トゥリオのやり方

 ピルスも連れて戻ってきたアキュアル達をトゥリオとフィノは迎えた。少し落ち着いた感じのするトゥリオを見て、チャムはそっとフィノに「ご苦労様」と言う。


「ちょっと話さねえか?」

「いいよ。どうしたの?」

 昼食を終えるとトゥリオはアキュアルに問いかける。

「私達はちょっと行くとこあるから。フィノはどうする?」

「あ、フィノも行きます」

 トゥリオの様子を窺って、頷き返された彼女は自分も外す事にした。


「俺には兄貴がいんだがよ、実はちょっと前にその兄貴が冤罪にかけられそうになった事があんだよ」

 二人になってからトゥリオはおもむろに語り始める。

「えんざいってなんだ?」

「あー、そっか。無実の罪を着せられるって事だ」

「そりゃ大変だったな」

「ありがとよ。それで何とか無事に兄貴の無実は証明されたんだが、その犯人って奴がほんとにつまんねえ勘繰りで、うちを恨んでやがったんだ」

「人族にもそんな馬鹿が居るんだな。アキュアルは人族って賢いのかと思ってた」

「色々居るんだな、これが。それでな、その馬鹿が俺は許せなくって斬り合ったんだ」

「家族を罠に嵌めようとしたんだろ? 当然だ」

「ああ、それで俺はそいつの手を切り飛ばして、二度と剣が握れないようにしてやった」

「いい気味だな」

「そう思うだろ? ところが俺はその後、すげえくだらない事をやっちまったって思ったんだ。怒り任せにそんな事したって全然スッキリしない。爽快感も達成感も何もねえ。虚しさだけが残った」

 トゥリオ本人は、あの事件の中で自分が精神的にも大きく成長したとは思っていなかった。怒りの対象が小さく見えてしまった事で、結局小物相手だったと誤解している。憧れだった戦士を下して、剣技の上達は感じていたが。


「でもトゥリオの兄貴は生きてるんだろ?」

 詰まるところ問題はそこになる。

「アキュアルは親父も母ちゃんもムルクもみんな魔獣にやられた。そりゃ、こっちが狩りに行ってるんだから返り討ちに遭うってのもしょうがないけど、狩る狩られるの関係ならアキュアルが狩り手になるのがダメってのはおかしい」

「魔獣を狩るのはお前達の生活なんだから止めろとは言わねえ。ただ、憎しみだけでそれをやるのは違うんじゃねえか?」

「なあ、トゥリオ兄ちゃん。上辺をどう飾ったって相手の命を取るのに変わりが有るとはアキュアルには思えないんだけど?」


 これは正論だ。それをぶつけられてトゥリオは戸惑う。

 どう足掻いても焦点はそこになる。いくら獣人達にとって死が身近であっても、少年の身ではそれほど様々な死を知っている訳ではない。その死の意味を問う哲学まで理解させるのも無理な相談だ。

 逆に言えば大人だってどこまで正しく解釈しているか、いや、一般論的理解に留まっているほうが多いかもしれない。無論、雑食性の人間は蛋白質は必須栄養素であり、他の生物の死の上にその生が成り立っている。必然で奪う命と感情で奪う命の重さを比べるというのは、客観的にはおこがましいと言っていいだろう。

 ではなぜ、感情で奪う命だけ人は忌避感を抱くのか? それは教育の産物だ。それが横行すれば社会生活が崩壊するから戒めているに過ぎない。その観念的な差異を解するに至るまでは十分な躾と教育が必要になる。それを素朴な生活をしている獣人少年に教え込むのは困難を極めるとトゥリオは思っていた。


「じゃあ、アキュアル。お前はこのカラパル郷の仲間の命と、魔獣の命はどちらが重いと思う?」

 少し論点を変えてトゥリオは問い掛けてみる。命の重さの多寡を問うのは危険な切り口だとは思うが、彼を説得するに至るにはこちらも一歩踏み込まねばならないと感じての問いだ。

