祝勝晩餐会(1)

 王宮大舞踏会場が開放されて祝勝晩餐会が行われると告知され、ホルムト社交界はにわかに湧き上がった。

 王宮大舞踏会場と言えば本来、外国要人の歓迎会や王家の慶事にのみ使用される催し会場であり、それなりに権威が有る場所なのだ。給仕などの各種担当係員を除けば、そこに足を踏み入れた事のある者はほとんどが貴族の地位に在る者であり、その他は有力官僚やごく一部の大商人が精々である。

 今回は王家の方々全てが参加するにも関わらず、広く招待状が届けられているのが話題を独占する。それでも招かれたのはホルムトでも最高のステータスであり、各界でも羨望の的となる。しかもこの祝勝会には魔闘拳士の参加も公式発表されており、王家の方々や彼の英雄と懇談出来る数少ない機会として社交界の人々の耳目を集めていた。


 そんな場所での事ともあり、さすがに冒険者四人もドレスコードに従わない訳にもいかず、特に女性陣は王宮メイドの手によって着飾らされている。

「うう、恥ずかしいですぅ」

 さすがにこのばかりは補助無しでは着る事も敵わないドレスを寄ってたかって着せられたフィノは、髪を整えられながら早くも弱音を吐いていた。

 彼女は薄めの水色の、大胆に地肌を晒すドレスを着ているのだが、それは純白の毛皮とアクセントのように散らばるブチとの相性は悪くなく、王宮メイドの感性の素晴らしさを物語っている。

「全然恥ずかしがる事は無いぜ。良く似合っている。その…、可愛いぜ」

「そうよ。もっと堂々としても良いわ」

 胸元の大きく開いた形は爽やかな色気を、花をモチーフにしたデザインは可憐さを演出して獣人少女の魅力を際立たせている。


 そう言うチャムは、鮮やかなオレンジ色の洗練されたデザインのドレスを纏っている。側方は結い上げて編み込み、後ろを長く垂らした青髪がオレンジ色に良く映え、彼女の美貌も相まって美しさに日常から触れて慣れている王宮メイド達にさえ溜息を吐かせる出来上がりになっている。


 着替えが済んだ後に立ち入り禁止を解除されてすぐに見に来たカイは彼女に絶賛の豪雨スコールを降らせる。続いたトゥリオも、照れながら吐いた台詞が先ほどのものだ。そのトゥリオも着飾れば決まるほどの美丈夫であり、正装すれば貴族特有の気品も漂わせる。


 こういう時に問題になるのがカイである。決して不細工ではなく、目鼻の配置にも大きな齟齬は無いのに目立たない。笑顔は愛嬌があるのに精悍さは感じさせない。絞った強靭な筋肉が付いているのに精強な印象を与えない。飾るには非常に困った存在なのである。王宮メイドに違う意味で溜息を吐かせるに十分な素材なのであった。


 今回も最初は思い切って貴族に着せるような豪奢な衣装が着せ付けられたのだが、首から下の浮いている感じが半端でなく即座に却下された。

 その後も散々着せ替え人形化したのだが、どうにも彼女らを納得させる仕上がりにはならず、結局簡素且つ地味な薄緑色の長衣とベスト、ズボンに収まってしまっている。華やかな晩餐会場に於いて役者不足なのは否めない。


 それでさえ王宮メイド達の努力の結晶なのである。


   ◇      ◇      ◇


 チャムをエスコートしてカイが会場に入ると、一瞬の沈黙の後にざわりと大きなうねりのような騒めきが起きた。

 このの招待客でも早めに会場入りするような者達は、普段は王宮に上がる事も適わないような地方貴族がほとんどを占めている。彼らはチャムが何者かも知らないし、誰の連れかも知らないのだ。それが幸か不幸かは本人の意識次第である。チャムを単なる類い稀なる美形と捉え、眼福と楽しむのが幸福組。彼女をどこかの貴族令嬢か何かと勘違いして色めき立ち、突撃して軽く袖にされてしまい落ち込むのが不幸組だろうか。


「心許ないものねぇ」

 突貫してくる自信過剰な貴族の子弟達を捌きつつチャムが零す。

「剣の重さが無いと、腰が寂しくて堪らないわ」

「そう? じゃあ、今陽きょうは僕がずっと抱いていてあげるよ」

「あら、珍しく気の利いた事を言うじゃないの?」


 撃沈した貴族子弟達は面白くもない。自分達を冷然と突き放し寄せ付けもしなかった美女が、側に居る冴えない地味な男が何かを囁くと朗らかに笑うのだ。

 その様はまるで大輪の花が咲いたかのように美しい。その笑顔を独占している男が妬ましい。そんな視線が集中する。


「柄にも無いのは確かだね。思ったよりずっと恥ずかしい」

 耳が真っ赤になっているカイを見て、チャムは悪戯気に笑う。

「そんな台詞はクライン様にでも任せておきなさい。あなたはいつも通り無邪気なのが一番よ」

「それは何か子供扱いされているようで傷付くなぁ」

 チャムが自らその手を取って自分の腰に導いてくれるのに従いながらも、カイは口を尖らせる。その様子を見てチャムは余計に笑ってしまう。

「らしくねえ事したって決まる訳ねえだろ。お前は洒落者には程遠いんだからな」

「無頼漢気取りのどこかのお貴族様に言われたくないね」

「てめっ! 言ってくれんじゃねえか」

 自分から仕掛けておいて手痛い反撃に遭う辺りがトゥリオらしい。


 そのトゥリオの腕には恥ずかし気にフィノがぶら下がっている。最後に彼女が姿を見せた時は違う意味のざわつきが起こったが、その愛らしさは誰の目にも明らかだ。

 中には愛玩動物扱いなどと邪推する者も居たが、仲間の声にピコピコと動く犬耳や、その感情を表して多様に動く尻尾を見ているとつまらない考えなど吹き飛んでしまう。しかも、あどけない顔の下には男達の目を奪ってしまうような魅惑的なプロポーションが備わっているのだ。

 華やかなその場を彩るに相応しい可憐な花の一輪には十分と言える。


 そんな彼らの所へ歩み寄るもう一輪の花がある。

 イーラの纏う青いドレスが彼女の知性を際立たせて見せている。実務家な面の強いイーラだが、その辺りは大商会の令嬢として場数は踏んでいるのだと容易に想像出来た。


「お疲れ様です、代表」

 その所作も洗練されていて、彼女の生まれを感じさせる。

 女性陣は口々にイーラの装いの色使いの上手さを褒めそやし、男性陣はしきりに同意の言葉を入れる。

今陽きょうは一人でしたか? 気が利かなくてすみません」

「いえ、先ほどまで父と一緒でした。何分、このような場所では忙しい身ですのでご挨拶も叶わず申し訳ございません」

「とんでもない。後にでもお時間がいただければこちらから挨拶させていただければと思っていますよ」

「ご配慮ありがとうございます」


 花達に誘われるように近付く者も居た。

「これは素晴らしい。咲き誇る花々に愛らしいペットまでお連れとは羨ましい限り。ご相伴に与かりたいですな」

 既に濃密な酒精を香らせて、その男は放言する。

「何だと!?」

 気色ばむトゥリオだったが、すぐさまその腕は押さえられた。

「まだ社交界に居られたんですね? 恥ずかしげもなく」

「何! 誰だ! この私を……、ひっ!」

 眩しいばかりの女性陣の影に埋もれていた青年が顔を見せると即座にその男は腰が引けている。

「ベイオル様でしたっけ? その病気は治らないようですね?」


 無粋漢の前に再び舞い降りたのは、彼にとっての悪夢の象徴だった。

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