トレバの奇襲

 軍勢迫るの報に国王はすぐさま重臣全てを招集した。

 会食の場に居た者も皆、広い謁見の間に移動する。クラインが今更王宮外に移動させるのは危険だと主張したからだ。


「二万もの軍勢がなぜホルムト近くまで迫るのに気付かなかった? 巡回兵達は何をしている!」

「解りません。物見が気付いた時にはもう10ルッツ12km近くまで迫っていたそうです。夕暮れ時ともありそれが軍勢だと確認するにも手間取ってしまって…」

「今は良い! 軍務卿、兵の編成、間に合うか!」

 混迷する事態に責任追及の声ばかり上がるが、それを制止する声に遮られる。

「少々お時間を下さりませ。急ぎ招集を掛け、編成に入っております、陛下」

「急げよ、ガラテア。衛士を民の避難に回せ。西側だ」

「御意っ!」

「街壁上への弓兵、魔法士部隊の配置、間もなく終わります!」

「良し、まだ打たせるな。ローグ将軍を向かわせている。指揮にあたらせるから待て」


 しばらくして上がってきた報告に一同は一息吐く。

「敵軍勢、約2ルッツ2.4kmの距離を置いて停止! 陣構えの様子はなく、待機の模様」

「ふう、これで時間は稼げるね。陛下、軍の編成は一通り済みました。五千が東街門大通りにて待機」

 軍務卿の報告に国王も考える時間が得られたと感じる。

「どう考える、軍務卿。急な事と言え、二万でホルムトは落ちぬぞ」

「御意。正直、わたくしとて敵の狙いが読めずにおりまする」

「何かあると思うべきだな。野戦は避けよ。罠の匂いがする」

「仰せのままに。それが得策かと思われます」

 敵への対応の協議を進めていた国王と軍務卿だったが、その一言に耳を奪われる。


「妙ですね」

「…どうした、カイ。言ってみるさね」

昨陽きのうの昼前、僕はミルカリの森で広域サーチを打ちました。あの辺りは通りが良いんで40ルッツ48km近くは見えたはずなんです。そんな軍勢なんて居ませんでしたよ?」