「そりゃアキュアルから見れば郷の皆の方が大事さ」

「だろう? なら…」

「でもさ、魔獣達から見りゃ、アキュアル達は天敵なんじゃないの? えーと、生存競争ってやつ?」

 トゥリオの会話の展開の計画を妨げる様に思いがけない単語まで彼の口から出てきた。

「なら、あいつらはあいつらでこっちの命が軽く見えてるんだろうなって思うぜ。何だっけ? 主観の相違っての? ムルクがそう言ってた」

 ムルクムルクでアキュアルに情操教育を施していたらしい。両親の死で弟が変にねじ曲がらないようにかなり努力したのだろう。

「…ま、そういう事だ。だが、そこに感情を絡めてしまうと話が変わって来ちまわねえか?」

「うん、お互いに等価の命の遣り取りなのに、感情で一方を悪だと断じれば不公平になるよな」

「そうだろう。だったらそこに感情を入れちまうのはマズいって解ってんだな?」

「トゥリオ兄ちゃん、そんなんで簡単に割り切れちまうような感情なら、とっくに何とか出来てるよ。どうにもならないから衝動って言うんじゃないの?」


 アキュアルは自分の行動が理解出来ているのだ。それでも消化しきれないから苦しんでいるだけだと言う。

 ここに至ってトゥリオは自分の論法の間違いに気付いてしまう。彼は少年が自分じゃ理解出来ない感情に振り回されているものとして考えていた。ところが、少年は理解した上でどうしようもなく高まる衝動を抑えきれないのだ。

 これは自分には対処出来ない展開だとトゥリオは思ってしまった。直面している人間にしか感じられない衝動なのだ。外野からなんだかんだと言ってもその心に響く何かを伝える事は無理というものだろう。


「兄ちゃん? アキュアルは変な事言ってるか?」

 黙り込んでしまったトゥリオの様子を心配してアキュアルが声を掛けてくる。

「なあ、アキュアル。もしかして俺の事、お目出度い奴だって思ってるか?」

「まさか。そんな事無いよ。トゥリオ兄ちゃんは普通の大人だなって思ってる。分別の有る大人ってのはそんな風に考えるんだろ? どっちかっていうとカイ兄ちゃんのほうが変なんだよ」

「カイが変だって?」

 少年から出てきた予想外の言葉にかなり驚かされる。

「だって、ピッタリ横に居る様に感じる時もあるのに、ずっとずーっと上の方に居るみたいに感じる時もある。全然分かんないよ。何をどうすりゃあんなになっちゃうんだろうと思う事無い?」

「嫌ってほど有るぜ…」

「だろ? あんな風になれたらアキュアルみたいに思い悩む事なんて無くなっちまうんだろうなぁ」

「そいつだけはお勧め出来ねえな。あんなのが何人も居たら俺は胃痛でベッドから出られなくなっちまう」


   ◇      ◇      ◇


 その頃、カイ達は仔犬部屋に居た。


 犬系獣人郷の仔犬部屋にも担当者が居る。仔猫部屋との違いは担当者がずっと詰めているところだ。仔猫達なら自分達だけでずっと大人しく遊んでいるが、仔犬達は遊びがエスカレートして興奮の極地に達すると扉から飛び出してしまう時が有るからだ。

 なので、普段は仔犬達だけで自由に遊ばせているが、一定以上に興奮してきたら宥める為にずっと一緒に居る。それだと食事の用意に外す訳にはいかなくなるので、食事当番はまた別にいる形になっている。


「だ、大丈夫ですか?」

 そのの仔犬部屋担当者は訪ねてきた冒険者の客を快く受け入れてくれた。ただし、その後の事態を予想までは出来ていなかっただけだ。

「ふぃふぃふぇふぃふぁい」

「はいはい、顔のとこだけ剥がすわね。息出来ないんでしょ?」

 例によって犬人間が出来上がっている。

「カイさん、前もこれやったんですよね?」

「あはははー! かい、おもしろいー」


 ピルスには好評だった。

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