勇者vs魔闘拳士(2)

 勇者ケントは、彼が自身で『飛斬』と呼んでいる技で魔闘拳士を攻め立てている。突きの飛斬は範囲は狭いが威力も強いし見切られにくい。そう思って連射しているのだが、魔闘拳士は器用に躱してしまっている。見えているとしか思えないその反応に、ケントの頭には疑問しか浮かばない。


(何で避けられるんだ、こいつ。そんなに魔力も込めていないから感知できない筈なんだが)


 事実、もっと強力な飛斬を放つ事が可能だ。しかし、それが当たってしまった場合、致命傷を与えてしまう可能性があるので、威力を絞っている。その分、感知し難い攻撃なのに、魔闘拳士が躱し続けられている理由が分からない。

 こちらの切っ先の方向と動作で射線を読んでいるのだろうか? いや、あれほど動き回って視界が安定しない状態ではそこまで見て取れない筈だ。

 理由は分からないにせよ、遠距離で張り付けにして体力を削れているのは悪くない。いずれ追い込まれる魔闘拳士が無理をしてくるに決まっている。そこが狙いどころだ。


 一瞬の飛斬の途切れ目に立ち上がった魔闘拳士が地を蹴り突進を始める。その動作は釘付けになるのを嫌ったとしか思えなかった。意図した隙ではなかったが、これを見逃す手はない。

「そこだぁっ!」

 ケントは薙ぎ払いと突きの飛斬の連撃を猛烈な勢いで浴びせかける。

 ところが、両の前腕を立てて正面に掲げた魔闘拳士は突進を続けながら、透過性の高い光る盾を前に生み出す。身体の前面を覆った光る盾に飛斬が接触すると、光輝の粒となって飛散していってしまう。

「なにっ!」

 畳み掛ける飛斬を全て光輝の粒に変えてしまうと、肉薄した魔闘拳士が拳を振り上げる。堪らず聖剣の腹を相手に向けたケントは、左手も剣の腹に添えて受けに回るしか無かった。


 激しい打撃音とともに、とてつもない衝撃が両腕を襲う。両足を踏ん張って耐えなければ吹き飛ばされそうな拳圧が勇者を打ち抜こうとしていた。

 そこへ、ひょいと下からガントレットが差し入れられた。その先端には穴が口を開いている。おそらくそこからは先程嫌な予感に駆られて斬り払った、ほとんど見えない光の筋が発射される筈だ。

「!!」

 瞬時に判断したケントは地を蹴って後ろへ身を投げ出す。肩当てショルダーガードが焦げるような音を立てるが辛うじて身を反らし、何とか受け身を取ってゴロゴロと地を転がってから俊敏にしゃがみ立ちの姿勢を取って魔闘拳士を睨み付けた。


「お前、飛斬をっ!」

「だってあれは魔法じゃないですか?」


 事も無げに魔闘拳士が告げてきた。


   ◇      ◇      ◇


「何なんだ、あれは!?」


 カシジャナンは光輝の粒に変えられる飛斬を見て驚愕の声を上げる。

 不可視の飛斬は、格闘戦に於いては圧倒的な威力を示す。風刃ウインドエッジと同等の効果とは言え、威力は遥かに高い。速度あしも速くて見切り難い性質を持っている上、生半可な魔法散乱レジストくらいは貫く力がある事を考えれば、魔法士はそれを破られると欠片も思いもしなかったのだ。


「何言ってるの?」

 青髪の美貌がゾクリとするような流し目を寄越す。

「あの人の異名には『魔法士殺し』っていうのがあるのよ?」


   ◇      ◇      ◇


 立ち上がったケントは横薙ぎの飛斬を放つ。魔闘拳士は半身になって、紡錘形の光の盾を横向きに構える。当然、彼の身体に当たるべきだった部分の飛斬は光の粒に変えられてしまった。


(一体何なんだ、こいつ? 飛斬が魔法なら恐くないって言うのか?)


