焼き尽くす正義
「僕が殺し過ぎるとおっしゃりたいのですね?」
団長ゼッツァーが団員とともに魔闘拳士のところに行くと、お茶が振る舞われ座るように促される。
まずは一拍置こうとひと口啜ったお茶は、東方でもそれなりに高価な
「君の存在は、神使の一族の名を汚すのではないかと危惧せざるを得ない」
名品に奪われそうになる心を何とか繋ぎ留めて主張を告げた。
「それは裏返しでもありますよ? 貴殿はそのブラックメダルを得るのに、どれだけの魔獣の命を奪ったのですか?」
「それは……」
暁光立志団でも団長であるゼッツァーはブラックメダルに達している。他は全員がハイスレイヤーであり、シルバーメダルだった。ブラックメダルも夢物語ではないという者も数名いる。魔獣狩りを本業とする彼らが、屠ってきた数を問われると答えようもない。
「またそれか! だから魔獣と人間を一緒にすんじゃねえ!」
口汚く罵る声が響き、賛同するように頷く顔もある。
「命に多寡を認めるのが正しいとおっしゃる?」
「魔獣は人を襲うから駆除しなきゃなんねえだろ!」
「人も人を殺します。元より魔獣より多岐に及ぶ理由で。まさかそんなのはあり得ないとまで言わないでしょう?」
言葉を継ごうという意思は見せるが、残念ながら紡がれなかったようだ。
「人に仇為すからですか? 僕も人の立場にいるので、危険な魔獣は屠ります。同様に人に危険な人も屠ります。それだけです」
「それは詭弁だ。同じ生物としての立場で語るなら、どんな生物だって天敵とは戦う。しかし、同種で命に関わるほど争うのは稀だ。相応の理由がある。人とて人を殺すには相応の理由があるはずだ。君にはそれが感じられない」
ゼッツァーは切り口を変える。ただ主張を押し付けようとするのではなく、相手の陣地にも上がらねば説得など無理だと思ったからだ。
彼の切り替えは理路が立っており、反論が難しいと感じて拍手する団員も出てくる。
「そう来ますか?」
魔闘拳士は揺るぎない姿勢をとる。
「では、こう言ったほうが貴殿らは腑に落ちるでしょうか?」
黒髪の青年はゆっくりと味わうように茶器を傾けると、頭の上から薄茶色の小動物を持ち上げて膝の上に下ろす。優しい手つきで撫でるとその獣は丸くなって目を瞑った。
「貴殿は天敵という形で、種の節理として命の多寡があると考える。冒険者ポイントの為には
獣を見る目には愛しげな色がある。
「僕はどんな場面でも命の多寡を認めない。相手が魔獣でも友好なら屠ってはならないと考える。どんな命も等価であり、自分の正義の為なら奪うのも厭わない。理念を除けば、この二つの行為にどれだけの差があるとお考えでしょうか?」
「君が正義を語るな!」
ゼッツァーは激発する。彼には目の前の男が戦闘狂にしか見えていない。
「正義とは尊ぶべきものだ! その口で語ってはならない!」
「いえ、正義とは主観です。一様な概念として語るのは間違っています」
「神使の一族の高潔なる行いを愚弄するか!? 許されんぞ!」
人類の敵とまで言いたかったが、青年の隣に腰掛ける美貌が険しくなってきたので抑える。
「はい、彼らの行いは高潔と言っていいでしょう。でも、方々の苦悩を貴殿は知らない」
「くっ!」
屈辱に浮きかける腰を、仲間の手が阻んだ。
「怒ってはダメだ、団長。常に正義であれと唱える団長が、話し合いを放棄して暴力に訴えるのはおかしい」
熊系獣人モリオンの瞳には悲しみの光が湛えられている。
「魔闘拳士の肩を持つ……! いや、失言だ。取り消す。すまん」
「団長なら解り合えなくても歩み寄れると信じているから」
ゼッツァーは冷静さを取り戻そうと茶器をあおって飲み干す。お茶と一緒に激情が身体の奥に沈んでいった。
