魔闘拳士の証明(1)

 夜になってチャムが続きになっているカイの部屋を覗くと、彼はもう戻っていた。


「あ、お帰り、チャム。暴れ馬の面倒、お疲れさまでした」

「ほんとにもう冗談じゃないわ。あいつ、お兄さんの居る部屋の前から梃子でも動かないんだから。さすがに付き合いきれなくなって帰ってきたわ」

「暴れないんだったらそのままでいいんじゃない」

 そろそろ体力的にも暴れるのは無理だろう。

「あなたの脅しが効いたんでしょ?」

「酷いなぁ。脅してないよ。注意しただけ」

「あれを脅しと思わないくらい肝の座った人がいるなら会ってみたいわ」

 カイは冤罪を主張するが、チャム裁判長は有罪を宣告する。

「あなたはどうしてたの?」

「昼間は奥城をウロウロしてたよ。夕方、ちょっと街まで買い物に行ったけど」

「私もそっちが良かったわ」


 チャムはカイの淹れてくれたお茶を飲みながら笑うのだった。


   ◇      ◇      ◇


 翌朝、チャムはカイに連れられて奥城に向かう。

 一階の奥まった場所にあるメイド控え部屋に着いた頃には、彼が何を考えているのか解らなくなった。


「ヘイティさん、約束通り付き合っていただけます?」

「いいわよ、メイド長の許可出たから。でもなんであんなに簡単に出たんだろ?」

「僕がある方にお願いしておきましたから」

 含みのある青年の笑みに、それ以上の追及は無用だと思った。

 彼女とて王城に勤める者の心得はある。


「まあ、いいわ。一緒に行けばいいの?」

「はい」

 同行者のチャムを見た時は息を飲んだヘイティだったが、すぐに気を取り直して着いてくる。

「もしかして昨陽きのう、この人に付き合ってたの?」


(げ!もしかして彼女?ヤバい?浮気相手だと思われてる?)

