魔人の森

 石柱そのものは、十全とはいかないまでも機能していたので触れる事無く越える。


「僅かとは言え、どうして機能してんだよ?」

 魔法に造詣が無いトゥリオには不思議な事に思えたようだ。

「魔境山脈全般にですけど、この辺りは特に空間魔力量が多いのですぅ。あの刻印はそれを取り込んで機能を残しているのですぅ」

「へぇ、そんなもんなのか?」

「そうなのですよぅ」


 フィノ相手には食い下がったりはしないトゥリオに苦笑いしつつ、石柱の列から大きく離れないように進む。露骨に危険な感じのする結界の有る中心付近に突進するのではなく、可能な限りの情報収集をトゥリオ以外が主張したからだ。

 この状況ではカイの広域サーチは使い難い。魔人がそれに掛からない所為も有るが、それが自身が音波を発信する音波探査装置アクティブソナーのように、自身の魔力波で探査をする広域サーチは、魔力の扱いに長けた相手ではその存在を喧伝するような効果がある。

 敵対する可能性の高い魔人が付近にいる状態で使用すれば、呼び寄せて包囲される危険性まである。カイ本人としては、使用して地形の把握くらいはしたいのはやまやまなのだが、リスクのほうが大き過ぎてそれなら足で稼ぐほうを選択したのである。まあ、足を動かしているのはセネル鳥せねるちょう達なのだが。


 石柱の内側の探索に入ってからは、魔獣はおろか野生動物にも出会わなくなった。栗鼠のような小型の樹上生活者や小鳥がたまに見られるだけで、地上を闊歩する種は皆無である。


「やっぱり魔人を怖れて逃げ出しているみたいね」

「魔獣が居ない理由もそれだったってのか?」

「魔力を扱う種だけに、魔人みたいな魔力で練った泥人形は最大警戒対象なのかも?」

「それも有るだろうし、知能が高いだけに自分達の攻撃が通用しない相手に敵対する愚は犯さないんじゃないかな?」

「無理に連中のなわばりには入り込まねえってか」

 自分達の事は脇に置いてそんな事を言う。

「彼らには人間と違って『勇者』っていう切り札は有りませんですぅ。だから退くべきところは退くんじゃないかと思いますぅ」

「道理だね」


 全て推論に過ぎないと分かりながらも議論しながら進んでいくと、彼らはひと際大きな石柱に行き会う。カイとフィノはすぐさまセネル鳥から降りて調べ始める。

 その埋設部分を掘り始めると、刻印の起動線に接続された導線が出てきて、その先に取り付けられたミスリル金属板とその上に配置された魔石が出てくる。それは伝送魔力受容器。フィノは魔石内の魔法構成が生きているのは確認出来たが、既に伝送されてくる魔力は無い。


「それが反射壁の基点になる石?」

 頷き合っている二人の様子を見てチャムは尋ねた。

「うん。こうして魔力受容器も接続されているし、石柱全体を繋ぎ合わせる刻印も施されてるし」

「でも、カイさん。魔人はなぜこれを破壊しないのでしょう? 自分達を閉じ込めていた装置の一部だとは思わなかったんでしょうかねぇ?」

「その辺がよく解らないんだよね。魔人の知能の程度が読めなくてさ。メナスフットの魔人は人間に勝るとも劣らない知能を有していたみたいに感じるんだけど、この前の魔人は獣に毛が生えた程度に感じたし、その辺どうなの、チャム?」

 封印装置の基点を類推して破壊したり、それが機能しているかどうかを確認するのにもそれなりの知能が必要になる。魔人の知能の個体差を感じてしまったカイは判断が付かないでいるらしかった。

「高位と低位の魔人が存在しているのは本当よ。でも、低位の魔人でも指令が有ればそのくらいの芸当は出来るわ。おそらく魔人を統括している存在が、封印が不完全ながら解けているのを把握しているからでしょうね。意図的に放置させているのだと思うわ」

