エピローグ2
座
何かに引き寄せられるように漂っている。確かな意識も記憶もないが、どこへ行けばいいかは解っていた。
なのに、どうしても気になってしまう光がある。矢も楯もたまらずそこへ向かってしまう。流れから逸れていると知っていながら。
ぼやけて光のように見えていたものがはっきりと見えるようになってきた。そして彼女は何もかもを思い出す。
「ああっ!」
なぜ引き寄せられたのかなど考えるまでもない。雲なのか布なのかよく分からない座の上に、出会ったばかりの少年にしか見えなかった頃の姿の彼が片膝を立てて座っていたのだ。
「ここへきては駄目だよ。君はあそこに行くんだ」
彼は、彼方に見える虹色の水面を差す。
「どうして? 私はここに居ては駄目?」
「君はあそこに行ってもいいんだ。あそこに行けば、そのままではないけど生を得られる。誰かの一部として生きられるんだよ?」
「嫌よ。あなたの傍が良いの」
毅然として答える。
「ここはつまらないよ。ただ眺めているだけなんだ。楽しむ事も喜ぶ事も出来ない」
「あなたと居る事が喜びだって解って」
「……僕だって寂しいさ。でも、君が誰かになって新しい生を謳歌するのを眺められればそれで十分だと思っていたのに」
内心の葛藤を表すように眉根が歪む。
「だったらそれは私でなくても良いんじゃない? 皆あそこに還って行ったのでしょう?」
「それを言われると返す言葉もないね」
いつもの苦笑が帰ってくる。
「降参だ。おいで」
その座の上まで行くと、彼女は元の姿に戻っているのに気付いた。彼の横に降り立つと、慣れた手つきで腕を取ってしなだれかかる。
「ほら、これが一番でしょ?」
悪戯っぽい笑みを送るとちょっと困った顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑顔が戻ってくる。
「永遠は大変だよ」
「私達みたいな存在には馴染みのあるものよ」
見回せば神々も思い思いに座して見守っている。
虹色の水面の向こうには丸い物体が浮くでも沈むでもなく漂っているかのように見える。球体の表面には模様があり、そこが陸地であって人々が暮らしているのが認識できた。
「これはなぜ?」
不思議に思った彼女が問う。
「ここは空間の狭間だね。多次元が重なって視えているから大きさも何もない。感じるままに視えているのさ」
「そうなの? あ……」
親しい何かを感じて目を凝らせば、棒切れを持って走り回っている大柄な男の子と競い合うように走る男の子。そして、大きな背中の後を楽しそうに付いていく女の子が感じられる。草むらの中を歩く小動物や、地を駆ける鳥の姿も。
「なんだ、楽しいじゃない」
話が違うと腕をつねる。
「だってさ、見ていたら自分もあそこに戻りたいと思わないかい?」
「お馬鹿さん。あなたと二人で眺めていられるのだから楽しいの」
「うん、僕も君が来てくれて嬉しい」
肩に頭をもたせ掛ける。彼は頬を寄せてきた。
「じゃあ、このままで」
二人はずっとずっと見続ける。
溶け合って一つになる時まで。
魔闘拳士 八波草三郎 @digimal
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