奥城殺人事件
夜中に跳ね起きたカイ。
かなり訝し気な顔になる。しばらく考えているふうだったが、諦めた様にまた眠ってしまう。
◇ ◇ ◇
女の腹にはナイフが刺さっていた。
「なん…、で? あたしとあんたは…、協力し合ってたじゃ…、ない。うらぎ…、るの?」
「まだ解らないのか。お前はもう邪魔なんだ。こんな事、続けていける訳が無いだろうが?」
「ひど…、い…。あたし…、は、あんたに…」
女はもう、しゃべる事は無い。
動かなくなった女の両脇に手を差し入れ、男は女の死体を引き摺っていった。
◇ ◇ ◇
その朝、王城の或る部屋で女性の刺殺死体が発見された。
それそのものも一大事なのだが、その女性遺体が貴族令嬢連続誘拐事件の捜査線上に浮かんだ女の遺体であった事。そして、発見されたのが、内務大臣補佐政務官タルセイアス・デクトラントの執務室のクローゼットの中に隠されていたという事実が大きな問題であった。
「あなたがチャムさんですね?」
「ええ、そうだけど。何かしら?」
パリッとした制服に身を包んだその男は王城衛士でも上のほうの人間に見える。
「政務大臣閣下より事情を伺っております。よろしければ面通しをお願いしたいのですが?」
「良いけど、一人じゃなきゃダメ?」
既に腰を浮かしかけていたカイのほうを目で示す。
「いえ、ご希望であればお連れの方の同行も許可いただいております」
「なら良いわ。行きましょうか?」
バルトロが気を遣ってくれたようだ。
チャムが一番分かり易いカイの逆鱗だと解っている。そういう指示が出ているのか、実に丁寧な対応である。
「思い当たる節が一つしかないんだけど、彼女の面通しなの?」
「はい、ご想像の通りかと思われます」
つまり貴族令嬢誘拐事件の囮役の女が捕えられたという事か。
「ただ、ご職業の事を踏まえれば大丈夫かとは思いますが、対象の状態が…」
案内されたのは取調室には見えない。場所も地下室だ。
扉を開けると中には長台が据えられて、上に女性の遺体が横たえられていた。
「そういう事」
「申し訳ございませんが、お願いできますでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ」
前に回り込んで女の顔を確認する。
「絶対の自信を問われると困るけれど、まず間違いないと思うわ」
「ご協力感謝します」
「事情を訊いてもいいかしら? それとも政務卿閣下か内務卿閣下にお願いしたほうが良い?」
ここまで巻き込まれれば経緯が気になる。確保に失敗したのだろうか?
「いえ、この女の死体は清掃に赴いたメイドがタルセイアス内務大臣補佐政務官殿の部屋で発見しました」
「なんですって!?」
「噂に聞いたトゥリオのお兄さんだね」
「ちょっとそれマズくない?」
チャムは青年の肩を掴んで揺する。
「マズいだろうね。その証拠に朝からトゥリオの姿を見ていない」
「全くあいつは! 仲間に相談くらい出来ないの?」
「頭が回らなくなるくらい動転していたのかもしれないよ?」
そこで王城衛士が割り込んできた。
「エントゥリオ様も朝から身柄を拘束されて事情を伺っております。同じく内務大臣閣下も拘束されております」
「最悪だわ」
「困ったね。…一つお伺いしても構いませんか?」
「どうぞ、自分で答えられる事でしたら」
衛士長の権限にも範囲がある。
「これが済んだら僕達は前城に戻らなければいけませんか?それとも関係者として奥城での行動も許されますか?」
「それは自分ではお答えしかねます。続きの間で少々お待ちいただけたら確認してまいりますが?」
「お願いします」
しばらく待たされた二人は奥城での行動許可をもらった。
「どうする? まずトゥリオへの面会許可が下りるかしら?」
「解らないね。そもそもこの事件に関して衛士達がどこまで掴んでいるのかも判断付かないから」
「そうねぇ。とりあえず試すだけ試してみましょう」
しかし、チャムの進言にはあまり意味がなかった。
上に上がった二人とトゥリオが廊下でばったり出会ったからだ。
