向き合うもの
(倒さねば倒れるのは自分。父も母も良く口にしていた生あるものの法則)
確かに熊系獣人女性モリオンの父母が彼女に教えてくれたのは自然界での理だった。
当然、主に魔獣を指して言っていたのだろうが、命を賭ける場面ではいつもそう在るべきだと説いていたと思う。それとは別に、いくら腕を高めようが面白半分に命を奪ってはならないとも教わった。
今の自分は、獣人
依頼達成の為に、仲間の命を守る為に、様々な場面でモリオンは剣を手にする。そのうちに父母に胸を張っていられる場面がどれだけあるか迷いは捨てられなかった。
鋭い剣閃を刻む彼女の大剣は容易に相手の戦闘意欲を削いでいく。魔闘拳士の無理を咎める言動が耳から離れない。
今は仲間を助ける為に躊躇いもなく剣が振れる。それが上手くいっているのはこれまで自分を磨き上げてきた成果であり、それを実行に移せる
また青年の冷徹な瞳に射すくめられた相手が命を散らす。敵に等しく振り撒かれる死が自分達の命を繋いでいる。あまりに残酷なその行いが彼女を生かしている。
彼はその爪に明確な正義を宿しているのだろうか? それとも、血に酔っているただの破壊者なのだろうか? 青年の漆黒の瞳からそれを読み取る事は出来ない。ただ、そこに迷いは全く無いように思えて少し悔しかった。
「もうひと息です。そんなに時間は掛かりません」
隣に回り込んだカイの足刀が
「持ち堪えれば僕達の勝ちです」
「見えている? ああ、なるほど」
口角を吊り上げた青年の顔から、正面に広く視野を取ると戦団が本陣に接触するところだった。
「よく頑張りました。僕達は十分に役目を果たしましたよ」
「まだ終わってない!」
「ここから取り戻せる手はありません。詰みです」
カイが両腕を掲げると武骨なガントレットの前面が張り出す。前に差し出し射出音を奏でると領兵は吹き飛ばされる。そのまま暁光立志団の戦列の前を駆け抜けると、大軍を一時的に退ける。
「停戦! 総員戦闘停止!」
拡声魔法を使用した魔闘拳士の声が戦場を支配する。
彼方の本陣では、停戦旗が大きく打ち振るわれていた。
◇ ◇ ◇
参謀を務めていたという男の了承を得て、デュクセラ辺境伯オルダーンの遺体は一時預かりとする。これから獣人戦団はは戦死者負傷者を収容しつつ、速やかに戦場から後退する。
戦い疲れてへたり込む中陣の兵士達を横目に主戦場だった場所まで戻ると、非戦闘員待機場所付近から一斉に飛び出してくる部隊がある。これは編成したばかりの衛生部隊だ。
何とか十分な数の
回復役と介護役を合わせた彼女らは戦闘無用の青旗を立てた
衛生部隊は暁光立志団のところにも駆け付け、傷だらけの彼らも回復していた。そこへ通り掛かった青髪の美貌は問い掛ける。
「彼は?」
疲労の極にあるのか、団員の女は力無く右のほうを指差す。そこには紫の騎鳥で駆け回り、負傷で動けないセネル鳥を回復している黒髪の青年の姿がある。彼は極力騎鳥達も助け、人とは別に遺体も収容して還しの儀式を行っていた。
衛生部隊にそこまで要求は出来ないが、彼は人と区別して扱わない。そんなカイにセネル鳥達は絶対服従の姿勢を見せていた。
「ボロボロじゃない。帰れる? ここも領軍に明け渡さないと、戦場処理が出来ないのよ」
ゆるゆると立ち上がる。彼らの騎鳥も渋々といった体でもう一度戦場跡に出てきていた。
「帰投する」
「わたし、絶対に魂の海に還れない身体になっちゃった……」
「嫌な感触がまだこびり付いていやがる」
ゼッツァーの号令にも反応が鈍い。
(がっかりだわ。こんなに心の弱い連中が正義を標榜しているわけ?)
これで何を成せるか疑問しかない。
彼らが向き合っているのは自分の道徳心だけである。
自分が戦っていた意味や、相手が戦っていた意味。誰の為に剣を取ったのか、それで何が得られるのか、何もかもが分からなくなっている。
もしかしたらポイントを得られるか分からないこの戦いには何も見出せずに、ただ身を削っているだけの意識しかないと感じているのかもしれない。
「とりあえず立ち上がって動きなさい」
苦い思いを噛み潰して行動を促す。
「情けないところを見せて申し訳ありません」
「それは別にいいわ。でも、団員達は後悔しているみたいよ。何なら冒険者ギルドに出入り出来るようにしてあげるから、もう諦めれば?」
彼らが身動き出来なくなっている要因の一つの解消を申し出る。
「そんな事が可能なのですか?」
「出頭命令を取り消すくらいは訳ないわ」
彼女の言葉に希望を見出して見交わす団員。
「戻ったら話し合いなさい。あの人が戦場の現実をしっかりと教えてくれたでしょ?」
彼らの足取りも多少は軽くなったようだった。
◇ ◇ ◇
その
それと同時に和平条件の交渉を申し入れてきたが、魔闘拳士は当初の主張通り、領内の通過以外の条件は付けなかった。
(本気だったのか。妨害しなければ戦う気など毛頭なかったと?)
不信感は拭えない。それにしては支援体制や装備が整い過ぎていると感じてしまう。ゼッツァーには戦う意図があったとしか思えない。
「何の準備も無しに帝国内を移動は出来ないのよ」
疑問が顔に表れていたか、神使のお方が説明してくれる。
魔闘拳士自身が虎威皇帝に敵認定をされているのも有るし、獣人が集団で移動していれば危険視もされる。その危険が予測される状況へ、あの男が備えもしないで飛び込む訳がないと笑う。
「彼は準備魔なのよ。色んな手札を仕込んでおかないと気が済まない人なの」
麗人は本当に愉快そうに魔闘拳士の
戦いを避けるのは簡単だが、追撃を受けつつ敵中深くに侵入するのは自殺行為以外の何物でもない。障害を排除しつつ進路を確保しなければ、最低限の安全も担保出来ないと彼女も考えているという。
「お聞きいただきたい。なぜ貴女ほどのお方があんな危険な男をお傍に置くのです? 彼は人の命を何とも思っていませんよ?」
ゼッツァーは覚悟を決めて問い掛ける。
この諫言は彼女を怒らせてしまうだろうと思っていた。
どう見てもこの神使のお方は魔闘拳士との付き合いが相当長いと感じさせる。信頼度ではとても勝負にはならないほどだと思える。
それでも彼は言わずにいられなかった。長期に渡りこんな危険な男と接していると感覚が麻痺しているのかもしれないと考えたからだ。誰かが目を覚ませないといけない。不興を買ってでも言葉を届けないと始まらない。
「そうね。常識に照らし合わせれば、あの人の殺人禁忌は薄い」
ところが容易に肯定された。
「でも、人の命を軽視しているのではなくてよ」
「私には分かりません」
「話してみないと分からないでしょうね? いらっしゃい」
ゼッツァーは手招きされた。
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