バルトロの苦悩
再開された国境協議は大きな衝突をすること無く、終了を迎える。結局、多少斜めに旧トレバを南北に分断する形で大筋の合意を得た。
相互不可侵条約の調印と安全保障条約の仮調印が行われた後で会談終了となる。今後の国境協議は実務者レベルでの細かな調整となり、最終的に詳細な国境線が引かれる。そちらは平静を取り戻しつつあるロアジンで行われる運びとなった。
【結果的にはしてやられてしまったか。マスフェティン子爵も有能な男なんだが、柔軟さに僅かに欠けるところが有るからな。その辺りは外務卿が上手く援護してくれると思ったが、クライン殿下にそこまで大胆な決断をされては付いていけなかったか】
終了後にトゥリオはバルトロに遠話器で会談の経緯を説明していた。
「俺も話は聞いていたんだがな。立場上、どちらの肩を持つのも難しくてな、迷った挙句に連絡できなかった。すまん」
【君に聞こえる場所で話していたんだとしたら、それが僕に伝わったとしても構わないと魔闘拳士殿は考えていたんだろう】
したたかなカイならば、トゥリオがどう動くか微笑ましい気持ちで眺めていたのだろうとバルトロには容易に想像出来た。
【返す返すも口惜しい。やはり僕がその協議に出向くべきだった。僕なら魔闘拳士殿を協議の場に引っ張り出して本音を引き出せたかもしれないのに】
フリギアの国内状況も容易ならざるものなのだ。獣人居留域の
通常業務に加えてこれらの懸案事項をこなさねばならず、ここでバルトロに抜けられれば各所で業務処理の停滞が起き兼ねない状態を懸念して、ロアジンに出向くと申し出た彼を国王を始めとして他の重臣達も引き留めたのだ。
「え? あれで全部だろ? ホルツレインは人材集めが急務だって思ってんだから」
【そんな訳無いだろう。彼ならば本当の目的を口にする筈なんてないさ。もちろん今のホルツレインに人材育成が必要だってのも事実。それに合わせて口添えをした部分も無くは無いだろうが、それなら政治判断に積極的に介入はしなかったんじゃないかな?】
「確かに、聞いた話を含めてもあいつが自分から政治の問題に口を挟んだ事は無かったかもしれねえな」
混乱する問題の解決の糸口を掴む為に動く事なら多いカイだが、人命に関わる理不尽な状況が見られる場合を除き、大きな方針転換を促したのは獣人居留地での獣人生活の改善を訴えた時くらいかもしれない。国という大きな括りに対して能動的に意見をしたのは珍しい事例と言える。
「まだ腹に一物有るってのか?」
【何かと訊かれたら困るが、察するに何かを目論んでいるのではないかと思う】
「似た者同士だからな。お前がそう言うんならそうなんだろうぜ」
【誉め言葉と受け取っておこう】
「逆にその分だけ悔しがるだろうと言ってたがな」
【う……、どういう意味だ?】
多少、思い当たる節があるだけ聞くのが恐ろしいようなバルトロ。
「これからフリギアも人材不足で困るのは間違いないってな」
カイが語ったのはフリギアの今後だ。
ホルツレインと直接国境を接するようになったフリギアは交易量が飛躍的に伸びると言う。
フリギアにとっての重要輸出品目となるのはナーフスになるだろう。反対にモノリコートや
その他にも、今までは距離に邪魔されていた両国の産物が見直され、街道は商人やお抱え『倉庫持ち』で埋め尽くされんばかりになるかもしれない。そうなった時に増えるのは往来する物品だけではない。人の動きに合わせてその管理に伴う事務処理も膨大なものになる。
輸出入管理に伴う事務処理に人の入出管理の事務処理、それらの動きに伴って噴出する問題を調査・管理・監督するのに必要な人員。それこそ幾ら人が居ても足りないほどになると思っていい。
【魔闘拳士殿の予想は間違いないだろう。僕にもその未来が見える。だからこそ今着手せねばならない。経済の発展が人口増加を招いた時に十分な食料を備蓄できる体制が出来ていなければ、ちょっとした気候不順で収量が落ちただけで国が揺らぐほどの問題になってしまう。ホルツレインはその辺りがしっかり出来ているが、フリギアは食糧庫に不安を抱えている。逼迫の問題解決に走ったと嘲られても良い。今は切実に基盤が欲しい】
「あいつもそこまでは言ってなかったが、考えてはくれているみたいだったぜ。交易が活発になって、双方の経済が活性化して、両国のパイプが太くなって信頼関係が築かれてきた頃に、クライン殿下のほうから人的交流事業を提案してみたらどうかって」
お互いに視点を変えて物流や管理監督の技能を学び合ってはどうかという考えだ。
「殿下も悪い笑いを浮かべながら『一つ貸しが作れるな』とは言っていたが」
【有難い。そんな借りなら安いもんだ。喜んで借りるさ。魔闘拳士殿は西方を二大国の相互作用によって発展させたいと考えてくれているんだな。安心した】
◇ ◇ ◇
「あの、トゥリオさんは?」
せっかく淹れたお茶が冷めつつあるのを気にしたフィノが問い掛ける。
「遠話器貸したから今頃、反省会じゃない? カイに意地悪された者同士でね」
「人聞き悪いなぁ」
「相当焦れてたわよ。自分はどうすべきかってね」
「流して良い分の情報しか耳に入れてないのにね」
「悪いのはそういうとこ」
笑いながら窘める。批判的に聞こえてもチャムは(しようがない人)くらいにしか思ってないのだ。
「もう! カイさんは本当に意地悪です」
「怒られちゃった。中途半端に悩む癖が何とかなればと思ったんだけどね」
「あれはもう性分ね」
「人は悩んで成長するものなんです!」
「肩持つわねー」
「……チャムさんも意地悪です」
「ごめんごめん」
「しかし、体よく密林地帯を分捕ったものよね」
チャムの流し目にカイは降参のポーズを取る。
「あれ? バレてる?」
「幻惑しているように見せて本命とか、あなたが使いそうな手だわ」
「そうなんですか?」
「まあね。あまり広範囲に及ぶ北部密林をフリギアの自由にさせたくなかったんだ」
「え? でも普通の人族にはあの密林をどうこうなんて出来ませんよ?」
「人族だけでならね」
そう言って彼はフィノを指差す。
「でも獣人族と協力すれば別だ。彼らに魔獣を駆り立ててもらいながら樹林を伐採する事は出来る。もっと強引にいくなら焼いてもいい」
「そんな密林を焼くなんて!」
「それをやってしまうのも人間なんだよ。ナーフスっていう財源を確保する為にやってしまうかもしれない。もちろん、獣人達は反対するだろうし協力もしないと思うよ。でも可能性がある限りは排除したい。そう思うくらい僕は臆病なんだよ」
「そんな……。臆病なんて……」
「現実になったら簡単には取り返しが付かないものね」
通常の樹林に比べて、密林の復元性は高い方だと思われる。それでもすぐ元通りとはいかない。
「密林特有の生態系……、生物の営みをを壊してはいけないと思う。僕は悪い例を知っているから」
「カイさんの世界ですか?」
フィノに思い当たる節はそこしかない。
「利便性を重視し過ぎた挙句に自分の世界さえ食い尽くし兼ねない生物は、今度は自らの存続の為に世界を守ろうとするんだ。ジレンマだね」
「途中で気付かないものなんですね」
「意外にね」
カイの世界も見てみたいと思うフィノだが、それは怖いもの見たさなのかもしれないと思うのだった。
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