「では、こう問おう。我らが冒険者ポイントの為に魔獣を屠るのは認めよう。それを恥ずべきだとは思わない」
揺るぎない姿勢を示すように、視線を逸らさず告げる。
「兵士を屠るのが君の正義だと言う。それを正義だと主張するのならば、彼らには罪が無くてはならない。任務として戦闘に従事する兵士に罪があると主張するのかね?」
「異な事を。先ほどは人を殺める僕を悪し様に罵ろうとしたではありませんか? 人を殺める技術を持ち、それを命令一つで遂行するのを務めとする兵士には罪は無いと貴殿は言うのですか? それは矛盾していますよ」
彼の論調に合わせた疑問で応じ、青年は腕を組んで首を傾げる。
「命令だから責任はないとでも? それでは奴隷です。彼らもそこに罪の意識を感じながらも勤めとしていると思いますよ?」
「…………」
「まあ、それを論じると切りが無いのでここでは止しておきましょう」
反論すべき点はあるが言葉を纏める前に止められた。
「僕は『獣人侯爵の叛乱』にも関与しています」
黒髪の青年の口からそれが起こった経緯について説明が為された。国内情勢の変化や、帝室の意図が大きな原因であったと聞かされる。
「あの時、デュクセラ子爵軍の援軍には色違いの領旗が混じっているのを確認しています。それは昼間に対峙していた軍勢が掲げていたそれです。彼らは獣人が抑圧される原因となった帝室の策動にも関わっています。命令とは言え、それを
具体的な罪を提示されて、ゼッツァーは僅かに沈思する。
「分かった。彼らにも罪があったと認めよう。だが、それは殺めるに値する罪かね? 命の多寡を認めないように、罪の多寡も君は認めないのか?」
「無抵抗の人を罪が有るからと殺めたりはいたしません。ですが、僕の正義を阻もうとし、罪が認められるなら我が爪に掛けるのを厭いません」
「それは、罪が認められるなら殺めても構わないと言っているように聞こえるぞ?」
暴論を見出し、冒険者グループの長は追及の姿勢を取る。
「君は、父が罪を犯してもその手に掛けるのか?」
「それが父ならなおさら僕が殺めなくてはならないでしょう」
怖ろしくも、事も無げに青年は認める。
「でも、もし僕が罪を犯したと判断したと知れば、きっと殺されに来ます。父はそんな人です」
「く……」
あまりの発言に息が詰まった。
「狂っているぞ、君は!」
「ええ、僕は心の奥底をたった一本だけ貫いている、『自分の正義』という狂気に侵されたまま生きています」
◇ ◇ ◇
「驚いた?」
我慢ならずに席を立ったゼッツァーは野営地の端のほうで一人で座っている。今は仲間も遠慮してくれていた。
魔闘拳士は自分になぞらえて語ったが、彼の言う『自分の正義』がゼッツァーの中にある正義と変わらないのではないかと問い掛けてきたようにも聞こえた。
それが完全に否定出来ない自分がもどかしく、歯噛みしていると青髪の美貌がやってきた。
「例えようもなく苛烈な正義でしょう? 私も最初は驚いたもの」
チャムは隣に腰掛けながら言う。
「でも、彼はどこまでも揺るぎないわ。誰がどう思おうと歪みなく貫いている」
同様の事は少なからずあったのだと分かる。
「彼は劇薬よ。正義の象徴だと言われる私達ゼプルが、魔の眷属撲滅にかまけて人族社会に興味を示さなかった間に、大陸の人々が内に抱えてしまった歪みを正すためにはあれくらい強烈な劇薬が必要だと思っているの」
彼女の中には後悔の念があるようだと感じる。
「解ってとは言わない。ただ、私はそう思っているのよ」
麗人はそう告げると立ち去っていってしまった。
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