第29話

「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホ!」


 う、うるさいなぁ……

 でも、アルトマンたちと一緒にいる大和君、無事なようで何よりだ。

 師匠は――迷いはなさそうだ。

 それにあの少女――あれがファントムなのか? ……随分とかわいくなっている。

 そして、大和君と一緒にいる彼は――七瀬幸太郎君だ……

 ……本当に普通な人だ。


 サウスエリア内にある滅多に使われない研究所内からアルトマンたちが現れると同時に、この場の責任者である麗華はわざわざ使わなくてもいいのに拡声器を使って高笑いを上げていた。


 迷惑なほど大声量の麗華の高笑いに、近くにいるセラはもちろん、この場に集まってくれた有志の協力者、そして、アルトマンたちでさえも耳を塞いでいた。


 ……不思議だな。

 優輝が言っていた通り、ティアが思っていた通り、敵意を感じられない。

 それに、どうしてだろう……どうしてこんなにも……

 彼と会えて嬉しいと思っているんだろう。

 どうして、今の彼を見て罪悪感と悲しさが溢れるんだろう。

 どうして、こんなにも胸が高鳴ってしまうんだろう……


 麗華の高笑いに迷惑しながらも、セラは現れたアルトマンたちと拘束された大和、そして、写真や映像でしか見たことがなかった七瀬幸太郎の様子を窺うことに集中していた。


 いよいよアルトマンたちを追い詰めているという状況だというのにもかかわらず、セラは幸太郎と会えた嬉しさと、不思議と罪悪感が芽生えるとともに、今まで感じたことのない胸の高鳴りを感じて、顔が、身体がほんのりと熱くなってしまっていた。


「恐れずに私たちの前に現れる度胸は認めますが、無駄な抵抗を止めて今すぐ降参するのですわ! この場は完全に包囲されていて逃げられませんし、この数を相手に戦えるほど戦力は整っていないのでしょう?」


 武輝を手にした大勢を味方につけて、得意気に胸を張った勝ち誇る麗華。


 一応アルトマンたちに説得を試みている麗華だが、多くの騒動を起こして無関係の人間を大勢巻き込んだアルトマンに対しての怒りを抱いているので、抵抗する気配を見せたら数の暴力で彼らを圧倒して即座に捕まえる気でいた。


 説得をしてきた麗華に近づくためにアルトマンたちは一歩前に出た瞬間、彼らを囲む大勢の輝石使いたちは身構えた。


 だが、何もアルトマンたちが仕掛けてくる様子はなかったので、身構えて今にも飛びかかりそうな雰囲気を放っている輝石使いたちを麗華は片手で制した。


「いやぁ、ごめんね、麗華。捕まっちゃったよ」


「シャラップ! あなたへのオシオキは後回しですわ! 首を洗って待っていなさい!」


 一歩前に出ると同時に麗華と目が合ったバニーガール姿の上に、誰かから借りた上着を着ている大和は、キュートにウィンクをして捕まって迷惑をかけたことへの謝罪をするが、麗華の怒りは収まるどころか更に燃え上がっていた。


「よくぞここまでの人数を集めたものだ」


「あなたを相手に遠慮という言葉は存在しませんわ」


「そこまでアカデミーが本気になってくれて光栄だ」


「ええ、誇ってもいいですわ。あなたはアカデミー史上最悪の悪人として名を残して、暗い牢獄の中で一生過ごすのでしょうから」


 一触即発の張り詰めた状況で、アルトマンは軽い調子で口を開いた。


 そんなアルトマンに対して警戒を抱きながらも、麗華も嫌味を含んだ軽口で返した。


「……ここは素直に従ってください」


「相変わらず甘い奴だ、ノエル――まだ私を父と思っているのか?」


 間に入ればきっと迷惑になると思って黙って見届けるつもりだったノエルだが、突き動かされるままに間に入って父・アルトマンに有無を言わさぬ態度で、しかし、懇願するように投降を促すノエル。


