祝勝晩餐会(2)

 ベイオルにとっては忘れたくとも忘れられない相手だ。決闘まで仕掛けて軽くあしらわれ、その後しばらくは家長に謹慎を言い渡された。

 その原因となった少年が再び目の前に現れた。


 十五の時を経て自らは老いを感じる歳になってきたというのに、相手はその当時の少年っぽさは抜けているものの青年の若々しさを保っている。その相手が若きの猛々しさを越えて、のっぴきならないほどの剣気を放ってきているのだ。そんなものに今のベイオルが敵う訳が無い。


「うおっ! ま、ま、魔闘拳士! 貴様がなぜ? いや、貴様はなぜ!?」

「どうでもいいですね。あなたはどうして僕の大切なものにその汚い手を伸ばそうとするんです? 仕方ないから今度は顔の造作が変わって人前に出られないようにぶちのめして差し上げますね」

「うああっ! 冗談じゃないぞおお!」

 一気に酒気も抜けたであろうベイオルは這う這うの体で逃げ出していった。

「なに、あれ?」

「昔、まだ姉ぇが西方一の美姫として求婚の嵐の直中に居た頃、絡んできた男だよ。一瞬でのしちゃったけど」

 彼は未だに裏では「魔闘拳士に初めて倒された男」として恥ずかしい名をほしいままにしていたのだが、それは当人の与り知らぬところだった。

「ホルツレイン宮廷って一般的に見てかなり健全に感じるのだけれど、それでもあんな血の澱みも存在する訳ね」

「どこにだって存在するものだね。権威を誇示する事でしか自己確認が出来ない人種はここにも少なからず居るよ。それを一顧だにしない僕のアンチも重臣達の中にだって未だに居るし」

「世知辛いわねぇ」


 ベイオルは喜劇を演じるだけで去っていった訳ではなく、皆にカイの事を印象付けて行ってしまう。

(あ、あれが魔闘拳士だったのか!?)

(き、貴公…。魔闘拳士の女に手を出そうとしていたのか? 命知らずだな)

(馬鹿を言うな! 知らなかったに決まっているだろう! 知っていれば、そんな恐ろしいこと……)

 さわさわと言葉を交わして一様に距離を取り始める子弟達。それまでは虎視眈々とチャム達を狙っていたというのに現金なものである。

 一転して目付きが変わってきたのは令嬢たちのほうだ。

(あの方が魔闘拳士様!)

(我が国の英雄様がこんなところに居られたとは)

(くっ! あのような地味な……、いえ、大人しめなお顔立ちをされていたとは、眼中から外れておりましたわ)

(ここは出遅れてはなりません!)

 大きく空気が変わったのが誰にでも肌で感じられる。


「これはちょっとヤバめな感じがしてきたな。フィノ、離れていようぜ」

「そんな、カイさん達を見捨てるんですか?」

「俺達が居たってとばっちりを食らうだけだ。ここはチャムに任せる」

「そうね。今陽きょうはいつもの逆で、私が余計な虫が付かないようにしてあげるわ。離れてなさい」


 トゥリオやフィノ、イーラがその場から離れると視線は熱さと圧を増してくるが、チャムが見下すように辺りを睥睨すると近寄って来ようとする者は居ない。彼女が更に身を寄せてカイと親し気な様子を見せつけると悔し気に顔を顰める者が続出する。


「僕としては非常に嬉しいんだけど、今度は君が悪印象を抱かれてしまうよ?」

「今更気にはならないわ。私はそうやって生きてきたもの」


 女性の嫉妬心なら物理的な力は伴わないし、手を回して物理的な力に頼ろうとするなら彼女は自分で排除出来る。この世界でその美貌を隠しもせずに生きるという事は、それくらいは出来なければやっていけなかったのだろう。


「だから良いのよ。あなたと行動を共にするようになって、私はずいぶん楽をさせてもらっているもの」


 触れの声が上がり王太子一家の入場となる。

 招待客の目はすぐにそちらに向けられる。停滞気味だったクラインの生まれた頃から一転して、発展の一途を辿りつつあるホルツレインの未来を担う人々のお目見えだ。誰もが注目せざるを得ないであろう。

