北部の路
さすがに密林近辺を旅する訳にはいかないので距離を取って
どの郷も忙しなく周囲の開墾を進めているのが確認できる。郷の普通の形という常識が、今のデデンテ郷の形に書き換わるのにそう時間は掛かりそうにない。
何かのきっかけで大きな変革が起こるのは歴史を紐解けば枚挙に暇が無いが、実際に間近で見ると感慨深いものがある。レレムには特に利点ばかりを語ってしまったが、現実には様々な問題が発生するだろう。
主に文化が変化してしまうのがカイには懸念されるが、それでも生活の変化が獣人達の人柄まで変えてしまう事は無いと信じたい。
◇ ◇ ◇
西方南部の川は支流が多くそれほど大河は見られない。
しかし北部では大河が多いように感じる。雨の多いこの地方の事だ。それは仕方ないとは思うのだが、渡河の事を考えれば不便であるのは間違いない。
泳いで渡るなど、水棲魔獣を恐れぬ行為は無謀に過ぎるし、獣人達に橋の建設は高望みだろう。
ところが北部大河には立派な橋が架かっている。それも木製でなく、土魔法で作ってある上に何らかの維持を目的とした魔法まで掛かっている。
フィノ曰く、これが何と遺跡なのだそうだ。過去に高度な魔法文明が存在し、彼らが各地にこういった遺跡を残している。それがこの橋のような物ならば疑問の余地はない。単に不便だから架けたのだろう。しかし、使途不明の遺跡も少なからず有ると言う。更にはこの橋の維持魔法の様に現在までも解明されていない魔法まで使われていたりするのだ。
これらは魔法研究者の研究材料になっているが、冒険者ギルドが使用している魔法記述書換装置のように再現されている物は少ない。だからこそ研究者達は切磋琢磨の
とある川のほとりに着いた時に女性陣が水浴びを所望してきた。見える範囲に、丁度いい木立に隠されている河岸があった所為だ。
北部は気温が高い上に、
「はいはい、見張りの出番ですよね」
チャムにじーっと見られれば、いつもの任に就かねばならない。
「悪いですよ、チャムさん」
「良いのよ、どうせ頭の中で色んな妄想が繰り広げられてるんだから」
否定できないカイ。
「あの…、覗かないでくださいね」
「大丈夫、大丈夫。口では何と言ったって、決定的に嫌われるような事は絶対に出来ない人だから」
否定できないカイ。
「そんな言い方したら逆に煽ったりしているふうになりませんか?」
「それでも覗かないって言ったら覗かないわ、彼は。良いのよ、普通にしてれば。私達のキャッキャウフフ的な声とか、水音とかも御馳走だと思ってるんでしょうから」
否定できないカイ。
実際に覗いたとしてもチャムに本当に嫌われたりはしないだろうとは思っている。こんな会話も儀式みたいなものだと分かっていて、それを楽しんでいるだけだ。
彼女らがついでに
「行きましょ。護衛はよろしくね、ブルー」
「キュイ!」
「羨ましいよ、パープル…」
「キュ、キュウゥ…」
恨みがましい目で見送られるパープルは気が気でない。
「ゆっくりで良いからね。この後は作業して、ここで夜営しようかと思ってるから」
「解ったわ!」
軽口の遣り取りの後で一言付け加えておく。
◇ ◇ ◇
男性陣も河岸に追いやられて強制的に水浴びさせられた後に作業時間に入る。
まずはチャムとトゥリオの剣の刃付けだ。売らないでおいた
あれからこの金属鎧片の分析に励んでいたのだが、結局ハッキリとは解らなかった。
一種の合金であるオリハルコンに似た主成分に、未だカイが触れた事の無い希少金属が混ざっているように感じる。しかし、その程度では合成が難しく、素材も入手出来ない。どうやら今有る分だけで上手に使い回すしかないらしいという事は解った。
作業台にまずトゥリオの剣を横たえる。重さは大きく変えたくないので、今付けているオリハルコンの刃を一部取り去るところから始めなくてはならない。ベース素材と融合させているので全ては削れないが、融合していない部分をざっくりと取り去った。
次に鎧片を薄く長く引き伸ばして刃筋に被せていく。変形・変性魔法の併用で融合させると、刃付けをする。これでトゥリオの剣は刃はベースの剣状尾部素材にオリハルコン、鎧片素材の三重構造になった。この為に意識して全部取り去らなかったのである。
トゥリオに振った感じを聞いてみると感覚的には変化は無いらしい。だが、軽く振っただけで、いとも簡単に立木が両断されたところを見ると、斬れ味は増しているはずだ。
続けてチャムの剣にも同じ加工を施し、こちらはミスリルベースの三重構造になる。同じく振りは変わらないらしいが、ちぎって放った葉っぱを真っ二つにするという離れ業をやって見せてくれる。引き斬るのではなく、押し斬る使い方が基本の諸刃剣でこれをやるのだから、生半可なものではない。
そして、女の子が斬れ味の増した剣に、目をキラキラさせながら喜ばないで欲しい。
当面は剣の強化だけで済ましておく。
「それで、今日のメインはこれなんだ」
カイは一枚の布を取り出して広げて見せる。そこにはかなり緻密な魔法陣が描かれていた。
「ふわー! 何ですか何ですか、これ!」
「どこかで見たような気がするわね」
フィノが食い付いてきて、チャムは気付いたようだ。
「とある遺跡で発見した魔法陣に手を加えたんだよ」
「ダッタンのあれね」
「そう、元は魔獣寄せの魔法陣」
「ひゃっ!」
ペタペタと触れていたフィノが飛び退く。
「危ないじゃないですか!」
「そのままならね。でもこれは反転させてある。つまり魔獣除けの魔法陣」
「そんな便利な物が有ったんですか。フィノ、知りませんでしたぁ」
「どこにも無いよ。僕が書いたんだから」
驚愕に彼女の顔が染まる。
「そんな…」
「嘘じゃないわよ。彼はこういうアレンジはとんでもなく上手だから」
「でもこれ大発明じゃないですか?」
「ダッタン遺跡は大規模な調査が入っているから、もう同じ物が発明されていても変ではないかもよ」
「はぁー、そうですか…」
大発明のお披露目の瞬間に立ち会いたかったらしい。
「新発明なら大儲けですよぉ?」
「もう、そういうのたくさん持っているのよ。この人、冒険者としてではなく、こっちでばかり稼いでるんだから。お金に困らないからポイント稼ぎに懸命にならないのよ」
「そいつぁ、困ったもんだな」
「どこぞの放蕩息子と違って、自分で稼いでいるだけマシだけど」
「そうですね…」
急な飛び火に慄くトゥリオ。
「いや、俺だって自分で稼いでるから!」
カイのお金の出所を知って、自分が預かっているお金が彼にとって大金でもないと解ってホッとするフィノ。
「ですよねー。あの反転リングだって、売り出したらどれだけ大金持ちになれるか、フィノは想像も出来ませんもん」
「だから良いのよ。あのお金は自由に使って。私はカイに食べさせてもらっても心は痛まないもの」
「えー、チャムさん、それは悪女っぽいですぅ」
「それだけの貢献はしてるってだけ。でも悪女ってのも悪くないわね」
「変な扉を開けようとしないでね、フィノ」
軽口の応酬で、場が笑いに満ちる。
「でもねー、この魔法陣、使えないんだ。だってリドもセネル鳥達も魔獣でしょ?」
「「「あ!」」」
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