 カイは北東部に広がる森林帯の名を口にする。

「なんだと? 本当か?」

「間違いありません、陛下。あの辺りの平原を通らずに東門へ軍勢を進められるものですか?」

「どうだ、軍務卿?」

 行軍の専門家の意見は重要だ。

「考えられませぬな。東側は森林帯の間を抜けなければいけない地形になっております。なればそこを通らずどこを通れと?」

「地図を見せてもらえませんか?」

「それは…」

 さすがのガレテアも口ごもらずを得ない。

「重要軍事情報であるのは存じています。決して外には漏らしません」

「よい、見せてやれ」

「は! カイ、こっちだよ」


 広間の脇の台に用意されて衛兵に守られていた地図の前に国王と軍務卿、クライン、カイが移動する。

 カイが指差した一点から紐を使って短めに見積もった30ルッツ36kmの円弧を描くと平原部がほぼ埋まる。


「これでは軍勢を進めておれば見えるのではないか」

「進軍速度から考えると確実に。ましてや昨陽きのうはこの辺りの巡回も行われたはずであります」

 どういう事かと首を捻る。


 しばらく黙っていたカイが別の一点を指差す。それは南東部に広がる二つの森林帯の途中が繋がっている部分だった。

「ここをこう通ってこの交差部を抜けると一本道で東部平原まで抜けられます」

「しかし魔獣の森を軍勢で抜けようとすれば魔獣が群がってくるぞ」

「このジランの森辺りは群れる魔獣が少ないんです。この交差部を軍勢が抜けるだけの時間を稼ぐのはそんなに難しくないように思います」

 カイが指で辿った線を通れば確かに南回りに東平原に出られる。だが、それはそれで大問題なのだ。


「地形情報が把握されておるぞ…」

 ぞっとしない話だった。それが本当なら地の利は無いと思わなくてはならなくなる。

「どちらにせよ二万でホルムトは落ちないんですよね?」

「む、絶対はないがよほど下手を打たなければ落とさせたりはしないよ」

「安心しました」

 ずっと地図を見つめていたカイはそう言うとその場を離れて皆の間を抜けていく。

「どこに行くの、カイ」

「ちょっと出掛けてきます。姉ぇはここに居てください」

「ちょっと、カイ?」


   ◇      ◇      ◇


 城門をくぐって城下町辺りまで行くと、もう夜だと言うのにざわめいている。少なからず情報は伝わっているようだ。

 衛士隊に先導されて移動している市民の集団に引かれて続く避難区域外の者も居る。だが、基本的に住民達がパニックに陥る様子はなく、落ち着いているようで安堵した。


 南側へ向かうと一つの騎士隊が避難誘導に当っていた。その一人の若い騎士に声を掛ける。

「お疲れ様です、騎士様。少しよろしいでしょうか?」

「何だ、君は? 今はこんな状況だ。後にしたまえ」

「いえ、今、騎士様にしか出来ない事が有るのです。危険を伴うのですがお願いできませんか?」

 危険と聞けば衛士や騎士の領分になる。その若い騎士は話を聞く気になっていた。

「良かろう。何が起きた?」

「これから起きるのです。出来れば向かいながら説明したいのですが。僕はカイと言います」

「私はハインツだ。よく解らんが、大事なのだろうな?」


 カイは南門に向かいながら説明する。

「南門の警護の助力をすればいいのか?」

「はい。そしておそらく襲撃を受けると思います。ためらわずに斬り捨ててください。そうしないと南門が守れません」

「何をするかは解るが理由が解らんぞ」

 相手は騎士。それは勘に過ぎないので、そうとも伝えられず理由をこじつける。

「僕はサーチの魔法が使えます。それで理由になりませんか?」

「ふむ。魔法士なら解る事があるのか。了解した、任せろ」

「ありがとうございます。お願いします」

 単純ながら素早い判断に、このハインツという騎士は優秀だとカイは思った。


 新人騎士を引き連れたハインツは、門の警護に付く衛士隊に援護を伝えた。

 しかし、敵軍が東に布陣しているのを知っている彼らは少々気が抜けた様子であった。


「なんで南門の警護に来たんです、騎士様。前線は多分東門上になりますぜ?」

「そちらは軍が固めている。公務中に気を抜くな」

「そんな事いっ…、何だありゃあ!」

 不審な黒ずくめの二十人ほどの集団が音もたてずに迫る。衛士達は浮足立つが、心積もりのあったハインツ達はすぐさま剣を抜いた。


 一斉に小剣を抜いた黒ずくめ達は散開して包囲体制に入る。一人も逃がさぬと言う構えだ。

 夜陰に紛れて襲い掛かってくる者達に、受け手に回ってしまった門衛は手傷が増えてくるが、ハインツ達が善戦し一方的にはさせない。

 すると、いつの間にか敵後方に回り込んでいたカイが低い体勢から拳打を放つ。鈍い音と共に宙を舞う仲間を見た黒ずくめ達に微かな動揺が走る。好機と見たハインツは一気に斬り込み、斬り伏せていく。


(強いな。ここは任せるか?)


 更に数人沈めてハインツと背中合わせになると彼がニヤリと笑ってきた。

「できるな、お前。驚いたぞ」

「あなたこそ。ハインツさん、ここ、任せられますか?」

「どうした、まだ何かあるのか?」

 嫌な予感は当たっている。ならばもう一つのほうも当たりと考えたほうがいいだろう。

「はい、まだ少し…。ですが、ここが要であるのは変わりません」

「解った。うちの連中も目が覚めてきた頃合いだ」

 ハインツが率いてきた新人騎士達も当初の動揺が抜けて冷静な対処が出来始めている。

「何人か残して、何が目的か締め上げて吐かせてやる」

「お願いします」


 言うなり街壁上への階段に走り去る黒髪の少年が何者なのか気になり始めるが、まだ深く考える余裕はない。

「落ち着いて一人一人潰していけ!お前達ならやれるぞ!」


 ハインツは新人達に発破をかけるのだった。

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