 しかし、御子様方は周囲を見渡すなり一目散にカイの所に駆けてくる。


「カイ兄様ー」

「兄様ー」

 突っ込んできた二人をボフンと受け止めた彼だがたたらを踏む事も無い。手慣れたものだ。

「ふわー! 今陽きょうのチャムは凄まじいまでの美しさですわ!」

「悪くないでしょう? 私だって着飾ればこんなものよ」

「チャム、きれー」

「ありがとう、ゼイン」

「いつもそうしていらしたら良いのに。王宮内では危険は無いのですから」

「良い事を教えてあげるわ、セイナ。ここぞという時に見せるからこそ輝くものも有るのよ」

 言える価値がある人が言うからこその金言であった。

「僕的にはセイナに賛成なんだけど、個人の趣味の部分だから強くも言えないんだよね」

「ですわねぇ。あ、カイ兄様も今陽きょうは…、その…、素敵?」

「いや無理しなくて良いから!」


 そうこうしている内にクライン達もやってくる。立場としては本来、有力貴族から挨拶回りをしたり受けたりしなければならない。ただ、セイナとゼインの市民への御披露目も大々的に済ませた以上、彼らは家族単位でそれらの対応に当たるのが正しい形になる。


「ダメよ、勝手に行っては。ごめんなさいね、カイ。今夜はあまりゆっくりはしていられないのよ」

「解っているよ、姉ぇ。王宮主催なのだから、クライン様は主催者ホスト側。のんびりはしていられないよね」


 祝勝晩餐会なのだから招待客は祝う立場にある。だからと言って王家の人間は鷹揚に構えている訳にはいかず、この機に地方有力貴族の忠誠を確認すべく立ち振る舞わなくてはならない。


「つまんないから、いや」

「カイ兄様のお側にいるので、お父様たちだけでどうぞ」

 そうもいかないのは事前に言い含められてはいるのだろうが、大きな会場で衆目に晒されれば動揺に感情が引かれてしまい我儘も出てしまう。誰がどう思おうと彼らも子供なのだ。

「そんな風に言ってはいけないよ。今夜はクライン様のお役に立てる好機なんだから」

「はい、すみません……」


 彼女らがクラインの側に居るのにも意味が出てくる。地方の富裕有力貴族などは、自分達の支持が無ければ王家も成り立たないぞと足元を見てくるところがある。状況によっては施策に皮肉の一つも言ってくる事も有る。そんな時に子供の目が有れば控え目になるものだ。

 子供は感受性が高い。あまり幼い頃から悪印象を与えてしまうと、相手の印象が固定されかねない。王家の人気は増大の一途を辿り、モノリコートという財源も得てその地位は今後も揺らぐとは思えない現状で、ホルツレインの将来を背負う彼女らの不興を買えば今度は自分の立場が危うくなってしまう。そういう意味で彼女らがこの場でクラインの防壁になってくれる。


「ほら、行っておいで。今夜は君達が戦う番だよ」

「済まないな、二人共」

 露骨に口を尖らせるゼインもそうまで言われれば否やは無いだろう。渋々ながらも家族で連れ立っていく。

「ちょっと可哀想かな」

「あの子達も宮廷人よ。お務めは果たさないとね」


 人々の耳目が王太子一家の一挙手一投足に向いているところで触れが有り国王も入場してくる。国王夫妻は一段上の座に着き、その前には面談を望む者の長々とした列が形成されていく。そこにも王宮独特のヒエラルキーが影響しているのであろうが、それはカイ達の知るところではない。身軽になった冒険者達は再び合流し、晩餐会らしく料理を楽しむ事にする。


「僕らもご挨拶してこようか?」

 列が落ち着いてきた頃には彼らも一応義務を果たさないといけない。

「ふもっ! ひょっひょひゃっへふひゃい」

「口の中の物を飲み込んでからにしようね、フィノ」


 落ち着いて料理を堪能していた獣人少女は少し慌てる。

 彼らが国王の下へ向かえばさすがに衆目も反応する。だが、こんな場所でカイも込み入った話はしない。招待に対する型通りの感謝の挨拶で済ませるだけだ。

 しかし、ここで少々違う段取りをする者が居た。王妃のニケアだ。


「つまらぬのう。最近はそなたが遊びに来てくれぬので妾は寂しいぞ」

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