昇格と贈り物

 岩石熊ロックベアの身体はくまなく調べられて、その他の豆粒大のものから親指の爪大のものまでの宝石原石も見つかり、オーリーに手渡された。

 これらは換金後分配するとオーリーが宣言したので、この隊商主を妬む声はすぐに止む。


 しかしそれで止まなかったのがカイで、岩石熊ロックベアの岩鎧をほぼ外し終えた後に皮まで剝ぎ始めたのだ。

 彼曰く「自衛の為に討伐するのは仕方ないが、それならそれで全部を利用する」のが相手に対する敬意なのだそうだ。


「それに意外と悪くないんですよ?」

 その後、夕暮れまでに辿り着いた村で焼き肉にして振る舞い、その言葉を証明する。露骨に固そうな見かけを裏切り、その肉は程よく柔らかく味は深いものだった。

 予定外にその熊肉バーベキューのご相伴に与かる事になった村人が持ち寄った野菜によって食卓は豊かになり、皆が舌鼓を打つ。

 一頭の岩石熊ロックベアはオーリー商隊メンバーと村人達全員のお腹を満たすのに丁度良い肉量だった。


「これを知ってるって事は、あなたは以前にも岩石熊ロックベアを倒した経験があるって事よね?」

 原石や肉の事などで当然出てきた疑問をチャムは口にする。

「うん、前もちょっとした宝石が出てきた。換金するのに困ったよ」

「いやそうじゃなくて、どうやって倒したのよ?あんなとんでもないの」

半刻36分ほど殴り合った。ほんと友情が芽生えちゃうんじゃないかってほどに」

「呆れた。逃げようとは思わなかったの?」

「見逃すと誰かが襲われるんじゃないかと思ったんで退くに退けなくってさ」


 その後に美味しくいただいたらしい。

 そんな手間ばっかり掛けて、肉まで消費しようとすれば当然討伐数が下がるのは当たり前でチャムにすれば「何やってんの?」って話だが、この英雄様の行動指針は何となく把握出来てきていたので一言だけ注意しておく。


「次から肉も売りなさい」

「ごもっともで」


 肉類も『倉庫』に入れて持っていけば冒険者ギルドで買取があるので利用しない手はないのだ。


   ◇      ◇      ◇


 数陽すうじつの後、バーデン商隊はレンケル伯爵が領主館を置くワーズーに到着した。


 ホルツレイン国内に深く入ってきたため、この辺りでは魔獣の数量コントロールも厳しく行われている。当然トラブルも少なくなってきて旅程は早まるが、馬車に乗り続ける者達も疲れが蓄積してきている。