 そんな考えが頭をよぎったが、次の彼女の台詞で安心した。


「変な人でしょう、この人。大変だったんじゃない?」

「いえ、そんなに大したことは…」


 実は少し大変だった。

 奥城の部屋の配置や階毎の役割、部屋の整備状況、メイドの担当配置、男性使用人の担当配置とかを訊かれた後、一階二階と連れ回されて何くれとなく訊かれた。

 それらにどんな意味があるのかはさっぱり解らなかったが。


 それから向かった部屋に政務卿、内務卿といった錚々たる顔ぶれが揃っていたのには少なからず驚かされたが、一番の驚きはその後にやって来た。


「どうなされたか? 魔闘拳士殿」

「はい ── !?」

 内務卿の呼びかけはヘイティが全く予想だにしなかったものだ。

「ちょ! 嘘! カイさん?」

「やっぱりね。この人がそうなのよ。ごめんね」

 謝られてどうこうといった話ではない。

「あの…、本当に?」

「うん。でもカイでいいですからね、ヘイティさん」

「無理です!」

 彼は一つ溜息を吐いて諦めたようだった。


 その後もカイは爆弾を落として行く。

「じゃあ皆さん、この事件の犯人の所へ向かいましょうか?」

「…それはどういう意味かな?」

「ですから殺人事件の犯人の所へ行きません?」

 話の通じなさに皆が戸惑う。

 それもその筈、アリバイが実証されて解放されたグライアルを中心にして、タルセイアスの今後の扱いに関して協議中だったのだ。


「済まんが今は息子の今後を話し合わねばならん。後で構わんかね?」

「タルセイアスさんは犯人じゃありませんよ。これから向かうのは真犯人の所です」

「何だと!?」

「ここで論じても仕方ないんで、向こうで本人を交えて話しませんか? ああ、トゥリオも拾っていかなければ」


 道すがら出会った男性使用人にも頼み事をし、カイが皆を先導した先に有ったのは軍務大臣執務室だった。

 ノックをして入った先には、巨大な執務机についた四角い武張った顔をした壮年の貴族が居る。


「何事かね、これは」

「おはようございます、軍務卿閣下」

 見知ったと言うほどではないが、王との謁見の時に顔を合わせている。


 フリギア王国の軍務大臣はドロタフ・マーキントン侯爵。

 元は伯爵だったが長年の軍務経験が評価され、侯爵に取り上げられて軍務大臣に就いた叩き上げである。今は書類仕事が主とはいえ、それを感じさせない猛々しい雰囲気と巨躯の持ち主だ。


「あなたが説明してくれるのか、魔闘拳士殿」

「ええ、主に僕が」

「聞こう」

「あなたは一昨陽おとついの晩もここで執務されていましたよね?」

「その通りだが」

 その事はメイドや使用人に確認して裏を取ってある。

「では、ミランダというあの女性を殺したのは貴方ですね?」

「何の事だか解らないが、例の殺人事件の事だな。彼女はそこの内務卿の御子息の部屋で見つかったではないか。では犯人は言わずもがなだと思うがな」

 後ろでトゥリオが騒ぎ出し、父親に窘められている。


「死体なんて幾らでも運べるでしょう? ましてやそれが軽い女性のものなら、普通の男性にはそれほど難事ではない。それならタルセイアスさんだって殺人を犯した後にわざわざ自分の部屋に死体を隠したりせず、別の場所に遺棄したくなるのが心理ではないですか?」

 カイの言う事はもっともだが、それを言い出すと誰でも犯行に及んだ後にタルセイアスの部屋に遺棄できる事になる。

「彼にはそんな時間も心の余裕もなかったのではないかね?」

「では、もう一つ。内務大臣補佐政務官の部屋の清掃の指示を出したのはどなたでしょう? 補佐政務官とはいえ執務室には機密書類も多かったんじゃないかと思うんです。そこが僕には解らなくて」

「知らんな、そのような事」


「ヘイティ、執務室の主が居ない時に清掃に入る事が有る?」

 振り返った青年は同道した王城メイドに尋ねる。

「は、はい、魔闘拳士様。それはまずあり得ません。おっしゃる通り機密に関わる部分があるので、メイド長が厳に戒めています」

「例外は?」

「ご本人による要請と、重臣方ほどの高位の方の指示であれば」

「なるほど。本人に訊いてみましょう。そこの方」

 部屋の外から中を窺っていた男性使用人に声を掛ける。


「あなたがクリードさんですね?」

「…はい、何か御用でしょうか?」

 使用人クリードは既に汗びっしょりだ。完全に動揺を隠せないでいる。

当陽当日の夜のこの階の担当は貴方だった筈ですけど、間違いありませんか?」

「そうです…」

「そして死体発見者のコルネリアスさんに部屋の清掃を指示したのも貴方ですね」

「……」

 沈黙はを意味する。

「重臣の方の指示として伝えたそうですが、それはどなたですか?」

「…言えません」

「そうですか。されてしまうのを懸念しているのですね?」

 カイは呆れ顔で肩を竦める。


「ご本人も認めない。周りの証言も得られない。どうしたものでしょう?」

「それは貴殿が的外れな事をしているからではないのかね?」

 ドロタフが自信あり気に問い掛けてくる。

「でも、僕はここで殺人が起こったのを知っているんです」

「それは無理が過ぎるだろう」

「だって、僕にはサーチ魔法が有るんです。その夜、ここで一つの命が消えました」

「本当か、カイ!?」

 彼の魔法の性能を熟知しているトゥリオが勢い込んで言ってくる。

「でも、それは余人に見せる事など出来ませんから、証明になりません」

「マジかよ。くそ!」

 トゥリオはかなり悔しそうだ。一拍置いてカイは続ける。


「ですから視点を変えて証明することにしましょう」

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