 いまだに自分を父と慕う気持ちを抑えきれないでいるノエルの思いを嘲笑うアルトマンに、「ノエルをバカにするな」と無表情ながらも静かな激情を宿したクロノが姉の前に出てきた。


 ノエルとは対照的に、生み出した父も同然な存在に反抗心を抱くクロノに、アルトマンは感心したように頷いた。


「やはり突然変異で生まれたお前こそが成功作だ。素晴らしいぞ、クロノ――その調子だ」


「成功作だとか失敗作だとか関係ない――ノエルは迷いながらも自分の意志でオマエの前に立っている、そのことを忘れるな。それに、オレはもちろん、ノエルもオマエを全力で止めることに関しては異論も迷いはない」


「だとしても、まだまだ甘い――私が望んでいるのはクロノ、お前の迷いのなさと、反逆の意思だ」


 自身に反抗的な態度を取るクロノをアルトマンは期待の眼差しで見つめていた。


 ノエルとクロノとの一連のやり取りで周りの空気が更に悪くなる中、だぼだぼのパーカーを着た可憐な少女は輝石を武輝である大鎌へと変化させた。


「いい加減暇になっちまったよ――やるのかやらねぇのか、ハッキリしようぜ?」


 あの武輝の形状……

 それに、少女から放たれるどす黒い感情――

 間違いない……やっぱり、ファントムだ。


 武輝である身の丈を超える大鎌を担いで凄みのある笑みを浮かべている、一人好戦的な少女を見て、彼女がファントムだと改めてセラは確信すると同時に、少女・ファントムから発せられるどす黒い気配と圧倒的な力に、場の緊張感は一気に増した。


「目的を忘れるな」


 今すぐにでも弾けそうなほどの緊張感を落ち着かせるのは宗仁の一声だった。


 アルトマンに協力しながらも、大勢の輝石使いから尊敬を集める伝説の聖輝士だからこそ、この場にいる全員の注目を集め、一触即発の空気を一気に治めた。


「さすがは伝説の聖輝士様だ――この場は一旦君に任せようか」


「まずは我々の話を聞いてもらいたい」


 嫌味っぽいアルトマンの言葉を軽く流した宗仁は、話を聞いてもらおうとするが――


「今更になって話がしたいとは、勝手なことだ」


 今まで肝心なことを何も言わなかったのにもかかわらず、ここに来て話をしようとする父・宗仁を非難するように優輝そう吐き捨てた。


「言いたいことはわかるが、今は黙って話を聞いてくれ」


「話がしたいのならば、まずはこの場を治めることが最優先だと思いますが?」


「そうしたいのは山々だが、それでは今までのことが無意味になってしまう。まずは我々の話を聞いてから、判断してくれ――頼む」


「……あなたは本当に卑怯だ」


 言いたいことはたくさんあるのだが、頭を下げる父に何も言えなくなってしまう優輝。


 そんな優輝に代わって、隣にいるティアが話を続ける。


「……師匠、これから一体あなたは何を話すというのですか?」


「真実だ」


 これから真実を話すと言っている師匠の言葉に興味を抱くティアだが、アルトマンたちが不審な真似をする危険性が大いにあり得るため、優輝の言う通りこの場を一旦治めて話は後で聞きたい気持ちも存在しており、この場をまとめている麗華に視線を向けた。


「あなたの口から語られる真実について、私個人はとても気になりますわ――しかし、今のあなたは伝説の聖輝士であってもアルトマンの協力者、この場をまとめている身としては、今もこうして話をしているのもアルトマンが何らかの時間稼ぎをするための手段であるという可能性がある以上、この場にいる全員を守るため、さすがに許可できませんわ……ひとまずこの場は私たちに捕まっていただければ、幸いですわ」


