ルドウ基金(2)

「あれ? この数字、おかしいですよ?」

 ルドウ基金の運営状態を確認していたカイは疑問を呈する。

今陽きょう初めてお会いしたのは確かですので信用していただくのは難しいかもしれませんが、私もそれなりに資金管理には通じている自信が有ります。代表にお見せする書類、特に会計書類は何度も確認してありますので間違いはないかと?」

「うーん、いや、イーラ女史を疑っている訳じゃないんですけど、これは……」

「そ、そのような敬称をいただくような者では……」

 突然呼ばれた呼び名にイーラは動揺してしまう。

「でも『イーラ様』も『イーラさん』もしっくり来ないんで『イーラ女史』にさせてもらいます。どうしても嫌なら考えますけど?」

「は、あの……、ありがとうございます」

 破顔したカイにそうハッキリと言われたのでは嫌とも言えなくなる。そこに含まれるのは自分の能力に対する敬意であるのは明白だからだ。


 カイがそう呼んだのも一連の会計書類を見たからである。それらは本当によく纏まっていて、ザッと斜め読みしただけでも運用の流れが見えるほどだった。

 ただ、最後の結論と言える部分の数字があまりにも予想外で、つい指摘してしまったに過ぎない。


「どうしたの、一体。え! 嘘でしょ!?」

 彼が指差している収支金額を見たチャムも驚嘆の声を上げるしかなかった。

先往先月の収支が7万2千シーグ約580万円の黒字!? 何でそんな数字に?」

「現在稼働中の託児孤児院数が三十三。その全てを合わせた利益がそれになります」

「な! べらぼうに儲かってんじゃねえか!」

「一流冒険者パーティーでも一往ひと月では稼げない金額です、よね?」

 四人は顔を見合わせて何とも言えない雰囲気を醸し出す。

「あー、王宮からの補助金とか利益提供金が大きいのね」

「違うんだ。それは全部、用地買収や新規施設建設に使われてる。託児孤児院の運営だけでそれだけの黒字になってるってこと」

「マジか……」

 本来、孤児院の運営資金を捻出する為に行われている託児機能が大きく利益を生み出してしまっているらしい。


「子供達が頑張り過ぎちゃってるのかな? 無理させていませんよね?」

「一施設の収容定員は30~40名となっております。孤児5名当たりに1名の職員を配置しておりますので職員数は6~8名。その人員で目途として子供達と同数の託児を受け入れているのではありますが、中には託児希望者が多過ぎてそれを超える場合も有るとは聞いております。ですがそれは強制ではなく子供達の要望を聞いての上の事だと確認はしていますので」


(ちょっとした田舎の学校くらいの人数の子供が一つの施設に集まっているって事?)

 カイはその様を想像すると心配になっている部分が出てくる。


「子供達の待遇とか設備とかは大丈夫?」

「そちらも十分以上に配慮しているつもりです」


 与えられる食事はもちろん一陽いちにち三食。豪華なとは言わないが、十分な質と量の食事が出されているらしい。その調理は職員を中心に子供達も手伝って行っているが、それは教育を含めての意味なので問題な無いとの考えだ。

 更に午前8の刻九時半と午後2の刻半三時には間食としてお菓子も与えられている。育ち盛りの彼らに労働も課せられるのだから、そのくらいの栄養は必要であろうとの配慮。


 衣服も十分な量が準備されている。洗濯こそ子供達が自分で行っているが、それも教育方針であるし、一部の魔法の才能を持つ子の練習にもなっている。

 居住設備に関しては、広さ的にゆとりが有るとは言い兼ねる状態であるようだ。それも近隣の用地買収が進めば増築する方針で、将来的には十二分な空間の確保を目標としている。ベッドは用地的に一名に一つとはいかないが、アトラシア教会が運営していた頃のように床に雑魚寝と言う訳ではない。もっとも幼い子などは一人寝が難しい事も有り、ほとんど問題点として上がってきていないと言う。

 そしてカイが以前に要望として挙げていたのを汲み取って、読み書きと初歩的な算術の教育も行われている。実はこれが託児希望者が増える一因らしい。そこでは院の子供達だけでなく預かった子供にも等しく勉強時間が設けられる。子供を預ければ面倒を見てくれるだけでなく勉強も教えてもらえるのだ。親たちにとっては一石二鳥である。


「環境的には何ら問題無いみたいですね? 現場からの意見の吸い上げもきちんと行われているようですし。それで必要経費を差し引いてもこの収支ですか」

 カイが理想としていた範囲の施設にはなっていると思えた。

「はい。現状、用地買収の話が進んでいるのが十九ヶ所。順調にいけば五十二の施設が稼働する計算になり、1.5倍以上の利益が見込めます」

「あの……、イーラ女史。僕は託児孤児院を営利目的で運営するつもりは無いんですけど」

「あ、すみません。つい商業的な考え方をしておりました」

「いえ、収益が上がるのは良いんです。将来的に院から独り立ちする子達に支度金を渡せたり、当座の生活補助は出来たほうが良いですから」

「そこまでお考えですか」


 イーラは、カイを見誤っていたと反省している。ここまでの発言は弱者救済に腐心する人のそれで、決して戦場働きで人を殺めた後ろめたさを、孤児を養う事で埋め合わせようとしているのでは無さそうだ。


「しかしこのままでは基金が膨れ上がるばかりで、目的が見えなくなってしまってイーラ女史が困ってしまいますね?」

 基金枠が大きくなるのは運営の安定性上何ら問題無いのだが、ただ貯蓄するだけでは経済に悪影響を与えてしまう。そうカイは考えている。

「はい。王宮からの援助もある以上、不必要な蓄財は社会的に風聞が悪いかと」

「王宮の援助や利益提供の事は考えておきます。基金枠の目的に関してはどうしたものでしょうか?」

「民間事業への融資を行いますか?」

 イーラは、経済活性化を目的とした民間投資基金に方向転換の是非を問う。

「いえ、それはしません。ルドウ基金は福祉目的で創設された筈ですのでそれは堅持します。民間事業には有益なものも多いとは思いますが、胡乱なものも少なくないでしょう。王国の下部組織的色合いの強い基金の融資は褒められたものではないと思います」

 悩みながらも言葉を紡いでいく彼の発言に、イーラの目は見開かれていく。

「同じ理由で貴女の御実家への融資も出来ませんので悪しからず」

「はい、それはもちろん……」

「今後は王国から要請される社会福祉や国民保安に寄与する事業に融資する方向に動いていきましょう。僕のほうで話は通しておきます。時期と事業内容に関しても僕が判断します。つきましてはこれを貴女に渡しておきます」

 カイは作り置きの遠話器を彼女の前に置く。

「これは……」

「使い方は後ほど」

 その遠話器に目を落としていたイーラは突然深々と頭を下げた。

「申し訳ございません。私はあなた様を、英雄の名を利用するためのルドウ基金のお飾りの代表だと考えていました。こんなに社会や経済に見識のある方だとは思っていなかったのです。どうかお許しください」

「頭を上げてください。構いませんよ。僕の見てくれはただの冒険者ですし、中身も大差ありません。ただ、少々複雑な経済社会の下で育ったので知識はあるだけの話です」


 イーラは、カイ・ルドウという人物を見極めるつもりでいた。その為に解り易く纏めてはあるものの、全体を網羅した詳細な会計書類を用意もしたし、民間投資の話も振ってみたのである。ところが彼はその内容を簡単に理解し、融資拡大の危険性も指摘した。


 どうやら彼の英雄は彼女の予想の遥か上を行く人物だとイーラは理解したのだった。

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