「なるほど。じゃあ、訊いても答えてくれるかどうかは分からないけど、訊いてみようか?」

 木立の影からぬっと姿を現した魔人に対してカイは振り向くのだった。


 彼も対応に慣れてきている。サーチ魔法に反応が無いのに、強い魔力を放っている存在が近付いてくるならそれは魔人だ。

「これを破壊しろって言う指令じゃないよね? さしづめ僕達を排除して来いって言う指令かな?」

 こちらの存在を把握されていないと考えるのは安直に過ぎるだろう。彼らとて魔力を放つ人間だ。そちらが専門であろう魔人達なら感知されているのは想定内だ。わざわざ広域サーチを打ちはしないし、油断もしないのがこの状況下での最善の対応だろうと思っている。

 残念ながら魔人は答えてはくれなかった。その代りに拳が襲い掛かってくる。


「マルチガントレット」

 正面に出て、拳を拳で打ち払いつつ後退する。その間に他の三人は体勢を整えに掛かる。幾度かの衝撃音が連続した後に、魔人の腕は早くも剣に変化していた。その様子を見ると、先陽せんじつの魔人よりは高位の魔人に思える。

「何をしに来た、人間?」

 予想通り、知能は高めの個体らしく問い掛けてくる。

「この先で何が起こっているのか調査に来ただけですよ。貴方が教えてくれるのなら手間は省けるのですけど協力していただけそうにないですね?」

「ふん、無駄な事だ。人間風情が我らの領域に迷い込んできたのが悪い。己が不運を呪え」

「仕方ないから自分で確認する事にしますよ」

 溜息を一つ吐くと、光剣フォトンソードを発現させて敵対姿勢を示すカイ。

「出来るものならな!」


 黒い刃と光剣フォトンソードが噛み合って鈍い軋み音を奏でると、動きに戸惑いが感じられたがそれも長続きはしない。筋肉を持つ訳でも無いのに、どこから生まれてくるのか解らない膂力を発揮して強引に斬り込んでくる。

 魔人にも位階の差が有るようだが、これだけは共通する攻撃的な姿勢だ。魔人は一様に、戦闘技術に通じていないようで、ただ力で押しに押して来るばかりなのが目立つ。これだけのパワーが有ればそんなものは無用だと考えている節が感じられた。


「間に合うのか、チャム?」

「もう少し保たせて」

 フィノは大盾を前面に立てているトゥリオの後ろで、カイが押し込まれた時の為に分断用の魔法を待機させて、真剣な目で状勢を観察している。もし、彼が手こずったとしたら、一度間合いを稼ぐ為の中規模の魔法だ。今のところは余裕を持って対処しているように彼女の目には見えた。


「いくわよ!」

 剣の光述に魔力を流し込んで聖属性魔法剣を発現させたチャムが参戦を伝える。カイが今回は重強化ブースターを使用していないのが気になるが、特に苦戦していないのも事実なので促すのも変に思えた。彼がそんなとこで手抜かりしたり、意味も無い行動を取ったりしないのは間違いない。


 チャムが駆け寄っていくと、カイは一瞬に沈み込んで低くなる。彼女はそのまま駆け込み背中を踏んで肉薄する。チャムの剣を受けようとした黒い刃はスパンと斬り払われて粒子に還っていった。不利を悟った魔人は後退して一度距離を取る。

 黒い刃が吹雪を纏うと、氷の針が大量に発生して一群となって襲い掛かってきた。二人はそれぞれが光盾レストアを発現させてそれらを無効化させる。魔法をいなした彼らは同時に踏み込んで魔人を追い込んでいく。

 畳み掛ける光剣フォトンソードが黒い刃で全て迎撃されたところへ、滑り込んだ魔法剣が魔人の胸を掠めて黒い粒子を散らす。ひるんでチャムの間合いから逃れようとすると、光剣フォトンソードの連撃が更に身体の各所を掠めて粒子が散る。


「人間如きがぁー!」


 吠えた魔人は身体の節々に黒い刃を生やして見せた。

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