改築しよう
新ルドウ邸となった元トポロック伯爵邸の離れであったが、どうせ住むならとことん使い易いよう手を入れようと改築の運びとなった。
トポロック伯爵邸は主要構造部分と外装こそ土魔法を用いられているが、内装は大胆に木材を活かした作りとなっている。不心得で改易された人物だが、感性には秀でていたらしい。使用人用の離れも珍しく完全な木造建築であり、そこもカイが気に入った点なのだが現実に手を入れるとなると難しさも伴ってくる。
最も大きな変更点となったのは、一階の一部空間を
これには新たな扉を設けたり壁をぶち抜いたりしなければならず、そこまで手を入れるとなると強度のほうに配慮が必要になってくる。そうなるとさすがに専門家ではないカイ一人の判断ではどうにもならず、プロの建築士と大工に大規模な改修を行ってもらう運びとなる。
四人で顔を突き合わせて構想図を仕上げた彼らは、建築士に可不可を検討してもらい、妥協点を吟味して早々に大工に入ってもらえる事となる。
大規模な改修と内装変更はプロに頼ったのだが、カイが拘った部分が一つだけ有り、そこだけは彼が作業する事に決める。当座は本邸のほうに仮の居室を構えた彼らは、移転作業に勤しむルドウ基金職員を横目に、呑気に離れの改築に着手する。
カイが拘ったのは浴室である。元から浴室だった場所を改修するのだが、設備はほぼ総取り換えとなり、ほとんど作り直し。
まずは大胆に大きな浴槽が設置される。しかもそれはカイが変形魔法で製造した、総カラハム作り完全一体型浴槽だ。
カラハムは、木材にすると良い香りを漂わせる大樹であり、それをバーデン商会から仕入れてきた青年は、悠に5~6人は浸かれそうな浴槽に変形させたのである。『かいのゆ』ほどの規模ではないが、一般家屋が備えるには大き過ぎると言える。
カイは給湯設備にも着手する。城壁内は、全域に刻印魔法で浄水された上水設備が敷かれているので水には困らない。
浴室の壁を隔てた外部にステンレス製の円筒焚き釜を作って設置する。パイプで上水を引き込み、そこに簡易なフロートバルブを取り付けて水位維持の仕組みを組み込むと、フィノが食い付いて観察している。
釜の底には加熱刻印を施し、起動線を外に引き出し
試運転をして仕組みを説明してあげると、フィノは感動しきりであったが、チャムには速やかに使えるようにするよう要求された。
ちょっと悲しくなったカイだが、洗い場に排水設備を作った後に、同じくカラハム製の簀の子を敷き詰め、風呂桶・風呂椅子まで作り上げたらお褒めの言葉をいただけた。
女性陣の強い要望である、扉の魔法錠を書き込む。これは一度刻印に触れた者の魔力特性を読み込んで作動し、その人がもう一度触れるまで解錠しない刻印。普通は機密を必要とする場所に用いられる刻印なのだが、贅沢に浴室に組み込んだのである。
その
◇ ◇ ◇
家屋というのは使用しなければ、なぜか痛んでいくものである。ホルムトを空ける事が多くなると思われる四人には新居を使用・管理出来ない。大規模改修の所為で未だ使用は出来ない新居だが、その事も考えなくてはならない。
こと、その方面の人材に関しては伝手の無い彼らは頭を捻るしかない。名案は無いので家事管理のプロに頼る事にする。
「という話なんですけど、どなたかお知合いで適当な方はいらっしゃらないでしょうか?」
王太子家母子がまたぞろ騒ぎ始めない内に王宮に遊びに行き、その場でお世話を務めるフランに訊ねてみる。ほとんどの事情に通じている彼女なら話も持って行きやすい。
彼女自身も貴族子女でありそんな事を頼んでも良い相手では無いのだが、フランは頼られるのを喜びに感じているきらいがあり、相談し易いと感じてしまう。
「最適な人物に心当たりが有ります」
「本当です? ご紹介いただけませんか?」
「彼女なら、人格的・能力的には全く問題はございません。ただ性質的に懸念されるところがあるので、まずは面接してから決めていただきたいと思います」
「そんな贅沢は申しませんから、大丈夫ですよ。給金のほうもルドウ基金に委託している僕の私財から相場以上の額をお渡しいたしますから」
「いえ、兎にも角にもまずはお会いいただけませんでしょうか? それでカイ様に問題無ければ雇用してもらえたらと…」
元々慎重派のフランではあるのだが、妙に念押ししてくるところが不気味だ。フィノとチャムも顔を見合わせている。トゥリオは、何か面白そうだとでも思っているのかニヤニヤしているが。
「……そ、それでは段取りをお願いしても?」
「話は通して、
食い気味に話を纏めようとするフラン。カイは意味が解らず戸惑うしかない。
(性質的?)
◇ ◇ ◇
そこから降りてきたのは、普段見られる事の無い私服姿のフランと、彼女よりは少々小柄なメイド服を纏った女性が続く。その女性は足早にカイに駆け寄ってきた。
「あなたの物になりに来ました!」
「……ごめんなさい」
「はうあ!」
音もなく近付いてきたフランが、衝撃を受けているらしい彼女のポニーテールを引っ張って下がらせる。
「申し訳ございません、カイ様。事前に重々言い聞かせてはきたのですが、抑えが利かなかったようです」
「事情を聞いても?」
「もちろんでございます」
フランに首根っこを押さえられている女性は、目を爛々と輝かせて黒髪の青年に見入っている。ちょっと怖い。
「実はこの者、我がクーホイタス子爵家と縁の有るシュバルクリン男爵家の娘なのですが、何と申しますか……、御覧の通り魔闘拳士様の大ファンでありまして」
ポニーテールの女性は以前メイドとして王宮勤めもしていたらしいのだが、カイが滞在中は仕事を抜け出してこっそり鑑賞に行く、その他の時は何ら問題無いのにカイが参加する晩餐会では使い物にならなくなる、と問題行動が目についてお暇を出されてしまったらしい。厳格な王宮メイドの世界では通用しないと断じられたようだ。
彼の凱旋後は、彼女が再々王宮に忍び込もうと画策するので、家人が一人着けられ監視下に置かれているような状態だったと言う。
「そんな訳で少々残念な子なのでありまして、男爵家でも扱いに困って早々に嫁に出そうと話を向けると暴れ出して手を付けられなくなったりして、どうしたものかと」
「当然でしょう? お嫁なんかに行ったら魔闘拳士様を追いかけられないじゃないですか、フランお姉さま!」
「解ったから興奮しないで。声を抑えて」
離れで作業中の職人達まで何事かと見に出て来ている。
「とりあえず自己紹介なさい」
「レスキリ・シュバルクリンと申します、魔闘拳士様。レッシーとお呼びください」
可憐な笑顔で一礼してくる。
「お手付きメイド希望です!」
フランの念押しの言葉が身に染みるカイであった。
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