「さすがは鳳大悟の娘、父と同じ冷静な判断力を持っているようだ――しかし、今この場で真実を言わなければ、真実は再び闇の中に葬られる可能性がある」


「それでは、抵抗をすると?」


「話を聞いてもらえるまでは、そのつもりでいる」


 師匠たちは話をしたいみたいだけど……

 麗華の言う通り、この場を凌ぐための時間稼ぎをされる可能性もあるんだ。

 だから、今すぐに捕らえるべきだとは思う――でも……


 この場をまとめている身として、私情を排してアルトマンたちを捕えるのを優先させる麗華に敬意を表するが――それでも、宗仁は一歩も退かなかった。


 一歩も退く気も妥協もする気のない師匠を見て、話し合いはこのまま平行線となり、戦うことになるだろうと容易に想像ができるセラだが――


 戦う力のない幸太郎が戦いに巻き込まれてしまうこと、そして、宗仁が言う真実がティアや麗華と同様にセラも気になっていたからだ。


「伝説の聖輝士の威光をもってしても、無駄に終わったか」


「それじゃあ、やっちまうか? やっちまおうぜ、今すぐにでも」


「まだ何も終わってない――ファントム、判断を誤るな。……まったく、もう少し準備時間が足りていればよかったというのに……伊波大和、君の出番だ」


 膠着状態になり、一人戦意を漲らせるファントムが暴走する前に、さっさと話し合いの場を設けるため、アルトマンは拘束されている大和に視線を向けた。


 アルトマンの視線を受け、それ以上に隣で先程からずっと黙って麗華たちを見つめている幸太郎を一瞥した大和は、「はいはい」と仕方がないと言った様子で話をはじめる。


「まあまあ、麗華。固いこと言わないで、彼らの話を聞いた方がいいかもよ?」


「シャラップ! あなた一体どっちの味方ですの!」


「真実を聞いた身としては……正直、よくわからないかな。あまりにも荒唐無稽な話だったからさ。でも、聞く価値はあると思うよ」


「……何を聞きましたの?」


「やっぱり、麗華も気になってるんだね」


「グヌヌ……揚げ足取りは無用ですわよ!」


 真実を聞いたという自分の言葉に反応する麗華に、ニヤニヤ笑う大和。


 自分の胸の内を見透かしてくる大和に悔しそうな表情を浮かべる麗華。


「麗華さんお願い、話を聞いて」


 中々進まない状況に耐え切れず、幸太郎は手を合わせて麗華に懇願した。


「相変わらず馴れ馴れしいですわね! あなた一体何なんですの? どうして、こんなにも私の中に……――と、とにかく! 今はこの場を治めるためにも一旦捕まってもらいますわよ!」


 懇願する幸太郎の姿を見て、麗華は一瞬動揺が広がってしまうが、すぐに我に返り、一旦この場を治めるためにアルトマンたちを捕えることを決定する。


 麗華の一言で、麗華の大勢の味方たちは一斉に殺気立ち、アルトマンたちが下手な真似をすれば今すぐにでも飛びかかる準備を整えていた。


 そんな状況でも大勢の闘志を感じ取って好戦的な嬉々とした笑みを浮かべているファントムを除いて、アルトマンと宗仁は輝石を武輝に変化させようとはしなかった。


 一気に状況が戦う方向へと変化するが――


「待つんだ!」


 セラの鋭い声が周囲に響き渡り、高まっていたボルテージに歯止めをかけた。


 しんと静まり返る中、セラは麗華よりも前に出てアルトマンを睨むように見つめた。


「話を聞いたら、お前は大人しく捕まるのか?」


「無事に話を終えたら、大人しく捕まると約束しようじゃないか」


「話を聞くつもりはなかったらどうするつもりだ」


「その場合はこちらも話を聞いてもらうまで抵抗を続けよう」


 ……信用はできない。

 でも、できれば被害は最小限に抑えたい――麗華もそう思っているはずだ。

 だけど……一体何を考えているんだ、アルトマン。


 セラの問いに意味深な笑みを浮かべて答えるアルトマン。


 そんな態度のアルトマンの言葉を信用するのは危険だとセラは判断するが、自分を信用できないといった様子のセラを見透かしたように、仰々しくやれやれと言わんばかりにため息を漏らすアルトマン。