「トゥリオ!」
「あ、ああ、二人とも来てくれたのか?」
トゥリオの顔は明らかに憔悴している。
昨夜とまるっきり違うのだ。なのに目だけがギラギラと何かの決意をたたえている。
「解放されたのね。事情を聞ける?」
「悪ぃが今はそれどころじゃねえ。兄貴があんな事する訳ぁねえんだ。兄貴に会ってくる」
「それは無理だと思うよ。彼は一番の容疑者でしょ? 家族でも会わせてはくれないんじゃないかな?」
真っ当な捜査手法を思えば、間違いないだろう。
「手前ぇ! 他人事だと思って!」
「トゥリオ! 冷静になりなさい! カイの言ってる事が正しいわ」
「うるせえ! 違うったら違うんだ! 俺が衛士どもに解らせてやる」
トゥリオの興奮は治まらない。それどころか増していっているようだ。
「チャム、このままじゃ彼が暴れてまた捕まっちゃいそうだ。見ていてくれない」
「あなたはどうするの?」
「ちょっと調べてみる」
「解ったわ」
カイは別行動を提案した。
さすがに王城内は危険はないと思ったのだろう。
「トゥリオ。あまりチャムに迷惑かけたり、ましてや怪我をさせるような真似をしたらどうなるか解っているよね?」
「う…、まさか、そんな事しねえよ」
カイから漂う闘気に、興奮状態のトゥリオも怖気を震う。
移動したトゥリオとチャムは、タルセイアスが取り調べを受けていると聞いた部屋の前に到着する。
「おい、兄貴に会わせろ! エントゥリオが来たって中に伝えろ」
「申し訳ございませんが、今ここはどなたもお通しできません」
すぐさま立哨衛士に食って掛かったトゥリオはすげなく断られる。
「ほら、無理だって言ったでしょ?」
「無理なんかじゃねえ! 弟が兄貴に会いに来て何が悪い! さっさと通せ!」
「何があろうが変わりません。お通しできません」
身分差は否めないが、衛士は毅然とした態度で応じる。
「貴様、解って言ってんだろうな? デクトラント公爵家のエントゥリオの言う事が聞けねえってのか!?」
「無茶言うんじゃないわよ! その方もそれが仕事なのよ」
「関係ねえって言ってんだ!」
後ろから止めようとするチャムを振り払おうとする。
「痛っ!」
「あ! す、済まねえ…」
その瞬間トゥリオは冷水を掛けられたような心地になる。さっきのカイの様子が頭をよぎったのだ。
「だから冷静になんなさい。どうやったって今は無理よ」
「くそっ!」
一声吠えてトゥリオは廊下にドカッと座り込んだ。
「兄貴が出てくるまでここで待つ」
「バカねぇ…」
◇ ◇ ◇
「すみません、奥城のメイドさん方の控え部屋ってこちらでよろしいでしょうか?」
「はい! 何か御用でしょうか。…あら、あなたは?」
明らかに貴族にも衛士にも見えない、平服を着た青年の登場に疑問符しかない。
「故あってちょっと調べ物をしているんですが、どなたか手隙の方はいらっしゃいますか?」
「そうね。ヘイティ、あなた早出番だったからもう上がりでしょ? 聞いて差し上げて」
「はーい」
一人のメイドが小走りでやってきた。
「僕はカイって言います。ヘイティさん、お眠いでしょうが、少し付き合っていただいてもいいでしょうか?」
「ええ、いいわよ。何か食べさせてくれるなら」
普段は横柄な相手ばかりの面倒を見る事が多い奥城のメイドは、腰の低い青年につい軽口を利いてしまう。
「ありがとうございます。今はこれくらいしか差し上げられませんが」
「え?」
青年は『倉庫』から取り出したのか、急に手にした箱を差し出してくる。
「あー、冗談だったのに…。でももらうわね。…わ! このクッキーすごく美味しいじゃない!」
「でしょう? 割と高かったんですよ」
クッキーを手にして頭の上の小動物に渡した彼は、ニコニコしながら自分も一つ口にする。
「お茶、淹れるわ。何が聞きたいの?」
ヘイティはお茶を淹れた後、カイと名乗った青年の質問に答えるのだった。
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