楽しい潜伏生活(6)
「チェインに決まったって」
或る
「何々、エレノア様の子?」
通話中の言葉の端々に「姉ぇ」という単語を聞き取っていたチャムは察して尋ねてくる。
「そうだよ。みんな、チェイニーって呼んでるみたいだけど」
「あはは、ゼインと似ているものね」
「そのほうが可愛くっていいですぅ」
「おいおい、男の子だろ? 可愛いってのはあまり言われたくないもんだぜ」
「何言ってんのよ。まだ赤ちゃんよ。可愛いでいいの。大きくなるまでには本人も慣れちゃうものだわ」
それでも納得いかない男の子代表である。
「強く生きろよ、チェイン」
「それでエレノア様のほうは問題無い訳ね」
チャムは女性らしく母親の身体を気遣う。
「健康そのもの。たおやかな姫に見えるかもしれないけど、姉ぇは丈夫だからね」
何かと言って街門の外に出たがる彼女に散々手を焼かされた身としては、そう言う権利くらいは有るだろう。
「そりゃチャムに比べりゃ大概の女はたおやかだろうぜ」
「へぇ、あんた、そういう事言う訳。元気が有り余っているんじゃない?
「いや、今のは言葉の綾ってやつだ。気にすんな」
「酷いですよ、トゥリオさん。チャムさんを乱暴者みたいに言って」
「ち、違うって! そんな意味じゃねえから」
トゥリオは防戦一方だ。もう
「まあまあ、トゥリオだって悪気は無かったんだろうからさ。それが一番たちが悪いんだけどね」
「するんならちゃんとフォローしてくれよ」
ひと笑いあって場は和む。
「しかし、下の男の子か。どうなっちまうんだろうな。王族となりゃ、余計に難しいぜ」
トゥリオはしみじみと言う。
「経験者は語るって訳? 安心なさい。あのクライン様の子でゼインの弟よ。周りがどう騒ごうがしっかりした子に育つわよ」
「ですよねぇ。フィノ達が心配したってなるようにしかならないし、先に死んじゃいますもん」
「だよな。生きている内は俺達で外からでもあーだこーだ言えるが、死んじまったらな」
チェインがどんな道を歩もうが、遠く近くに助けてあげられても、自分達のほうが先に逝ってしまうと思えば限界がある。
「うーん、ところが僕はたぶん看取ってやらないといけないだろうからね。最後まで面倒見るよ」
その言葉に二人はあんぐりと口を開けて愕然とする。
「何言ってんだ、お前。先に逝くのは同じだろ?」
「いや、きっと僕は取り残されていってしまう。この世界で言う長生族並みに生きるだろうから」
「……どうしてそう思うの?」
チャムは酷く真剣な顔をして尋ねてくる。未だ半分冗談だと思っているトゥリオ達とは違うようだ。
「前に転移してきた時、この世界でほぼ七
カイは指折り数えながら滔々と語る。
「あの時は言わなかったんだけど、これってどういう事だと思う?」
「それは、まさか……」
「ざっと計算して、こっちの世界の時間の流れは十二倍早い。僕が怪我や病気で死なずに寿命を全うしたら……、千年生きる」
その告白は、三人に大きな衝撃を与えたようだ。誰一人として言葉を継げない。
「気付いてはいたんだけど、それが僕の身体にどんな効果を及ぼしているのか様子を見ていたんだ」
「どうだったんだ?」
数度深呼吸をして心を落ち着けたトゥリオは結果を促す。
「初めて転移してきた時、十六歳だった。それから七で二十三歳。帰った間の六
「幾ら何でも無理だな。せいぜい少年に毛が生えたくらいじゃねえか」
「それはちょっと酷くない?」
「ごめんなさい。私も初めて会った時には少年だと思ったわ。そう見るには世慣れた感じで物腰も落ち着いているから青年くらいに印象を修正したけど」
「参ったな。そんな風に思われているとは。まあ、話を戻そうね。向こうで過ごした
自分の頬をペチペチと叩きながら言う。
「それでもちょっと若過ぎますぅ。人族さんの顔の細かい違いは苦手ですけど、そんなフィノにだって解りますぅ」
「フィノにもそう見える? きっと、それで合っているんだ。僕の身体の時間は元の世界の時間に縛られている。今の肉体年齢は十七歳と
「確かにな。そのくらいで丁度良いように見えるぜ」
「でしょ? 僕の国じゃ二十歳まで飲酒は禁じられていたから、一応自重して君にも付き合ってなかったんだ。でも、こっちに骨を埋める覚悟はしたから、もう良いかなって思ってる。今度一緒に飲もうか?」
「そりゃやぶさかじゃねえぞ。お前が下戸じゃねえならな」
トゥリオとしては腑に落ちたようだ。納得したのか諦めたのかどっちとも言えないところだが。
「でもでも、それってかなり無理が有ると思いますぅ」
フィノは納得いかなかったようで、疑問をぶつけてくる。
「身体の中の時間が十二分の一でゆっくり流れているのに、カイさんは普通に動いてますぅ。それどころか身体強化で普通の人より速く動けますし、更に速く動く魔法まで使えちゃいますぅ。それだと、身体に掛かっている負担は尋常じゃないはず。肉体が耐えられるなんて思えませんですぅ」
「それは僕も考えたよ。何で動けているんだろう? なぜ耐えられるんだろう?」
「ですよねぇ」
フィノは自分の考えが的外れではないと賛同してもらってホッとしているようだ。
「それがね、きっと耐えられていないんだよ」
「はいぃ?」
「僕は身体の調子が悪いと、半ば無意識に全身に
地面に描かれた絵に、フィノはコクコクと頷く。そして、カイは自分の胸を指して続けた。
「この身体はずっと強化され続けてきて、最近は壊れ難くなってきているみたいだね」
「カイさんの身体はずっと苛められてきたんですねぇ」
今はそうでもないんだろうが、おそらく初期にはかなり痛みを伴っていただろうと想像出来る。それに耐え抜いた結果が今なのだろう。
「んぷ、あはははははは! 何なの!? あなたって何て人!?」
チャムが突如耐え切れなくなったように哄笑を上げる。
「どうして絶対に越えられない筈のものをいとも簡単に越えてくるの? 何でそんな風に普通に話しちゃうの? そんなに私を喜ばせてどうしたいの? 私、私……」
「ど、どうしたんですぅ!?」
大笑いが泣き笑いに変わっていった。こんな情緒不安定な彼女は珍しくて、フィノも不安に駆られる。
「ううん、ごめんね。驚かせて」
気遣う視線を送った後は、真剣にカイを見据える。
「あなたはなぜここに居るの?」
それに対する応えは彼女を満足させただろうか?
「君の期待と僕の希望を叶える為だよ」
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