「信用できないのならば、こちらも誠意を見せようじゃないか」


「僕を解放しちゃってもいいのかい? 貴重な人質がいなくなれば麗華たちが遠慮する理由はなくなって、君たちに襲いかかるかもしれないんだよ?」


「誠意を見せるためだ、仕方がない――まあ、彼女たちは栄えあるアカデミーの一因、我々の誠意を無視して襲いかかる悪辣非道な行いはするはずはないだろう?」


「意地悪だなぁ。それを言っちゃうと誰も手出しができなくなるじゃないか」


「我々はただ平和的に解決したいだけだ」


「まったく……どの口が言うんだか」


 アルトマンは後ろ手に縛っていた大和の拘束を解いて、彼女を解放した。


 不安を煽る大和の一言を気にすることなく、麗華たちのプライドを刺激するアルトマン。


「ただいま、麗華」


「終わったらオシオキをするので覚悟しておきなさい!」


「お手柔らかに頼むよ――っていうか、この姿が僕にとってはオシオキなんだけどね」


 ……まったく、麗華は相変わらず素直じゃないな。

 取り敢えず、大和君が無事に戻ってきてくれてよかった……

 でも――ここからが本番だ。

 アルトマン――一体何が目的なんだ?


 自分の元へ無事に戻ってきたバニーガール姿の大和を怒りを込めた目で一瞥する麗華だが、怒り以上に安堵しているのを、彼女の隣に立つセラは感じ取って微笑ましく思っていた。


「……何が狙いですの?」


「我々はただ話したいだけだ――さあ、どうする? 今度はそちらの誠意を見せる番だが?」


「グヌヌ……下手に私が手を出せないということを知っておきながら……卑怯ですわ!」


 麗華の問いに、相変わらずの答えを返すアルトマン。


 貴重な人質である大和を解放するという誠意を見せた以上、麗華のプライドが下手に彼らに手を出すことを許さなかった。


「僕という人質を解放したということは、どんな手段を用いても彼らがこの場を逃げられる可能性はかなり低くなったっていうことだ……麗華、話を聞いてみてもいいんじゃないかな? それとも、君は――いや、君たちは卑怯者になって彼らを捕まえるつもりなのかな?」


 麗華だけではなく、この場にいる全員のプライドを刺激する大和の言葉に、熱くなっていた場の雰囲気が一気に静まり返る。


 もちろん、卑怯者と罵られようがアカデミーのため、未来のため、手段を問わずにアルトマンを捕らえるべきだと思っている人間もいたが、彼らが全力で抵抗すると言っている以上、無駄な被害を減らすために彼らの話を聞いてみるのも、この場を安全に治める一つの手段であると思いはじめていた。


 だが、アルトマンたちを目前に追い詰め、今なら多少の被害は出てしまうが確実に彼らを捕えることができるという、圧倒的に有利なこの場の雰囲気を崩したくないという思いが麗華たちに二の足を踏ませていた。


「麗華、私も大和君に同意するよ。プライドの問題関係なく、私は彼らが知る真実を知りたい」


 誰もが沈黙し、誰かが状況を打破するのを待っている中、先陣切ってセラが発現をする。


 セラはアルトマンたちが知る真実を知りたかった。


 知れば、自分の中にある違和感が解決できると思ったからだ。


 確証はないが、そんな感じがしたからだ。


 麗華もまたセラと同じことを思っていたのだが、この場を任されている身としては安易にそれを口には出せなかった。


「し、しかし、セラ。相手はアルトマンですわ」


「わかってるよ。信用も油断もできない相手だし、今まさに時間稼ぎをしてこの場から逃げようとしているかもしれないってことも。でも、さすがのアルトマンたちでも、いくら何かの手段を用いてもこの数を一度に相手にして無事では済まないだろうし、人質を利用されることもなくなったんだ……誰も傷つかないのなら、それに越したことはないし、もしも裏切るつもりなら、その時は容赦なく叩き潰せばいい」


