獣人郷建設
カイ達冒険者とミルム達五人は、再び密林近くの北部に居る。
イーラ女史の手配で、孤児院建設を終えて手隙になった者の中から志願者を募って、獣人郷建設に従事してくれる職人を選定した。クラインから随行員用だった馬車を借り受けて馬を扱えないものを詰め込み、彼らを伴って北部までやって来たのだ。
資材は結構な量をカイとフィノで分担して格納してきたが、道々の森林でも伐採してきている。何しろ好景気に沸くホルムトは、ここ数
そんな事情の中で、ルドウ基金が買い占めようとすれば問題視されてしまうので、現地加工の難しい板材等を準備するに留めたのだ。
新たな獣人郷の場所の選定には、遠話器で連絡を取ったレレムの意見を参考に、ミルムに現地を見てもらう。普通の集落と違って獣人郷の建設場所は水源を気にしなくて良いのが楽だ。
要は密林地帯からの距離が適当で、一定範囲の平坦な土地があればいい。そういう場所で、長雨が来たときに水没するような盆地を避ける。
ごく僅かな地軸傾斜しか無いと思われるこの惑星では、北部でも明確な乾季雨季というのが無い。だが天候不順が一
それは彼らがデデンテ郷滞在時の
暴風の中で大きくしなるナーフスの樹はその猛威に耐え、ほとんど実を落とす事も無かった。収穫には苦労させられる実の付いた茎は、その為に頑強なのであろうと思われる。
建設地選定を終えた一行はまず仮住まいをササッと組んでしまうと家屋の建設に入った。
カイから簡略図を受け取っていた職人達は現地到着までに大体の手順を頭の中で組み立てており、獣人達が必要とする住居を次々と組み立てていく。そのままだとすぐに資材が尽きてしまうので、カイは伐採してきた樹を端から木材に変形させていく。並行して、完成した住居の裏に、水を溜め置く大型の継ぎ目の無い木桶を変形魔法で作って設置する。そんな訳で彼は結構忙しい。
その間に、チャム以下三名と獣人は、建設地の警護を道々集めて随行させた冒険者に任せ、狩りに行く。建設現場の胃袋を満たすのは、彼らの双肩に掛かっていた。しかし、普段は人気の無い北部密林地帯は非常に魔獣の影が濃く、獲物に困る事は全くなかった。
◇ ◇ ◇
魔獣肉の備蓄に困る事無く、菜類もまだ豊富にチャムの『倉庫』に蓄えられているので、その
遠く地平線に人影を認めたのはマルテだ。作業に少々飽きてきていた彼女は何か面白い事は無いかとキョロキョロと周囲を見回していたからだ。
「来たにゃ ──── !」
そう叫んで彼女が走り出した方向を見て、目の良い者は自分達が組み上げた集落の住民がやって来たのを知る。
その集団まではまだかなりの距離が有り、辿り着くまでは
「ガミガミババアが居るのを忘れていたにゃ。ふぅ、危にゃい危にゃい」
「こら、そんな風に言うのは止めなさい。あんなに面倒見てもらっておいて」
マルテの頭にはチャムの拳骨が落ちる。
辿り着いた獣人一行を、カイは両手を広げて迎える。
「ようこそいらしてくださいました、レレム。皆さんも遠路はるばるありがとうございます」
気品あるシロネコの長が前に出て答える。
「お招きの言葉に甘えてやって参りました。どうか宜しくお願いいたします。本当に郷を作ってくださったのですね。恐縮です」
住居群を見やったレレムは本当に申し訳無さそうに言う。
「本来はレレム達で何とかしなければならないものを」
「とんでもない。無理を聞いていただいたのはこちらです。当然の事ですよ」
「そんな。獣人達の今の暮らしがあるのは貴方のお陰なのです。大恩あるあなたのご希望に添えるならば、この程度の事など」
「それはもう無しにしましょう、レレム。内々の話ですが、ホルツレイン王宮もあなた方に期待を抱いています。必要とされているものだと思ってここで暮らしてくだされば良いんです」
「はい、それでもレレムの感謝だけはどうかお受け取り下さい」
集まった職人達も冒険者達も、レレムの品ある振る舞いや聡明さを感じされる物言いに圧倒されていた。彼らは獣人がそんな種族だなんて欠片も思っていなかったからだ。
カイ達四人にとっては何てこと無い遣り取りだったのだが、その中でフィノだけは視線を落として身の置き場に困っている風情を見せる。それはレレム達デデンテ郷出身者の後ろに居る者達の所為だ。その者達は二人の遣り取りが済んだのを見計らって前に出てきた。そして尻込みするフィノの前で皆が両膝を突いて首を垂れる。
「済まなかった、フィノ。この通りだ。強制しているのでも何でもない。これが皆の気持ちなのだ。どうか許してやって欲しい」
代表して発言しているのは長ムジップであり、後ろの一団はスーチ郷の民全てだった。
◇ ◇ ◇
【一つお願いが有るんですけど】
そのお願いを耳にしたのは、まだデデンテ郷に居た時のこと。
その後の言葉を聞いてレレムは少し考え込んだ。カイのお願いというのは、東に向かう途中にあるスーチ郷に立ち寄り、ホルツレイン移住を勧めてくれないかという内容だったのだ。
「スーチ郷と言えばフィノさんの故郷ですよね? 彼女は大丈夫なのでしょうか?」
【おそらく結論はずっと前に出てはいる筈なんですよ。踏ん切りが付かないだけだと思うので誰かが背中を押してあげなきゃいけません。それを誰かに押し付けようとは思いませんから僕がやります。嫌われちゃったら辛いですけど】
「そういう理由ですか。スーチ郷は移住を受けますかね?」
【分の悪い賭けだとは思っていません。実は少しだけ立ち寄ったのですけど、お世辞にも良い雰囲気だとは言えない状態でした。どうもフィノの事だけが原因ではないような気がしたのです】
「思い当たる節は有ります。レレムの口から伝えるのは心苦しいので申し上げませんが」
【ではお声掛けの件だけでもお願いできますか?】
「喜んで。お口添えもさせていただきます」
◇ ◇ ◇
歩み寄ってきた長身の狼頭がフィノの肩に手を置く。それと同時に彼女は崩れ落ち、大粒の涙が大地に幾つもの染みを作る。
「止めっ……、止めてください!フィノは……、皆さんを恨んでなどいません。そんな感情忘れてしまうほどに幸せを享受しているのです。これ以上、望むべくもないほどにっ! なのに……、なのにフィノはそれを告げに行くことが出来ませんでした! フィノが勇気が無いばかりに、ずっと皆さんが苦しんでいると知っているのに怖がって言い出せずにいたんです。ごめんなさい……、ごめんなさい! フィノが悪いのです」
「許してくれるのか? お前を絶望の淵に叩き落として放り出した我らを許すというのか? それならなおさら詫びねばならん。どうか皆の謝罪を受け入れてくれ。そうでなければ何も終わらん」
「はい、はい……。フィノはスーチ郷を故郷と呼んでも良いのですね?」
「当たり前だ! お前がそう呼んでくれるなら、お前の故郷はスーチ郷だけだ」
彼女の家族を除いたスーチ郷の皆が涙していた。
六
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