 腰溜めから連突きで飛斬の棘を相手の全身に散らせて放つが、両腕の光の盾を器用に動かして全て防いでしまう。明らかに見切られている。この攻撃を続けても全く効果は無いと思うしかないようだ。

 一度、剣を下して息を吐く。ケントには遠距離攻撃手段は飛斬しかない。やはり、聖剣の間合いでの近接戦に持っていくしかない。


「その剣、魔法干渉するんですね? じゃあ、斬り合いも可能になりますか」

 そう告げた魔闘拳士が、両腕のガントレットから透き通る薄黄色の光の剣を生やした。二つのスリットから伸びた光の剣は鋏のような形をしているが、振り回せば当然剣として機能はするだろう。

「お前、拳士が俺と斬り合おうって言うのか?」

「マルチガントレットで受ける事も出来ない剣の持ち主に言われたくないですね。正面から打ち合うには工夫が必要なんですよ」

「なら、本気で来いよ? 合わせるだけの気なら痛い目見るぞ?」

「そうさせていただきますよ」


 動いた魔闘拳士に対して担いだ剣を斜めに振り下ろすと、捻りから繰り出した光の剣が聖剣と衝突し、光の粒が舞った。聖剣は光の剣に食い込んでいるが、そこで魔法同士の干渉で止められている。

 その間に忍び込もうと繰り出された右の光剣を、ケントは自身のガントレットで弾いた。彼の装備品は帝都ラドゥリウスで皇帝から下賜された物であり、かなり魔法防御力の高い逸品である。魔闘拳士が魔法干渉すると指摘した時から、彼の光剣も魔法の産物だと分かった。ならばケントの装備品でも弾けると読んでいた。


「はああっ!」

 読み勝ちしたと思ったケントは、更に奥の手を繰り出す。気合いの声とともに聖剣の長大な剣身は炎を纏い、その熱量をも以って魔闘拳士を薙ぎ払おうとする。彼もその場で躱そうとはせず、大きく下がってやり過ごした。

 ケントが狙い通りの間合いで斬り合えると感じた刹那、魔闘拳士がガントレットに指を走らせた。すると薄黄色かった光る剣が、その色を青く変える。


(何だ? 意味が有るのか?)

 再び踏み込んできた魔闘拳士に炎の剣を振るうと今度は刃を合わせてくる。魔法同士が干渉し合う鈍い音が鳴ったかと思うと、聖剣の纏っていた炎が吹き散らされた。

 魔闘拳士がにやりと笑っている。予想通りの結果だったようだ。

(くそっ! 妙な手管ばかり使いやがって!)

 繰り出す手を一つずつ潰してくるやり方に苛々し始める始めるケント。


「これならどうだ! おりゃあっ!」

 聖剣の表面に水を生み出すと、高速の水流が剣身の周囲に渦を巻く。今の状態でなら打撃力を増すだけだが、更に魔力を込めて水流を激しくすれば相手の身体を斬り刻む事も可能だ。

 これに対し、また魔闘拳士は赤い剣に変えて見せる。真一文字に斬り下ろす水の聖剣を、赤い光剣を交差して受けると水流が霧散してしまう。


(またか!? まったく奇術師みたいにあれやこれやと!)


 勇者のストレスは溜まる一方だった。


   ◇      ◇      ◇


 勇者ケントの魔法剣が打ち消されていくのを見て、カシジャナンは首を捻る。

 あの魔法剣に関しては彼にも対抗手段が有る。斬撃そのものは防げないにせよ、相克属性の魔法を用いて打ち消す事は可能なのだ。魔闘拳士もそれをやっているとは理解出来る。


「彼は五大属性は使えないとか言ってなかったか?」

 言葉になって漏れた疑問に答えが返ってきた。

「あれは魔法刻印。あの人、刻印士でもあるのよ。自分の弱点をしっかり心得ているから、ああやって対抗手段を準備している訳」

「やはり魔法剣か。魔闘拳士はどれだけの手札を隠し持っているんだ?」

「それこそ無数によ。あの発想力には私達もよく驚かされるもの」

 美丈夫や犬系獣人も苦笑いしているところを見ると事実らしい。実際に、ケントが繰り出す魔法剣は、次々と打ち消されて手詰まりになっていっている。


(これは、ケントにとっては一番厄介なタイプの相手に喧嘩を吹っ掛けちゃったみたいね)

 相手の能力をちゃんと調べずに突っ込んでいったのが勇者の苦戦の原因だと気付く。


 ミュルカの胸には、この戦いは長引くかもしれないという予感が湧き上がってきた。

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