 今の自分たちの状況が圧倒的に有利であるということを伝えるセラの言葉に、麗華は揺らぐ。


 麗華は縋るような目をノエルやティア、巴たちに視線を向けると、何も言わなかったが彼女たちも――いや、彼女たちだけではなく、麗華の視線に映る全員がセラの意見に同意しているようだった。


 セラの言葉で一気に場の雰囲気がアルトマンの話を聞く方向になってきたのを感じ取り、麗華は小さくため息を漏らし――


「一分差し上げましょう――その間に無駄だと判断すれば捕らえますわ」


「十分だ」


 麗華の許可を得て、アルトマンは安堵したような、それ以上に邪悪に微笑んだ。


 そんなアルトマンの笑みを見てセラは一瞬身構えるが――


「ありがとう、セラさん、麗華さん」


 張り詰めた雰囲気を一瞬で弛緩させる呑気な声――幸太郎の声が響く。


 純真無垢な光を宿した真ん丸の幸太郎の目に見つめられ、セラは不思議と引きつけられてしまったが、そんな自分に喝を入れるように「オホン!」とわざとらしく咳払いした


「私はただ真実が知りたいと思っただけです。感謝される筋合いはありません――それに、あなたもアルトマンの協力者である以上、捕まえるつもりですから覚悟してください」


「その時は優しくしてね」


「ふざけないでください……まったく、あなたと話しているとバカバカしくなるな」


「ありがとう?」


「褒めてませんから!」


「和気藹々と話しているところ失礼しますが、時間は刻一刻と過ぎていますわよ。ちなみに、もう三十秒を過ぎていますわよ」


 すっかり幸太郎のペースに乗せられてしまって、周囲に脱力感を振舞っているセラと幸太郎の間に入り、気を引き締め直す一言をため息交じりに言い放つ麗華。


「君が会話に入ってくると邪魔になるから黙っていると言っただろうが! ああ、もう! 時間がなくなってしまう! 宗仁! どうにかしろ!」


「ほら、七瀬君。今は黙っているんだ」


「あ、ごめんなさい」


 貴重な時間を無駄にする幸太郎にヒステリックな声を上げて怒るアルトマン。


 邪魔をさせないために宗仁が現れ、幸太郎を下がらせた。


 冷静沈着で慎重な父も同然の存在がヒステリックな声を上げて怒った様子を、ノエルとクロノは意外そうに見つめていた。


 そんな二人と、大勢の視線に気づき、羞恥で顔をほんのりと赤くさせたアルトマンは「ウォッホン」とわざとらしく咳払いをして、元の冷静沈着クールガイな自分と、緩んでしまった雰囲気を戻す。


 与えられた一分という短い間で色々と言いたいことがあったのだが、無駄に時間が過ぎてしまったので、無駄なことを省いて要点だけを伝える。


「取り敢えず、私はアルトマン・リートレイドではなく、そのイミテーション。そこにいるファントムよりも以前に生み出された、アルトマンの遺伝子から生み出された存在だ」


 自分の話しに興味を持たせるために、アルトマン――ヘルメスは自分の正体を告げた。


 アルトマンのイミテーションだということを告白した瞬間、周囲に動揺が広がったのを感じたヘルメスは満足そうに微笑んだ。


「一分経過――どうかな? これから話す真実に興味が惹かれるだろう?」


 ヘルメスの言葉に、約束の一分が過ぎていたことを忘れるほど動揺していた麗華は我に返る。


「た、確かに驚きましたが、あなたがイミテーションだという証拠はありませんわ!」


「それを今から説明したいのだが――……どうだろう?」


「……いいでしょう」


「感謝するよ――これで、我々の目的は果たされた」


 ……やはり、信用はできない。


 まんまと自分の魂胆に乗って、話を聞く姿勢になった麗華や周囲を見て、ヘルメスは嬉々とした笑みを浮かべるヘルメス。


 そんなヘルメスな態度に、彼の話を聞くべきだと最初に提案したセラの不信感と警戒心が強くなり、若干自分の判断を後悔してしまった。


「……麗華、本当にいいの? 興味を持たせるのが彼の狙いなのに」


「わかっていますわ……ですが、もう少しだけ詳しく聞くべきですわ……この先彼の口から告げられる真実次第で、状況はまったく変わってきますわ」


「それはそうだけど……わかったよ。もしもの時は私が責任をもって止めるからね」


「その時は私も責任をもって彼らを叩き潰しますわ」


 ヘルメスの話を聞くべきだと言った身としてセラは麗華の言葉に従い、もしもの時のために彼を警戒することに集中する。


 自分を制止させようとしたセラがひとまずは大人しくなったのを確認したヘルメスは、話を再開させる。


「我々と君たちの――は共通だ!」


 ――あれ?


 ヘルメスが話をはじめた瞬間、説明できない違和感がセラを襲った。


「君たち――……――だ! ――は、――を持つ、を用いて君たちから――を奪った! そして、ここにいる七瀬幸太郎は――と同じ――を持っている!」


 ――何だ? 今、何を言ってるんだ?

 耳が変だ……


 説明できない違和感に戸惑いながらもヘルメスの話を聞いていたセラだったが、徐々に声高々に話す彼の声がノイズ交じりになり、上手く聴き取れなくなってしまう。


 自分だけかと思い、セラは隣にいる麗華や、ノエルたちや、大勢いる味方たちの様子を見ると――彼女たちも小首を傾げて耳を触り、一部の人は抜け殻のように目を虚ろにしてボーっと突っ立っていた。


 みんな、何か変だ……一体、何が……

 耳が――いや、耳だけじゃない……視界が変だ。

 いや……全身が変、だ……力が入らない……


 この場にいる全員の様子がおかしいことに気づいたセラだが、同時に耳だけではなく、視界も、身体もおかしくなっていることに気づいた。


 麗華たちの様子を確認していた時は明瞭としていた視界が、濃い霧がかかったかのようにモヤモヤして一気に視界が悪くなってしまった。


 そして、全身の力が一気に抜けてしまったセラ、そして、ヘルメスたち以外この場にいる全員が地面に突っ伏してしまった。


「――何だ、どうした?」


 全員の異変を察知したヘルメスの声が辛うじてセラの耳に届いたが、思考ができないほど頭がぼんやりとしてしまい、今にも意識を失いそうになってしまっていた。


「宗仁さん、しっかりしてください! セラさん、麗華さん、ノエルさんもしっかりして!」


 七瀬君――

 ……ダメだ……意識が……


 手放しそうになっていた意識が、幸太郎の声によって一瞬蘇ったセラだが、すぐに意識が途切れそうになってしまう。


「まったく……厄介な真似をしてくれたものだ……」


 誰だ、この声……

 ……今、誰が……


 意識が失いそうになるセラの耳に届く、何者かの嘆息交じりの声。


 その声が聞こえた瞬間、何者かもわからないというのにセラの中で怒りが爆発し、失いそうになっていた意識が一気に覚醒しそうになるが、まるで見えない何かに抑えられているかのように意識を完全に覚醒させることができなかった。


 ――七瀬君……七瀬く……――

 幸太郎君……幸太郎――


 意識が失う寸前、セラの頭の中には出会ったばかりの七瀬幸太郎のことしか浮かばなかった。


 幸太郎のことを思いながら、セラの意識は途切れてしまった。

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