖田です。

 今日も皆さんに真実をお届けする時間がやって参りました。


 今日のトップニュースも暴行動画に関する話題です。

 警察の発表によりますと、この暴行動画の投稿者である少年を、

 暴行傷害の疑いで本日逮捕したとのことです。

 容疑者は先日来より話題になっている自殺生徒と同市内の学校に通う

 中学生だと判明しています。

 一部の情報に拠りますと、当該少年は自殺少年との関係が極めて深い人物で、

 やはり怨恨による犯行だと見られている模様です。

 現在は同市内の警察署で事情聴取が行われておりますが、

 当該少年は取り調べに素直に従い、容疑を認めているとの情報が入っております。


 さて、本日も政治評論家で教育関係にもお詳しい鉢山さんに来ていただいています。

 鉢山さんのおっしゃった通り暴行少年は逮捕されました。

 どうお考えですか?』

『どうも、鉢山です。

 彼が取り調べに素直に応じているのは当然の事だと思っています。

 おそらく彼にしてみればあの動画内で語られているのが全てなのですよ?』

『そうなんでしょうか?』

『はい、彼にとってそれが事実であり、公表したい全てなのだと考えています。

 いわゆる確信犯というものだと思ってください。

 もしかしたら彼は自分が悪い事をしたなんて思っていないかもしれません』

『それはそれでちょっと恐ろしいと思ってしまうのですが?』

『思い込みの激しい少年期にありがちな傾向です。

 それを行うのは当然と考えているのかもしれません。

 自分にはそれだけの力が有ると。』

『子供の道徳心の低下が危惧されている昨今ですが。

 これもその一例だとお考えですか?』

『その通りだと思います』


『この逮捕速報に合わせましてネットでは大変な議論が交わされている模様です。

 その意見の一部をご覧ください。』


 画面にテロップが表示されると共にボイスオーバーで声も入る。

男「ちょ! 何やってんの、警察! 捕まえる相手間違ってんでしょ!」

女「あたし達のヒーローを連れて行かないで!」

男「しょーがないんじゃない、もろ暴行だし」

女「暴力反対!」

男「現代の必殺仕事人は裁かれる運命になるのか?」

女「彼の英雄的行動は認められるべきです。みんなで声を上げましょう!」

男「罪が公平に裁かれるのが法治国家のあり方」

女「裁かれてない奴がいるわ」

男「晒せ晒せ! 晒して血祭りに上げろ! 悪には罰を!」

女「正義の味方の行為を汚さないで。警察は誰の味方?」

男「ヒーローを捕えるのは悪の組織でなく警察だった!?」

女「正しければ何をやってもいい訳じゃないけどこれは酷い」


『このように、彼に好意的な意見が圧倒的に多く、

 逆に警察に批判が集まりつつある状況です。

 この状況を重く見たのか、警察は入院中の三少年の状態を見ながら、

 事情を聞く方針であると先ほど記者会見で発表されました。』

『当然、そうなってきてしまいますね。

 彼らが暴行事実はもちろん、金銭の要求までとなると、

 暴行傷害に恐喝の容疑まで出てくるわけですから。』

『今後もこの事件からは目を離せなくなってきましたね?

 さて、次のニュースに移りたいと思います。』


   ◇      ◇      ◇


 商店街などからも離れた住宅街の一角、奥まった所にある道場の場所を探し当てた彼はほっと胸を撫で下ろす。

「見つからねーかと思ったぜ」

 そこからは少年少女の気合の掛け声が聞こえてくる。ドスン、ダンといった腹に響く音に交じっての事だ。

「諏訪田道場ね。そんまんまの名前の道場じゃない事までは解ったんだがな」

 さて、どうしたもんかと男は思う。この場合は「頼もう!」か?


 ジャーナリストの自分には無縁の挨拶だと皮肉に笑う男だった。

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