 そこで隊商主オーリーはワーズーに二陽ふつか留まる決心をした。

 一陽いちにちを仕入れ等に割き、もう一陽いちにちを完全休日にしたのだ。その代り、出発後は一気に王都ホルムトまで向かうつもりのようだ。


 警護担当の冒険者にとっては仕入れは関係ないので、二陽ふつかの休日が出来た事になる。

 カイとチャムも一陽いちにちは食料や身の回りの品の補充に動かなければならないのだが、ついでに頼まれたのでアリサとタニアの随伴警護も兼ねて街中を巡る予定を立てる。


 久しぶりの大きな街で四人で買い物を楽しむつもりだが、その前に二人には冒険者ギルドに付き合ってもらってポイント精算等もしておかなければならない。

 物珍しそうにキョロキョロと見回すタニアの手を引いてカウンターに出向くと岩石熊ロックベアとの遭遇報告と討伐部位の提出、その他貯まっていた部位等の処理もお願いする。


「東南街道で岩石熊ロックベアですか?そんな事が有るんですね。解りました、注意勧告を出しておきましょう」

 タニアと手を振り合ったりしつつ報告を受けた受付嬢は、結構驚いたようだ。

 やり取りの後、受け取ったチャムの徽章を魔法記述書換装置に掛けると目を丸くした。そして満面の笑顔をチャムに向けると吉報を告げる。

「おめでとうございます、チャムさま。メダルの交換を行いますので少々お時間をいただけますか?」

「メダルの交換!?黒なのね!」

「はい、チャムさまは今陽きょうからリミットブレイカーです。更なるご活躍をお願いします」


 さすがにこの事態に外野もざわつく。

「おおおー」という声に混ざって「何!あのえらい美人がブラックメダルだと!?」などと大の男達が大騒ぎしている。


「おい、誰か勧誘して来いよ!」

「無茶言うなよ!使ってくれないか懇願するくらいしか俺には出来ねぇって!」

「それでもお前じゃ役者不足だろうが?」

 かまびすしい事この上ない。


「はーい、おめでとう、チャム。ぱちぱちー!」

「ぱちぱちー!」

 カイの音頭にタニアが乗って口まで加えて拍手を送る。

 横でアリサにまで祝福を送られると彼女もちょっと恥ずかしくなったようだ。少し頬を赤らめて「ありがとう…」と小さく答える。


 新しい徽章の中央で黒光りするメダルを掲げると誇らしげに笑う。

 その価値が全てとは思ってなくても努力が具現化するのは大きな励みになる。感激もひとしおらしい。


 その流れでカイの徽章が装置に掛けられて精算を受けるが先ほどのような笑顔はない。

「ポイント、もう少しなんで頑張りましょうね?」

「は ── い!」

「あははは。カイお兄ちゃん、子供みたい」

 実際、半ば子供扱いなのは否めない。

 それでも本人は一向に堪えた風はないし、彼が何者か知っている人間達は笑いを噛み殺すのに苦労する羽目になる。


 冒険者ギルドを後にした面々は予定通り買い物を楽しむのだった。


   ◇      ◇      ◇


 翌陽よくじつ、隊商でほぼ貸し切り状態になっている宿屋の裏庭を借りて陣取り、カイは呼び出したチャムを前にしていた。

 なぜかタニアもくっついてきているが、この数巡数週間は普通の光景になってきているので気にしない。


「何? なんか新しい料理でもするの?」

「作るのは作るんだけど別の物だよ」 

 答えるとカイは『倉庫』から作業台を取り出し、その上にドンと金属塊を出した。

「これは…」

「ミスリル。チャムは魔法剣、使えるでしょ?」

「…よく解ったわね?」

「だってあの魔法は物体への付与も簡単なはずだもん。もしかしたら刻印剣より複雑で高度な魔法剣も使えるんじゃない?」

「それほど極端に優れているものってわけじゃないけど、単純な属性付与しかない刻印剣より色んな事は出来るわね」

「それならどうあれ魔力の通りの良いミスリルで剣を作るのが正解でしょ?」

「剣を作るの? これも結構良いミスリル剣なんだけど」

 そう言うとチャムは腰の剣をひとつポンと叩いて見せる。そう言えばこの少年にしか見えない青年は変形魔法の使い手だったと思い出す。

「まあ、そこはそれ。ひと工夫するから仕上げを御覧じ有れ」


 カイは無造作にミスリル塊を掴むとグイと引き延ばす。

 手元に魔力が集まっているので当然魔法を使用しているのだが、まるで粘土細工のように見えてしまう。次に棒状にしたミスリルの上に手を翳し、ゆるゆると横へずらしていくと、ただの棒が剣に変形していく。


「へえ」

「わあ!」

 そうそう見れるものではない見世物に、二人は感嘆の声を上げる。

「こんな簡単なものなの?」

「その辺りは攻撃魔法とかと案外変わらない。要するにイメージ力だよ」

 変形した物を持ち上げ、チャムに手渡す。

「これはまだ荒型。でもバランスとかは基本的に変わらないから確認してみてくれる」

 受け取って少し離れるとチャムは剣を翳して一気に振り下ろす。

「ちょっと重いわ。バランスは今のと変わらないから振り易いけど」

「そこは意識的にやったところ。腕力に合わせてこれくらいのほうが威力はグンと増すと思うよ」

「今、使ってるやつは既製品。そりゃこんなオーダーメイドみたいな調整まで要求できないわ」

「じゃ、もう少しだけ先重心になるから」


 見抜かれているのに驚いたが、突っ込まないでおく。

 剣をまた作業台に戻したカイは次の作業に移る。別の金属塊を『倉庫』から取り出すと、今度はもっと細長く伸ばす。それを剣の刃に添わせて置き再び手を翳すと、その金属は溶け込むように混ざり合っていった。


「さっきのまさか…」

「気付いた? オリハルコン」

 ほのかに赤い、金属光沢に乏しいその素材を目にする機会は極めて少ないが、剣の素材としてはこの上ないと言われるもの。それを簡単に使ったように見えてチャムは戸惑う。

「そんな金より遥かに高価いもの、どうしたのよ! って言うか、何で使うのよ!」

「え?だって硬くて軽くてこれほど刃物に向いたもの、無いんじゃないかな?」

「だから貴重な物は自分で使いなさいよ」

「使ってるよ。マルチガントレットの手袋の部分はオリハルコン製だし」

 もっともな言い分だ、

「そ、そう。あの…、大丈夫なの?」

「湯水のようにって訳にはいかないけど、そこそこストックあるよ。正直、そんなとこくらいにしかお金の使い道が無くってさ。大事な人に使ってもらうために貯め込んだものなんだから受け取って欲しいな」

「う、うん。解ったわ。申し訳ないけど」

 同意を得ると剣を手にして真剣な顔つきになる。


「ここから集中して刃を研ぐから黙るね」

 刃の部分に指を当ててじりじりと動かしていく。

 これまでにない魔力の高まりを感じて、チャムは相当困難で神経を使う作業に入ったのだと知る。雰囲気に飲まれたのかタニアも手に汗握って見守っている。

 しばらくして刃先から指を離し、根元から刃筋を睨んだカイは「ふぅ…、良し」と漏らして一度剣を置く。


「もうちょっと待ってね、固定化するから」

「固定化?」

「今の形状を書き込むんだ。これくらい精密を必要とする道具でも、それをやっておいたら次からリペアで復元出来るから」

 剣全体をスッとなぞると、チャムに向けて差し出してくる。黙って受け取り、何度か振ってみてその馴染み具合にちょっと感動して感謝を伝える。

「ありがとう。大事に使わせてもらうわ」

「うん、喜んでもらって嬉しいよ。昇級のプレゼントね」


「タニアもなんか欲しい…」

 そんな二人の様子を見ていた彼女はそれが二人の繋がりに見えて羨ましくなったようだ。

「ん? じゃあ、何にしよう。ペンダントでいいかな?」

「うんっ!」


 ちょっと洒落たデザインのペンダントトップをミスリルで作ると、持ち合わせの細い鎖に通して着けてあげる。

 タニアは喜んでカイに抱きつき、贈り物を眺めてはニコニコしている。実はペンダントの装飾に中に小さな宝石も組み込んであり、彼女が将来もし困ることが有れば処分すれば良いと思って渡した。


 しかし、実際にはそこまでしなくても、魔闘拳士のお手製と分かればとんでもない価格の付くものだとは本人も与り知らぬところだった。

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