ルドウ基金(2)
カイの見識を掴みつつあるイーラは少し詰めた話をし始めた。
「先のお話ですが、王国の事業に融資するほどの基金枠を確保するとなると、少々時間が掛かってしまいそうです。そうそう都合の良い軽い事業が有りますでしょうか?」
「うん。それなんだけど、イーラ女史にはもう少し頑張っていただかないといけないんですよ」
「資金管理はともかく、経営などは勉強の足りないところなのですが?」
「やる事はそんなに変わりない筈です。ルドウ基金でこれの権利も管理してもらいます」
そう言うとカイはイーラの前に
「何なのでしょう?」
「これは僕が『反転リング』と呼んでいる物です」
そう言って立ち上がったカイは、机の脇の広い場所で
「『倉庫』を再現する魔法具なんです」
「そんな物は聞いた事も無いんですけど?」
「それはそうでしょう。僕の発明品なので」
「はい?」
突飛な事に目を丸くする。
「僕が考案した記述魔法を用いた魔法具なので世間にはまだ出回っていません。ですが、この通り、『倉庫持ち』の能力を再現出来るのです。これを販売するのですが、製造販売のほうは伝手を頼ってやってもらいますけど、権利のほうはルドウ基金に譲渡するので入ってくる権利金の管理もしてください」
「いえ、その……。これ、とてつもない発明品なのではありませんか?」
使用法を説明されて、彼女自身が布袋を
「はい。これがみだりに大量に市場に出回ると流通革命が起こってしまいます。なので価格の設定をかなり高価にします。販売数も絞りますが、相当な額の利益が上がると思ってください」
「複製も不可能にしてありますから独占販売になります」
元の反転記述刻印は汎用性の高いものだった。それをアレンジして、記述化した『倉庫』魔法と対でしか機能しないようにしてある。製造段階で使用される『倉庫』魔法記述は、製品には刻印されていないので反転魔法記述だけ有っても複製出来ない仕組みだ。
「そんな事まで……」
「この程度で驚いていちゃ身が持たないわよ? この人はビックリ箱みたいに何が出てくるか解らないんだから」
「……善処します」
この反転リングが徐々に出回るようになってくれば、『倉庫持ち』能力者は職を失うかもしれない。しかし視点を変えれば『倉庫持ち』能力者が歩く倉庫扱いされない時代がやって来るとカイは思っている。その時、『倉庫持ち』達は頭を使って新たな道を切り拓いていくだろう。それがまた社会に大きな影響を及ぼし、成長する力になると彼は信じている。
「おそらく、これでルドウ基金は王国の事業にも融資出来るようになる筈です。イーラ女史には今とは比較にならない額の管理をお願いしたいんです。実務のかなりの部分の裁量もお任せしたいと考えています」
「私には荷が重いかもしれませんが」
悩まし気に眉根を揉みつつ彼女が答える。
「もちろんいつでも相談は受けますし、重要な判断はこちらに投げてくれて構いません。でも、貴女なら出来ると信じています」
「ご期待に沿えるよう努力させていただきます」
「では少し詰めた話をしましょうか?」
この後、カイはイーラとお互いの領分の振り分けを相談し、当面必要な書類の決裁を終えるのだった。
◇ ◇ ◇
御前会議中だったグラウドは遠話器の着信を認めて応答する。
【カイです。今構いませんか?】
「ああ、しばらく空きそうだ。聞こう。少し待て」
論功行賞で新しく騎士爵を賜る騎士に対して、王国直轄領から分与するか俸給にするか財務卿と軍務卿、国土管理も担当する国務卿とで喧々諤々とやっている。あまりに紛糾するようなら仲裁しなければならないだろうが今のところはそれほどでもない。
アルバートに、カイからの着信であると告げて許可を得ると通話を続ける。
「どうした?」
【ルドウ基金の事です】
「……何か問題か?」
【誰の差し金かはここで言及するのは止めておきますし、なぜ一言も無かったのかも置いておきます。運営に関しては侯爵様が思っている以上に健全だと言っておきましょう】
鋭い切り込みに思わず怯んで腰の引けるグラウド。
「そ、それは良かった。気掛かりではあったからな」
【それはもちろんお忙しい侯爵様の事ですから後回しになっていたとしても不思議ではありません。その為にあれほど優秀な人材を配置してくださったと信じています】
女性を置いておけばカイもきつい事は言うまいという思惑も見抜かれていたかと冷や汗が止まらない。
【それで当面の話なんですけど、王国の補助金と利益提供金に関しては停止していただいても構いません。基金の枠としては既に安定基調になっています】
「いや、それは困るぞ。待て」
言葉だけを捉えればルドウ基金が王国傘下から抜け出そうとしているように聞こえて、待ったをかける。
「陛下、カイがルドウ基金を独立させようとしています。止めませんと」
「うむ、それはいかん。止めさせよ」
「カイ、補助金も提供金も停止はしない。託児孤児院の事業はホルツレインが福祉国家である事を象徴する目玉だと考えている。その運営機関が王国傘下でないのは非常によろしくない」
【公益性が高いのは理解しています。その意図するところにも賛同出来ます。しかし収益の上がっている組織に国費が投入されるのは問題ありませんか? 託児孤児院事業の拡大は人員的に厳しいので】
カイはイーラと話し合った内容のうち、会計処理を担当している者に政務官の卵と言える人員が入っているのに注目した。能力は低くないのだが、人員的には慢性的に不足気味になっている。
【施設職員は現地雇用が可能だとしても、出納管理の出来る人材確保が困難です。今の状態でホルムトの外に目を向けるのは無理でしょう。必要以上の補助は癒着や隠し資金だと勘繰られ兼ねませんよ?】
「人員は回そう。正直な話、教育の為に放り込んである側面も有る。クラッパスのお嬢さんに任せれば鍛えてもらえるだろう」
政務官の教育には時間が掛かる。グラウドは、いきなり新人に公金に触れさせるのを嫌ってルドウ基金を修行の場に利用していたのだ。
【これ以上、イーラ女史に負担を掛けるのは心苦しいのですが、彼女の下も育ちつつあるようです。教育もさせれば成長も早いかもしれません】
「それで頼む。すまんな。気遣いさせて」
【ここは持ちつ持たれつで。では主要都市から目を向けていこうと思います。現地調査は商人のコネクションで何とかなるかな? クラッパス商会は大手なのでしょう?】
「ああ、手広くやっている筈だが」
【では、依頼してみます。彼女の働きを鑑みれば、調査費分くらいは儲けていただきましょう】
商人なら信用の置ける現地エージェントにも伝手が有るだろう。
「解った。……陛下からも口添えいただけるそうだ。だが、それだけ規模を拡大するとなると資金が足りなくなるのではないか?」
【発明品の権利を一つ、基金に譲渡します。とてつもなく儲かりそうなやつを】
「な! お前、ルドウ基金をどれだけ巨額基金にするつもりだ?」
【現在、本当に孤児院が必要なのは新領なのです。そこへ一気に手を伸ばしたいんです】
「それを考えていたのか。支援も急がせるが、行き届かんところも多いだろうからな。うむ、では共同事業として新領への孤児院設置を議題に上げてみよう」
【ありがとうございます。その代りと言ってはなんですが、収入が安定したら王国事業への融資も視野に入れていますので協力しますよ】
「本当か。それは助かる。近いうちに詰めた話もしよう。陛下との謁見の調整もやっている。少し急がせよう」
【了解致しました】
こうしてルドウ基金の方向性も定まりつつあるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます