第16話

 爆発音が響き渡ってすぐに、プリムはジェリコとともに会場内に避難するために走っていた。


 時折屋台の出し物に目を奪われるプリムだが、誘惑を堪えて避難を優先させていた。


 徐々に会場入り口に近づくプリムたちだが、その間にも連続して絶え間なく響き渡る爆発音のせいで徐々に会場に長蛇の列を作っている観光客の表情に不安の色が表れはじめていた。


 パニックになる手前の彼らの表情を見て不安を抱くプリムだが、それ以上に違和感があった。


「――なあ、ジェリコよ」


「話は後に。今は避難を優先させてください」


 浮かんだ疑問を口にしようとするプリムを、何よりも避難を優先させているジェリコに遮るが、一度口にしようとした疑問はすぐにプリムの口から零れ落ちる。


「しかし、この爆発、本当に花火のように聞こえるな」


「楽観的になるのは早いかと。何が起きているのかまだ漠然としていないのです」


「だが、もしもアカデミーに敵対する者たちならば、この爆発でもっと甚大な被害を出したとは思わないか? それに、何が起きているのか実害が出ているのだから、すぐにハッキリとするとは思わないか? ……何だかこの騒動はおかしい気がする」


 現状に違和感を抱くプリムの言葉に、避難を優先させていたジェリコも心の中で同意を示し、彼女と同じ違和感を抱いてしまうが――突然どこからかともなくプリムに向けて発射された光弾に、ジェリコの思考はすぐにプリム護衛に切り替わり、輝石を武輝である二本のダガーに変化させ、プリムに向かってくる光弾を真っ二つにして切り裂いた。


 光弾の対処をすると同時に現れてジェリコたちを囲むのは、スーツを着た六人の屈強な体格の男たちであり、全員輝石使いで武輝を手にしていた。


 突然の騒動にジェリコたちの姿を目撃していた通行人たちはパニックになる。


「お前たちは何者だ! この私を次期教皇最有力候補、プリメイラ・ルーベリアと知っての狼藉か!」


 複数人から敵意を向けられているというのに、プリムは怯まずに彼らを睨む。


 自分たちよりも遥かに年下で幼いプリムから放たれる威圧感に一瞬気圧されてしまう彼らだが、そんな自分に喝を入れるようにプリムに襲いかかる――が、それよりも早くプリムの威圧感によって一瞬気後れした彼らの隙に、彼らの背後に音もなく回り込んでいたジェリコは次々と、確実に不意打ちを決めて一人ずつ、目にも止まらぬ速度で一気に片付ける。


 六人いた敵は、ジェリコの手によって息つく間もなくあっという間に倒された。


 ――しかし、倒すと同時に潜んでいた敵たちがジェリコとプリムに襲いかかる。


 自分とプリムに迫る敵たちだが、ジェリコの表情は涼し気だった。


 ジェリコには既に、目の前の敵たちが倒れる姿が見えていたからだ。


 そして、プリムもまたジェリコを信用しており、目の前に敵が襲いかかってきたも狼狽えることなく腕を組んで堂々と立っていた。


 ジェリコに凶刃が迫り、プリムを攫おうとする敵だが――


 突然どこからかともなく放たれた光弾が彼らの行動を中断させた。


 光弾を放ったのは、武輝である腕全体を覆う手甲を両腕に装着した、スーツを着たスキンヘッドの屈強な体格の大男――サラサの父であり、煌石一般公開の間ジェリコとともにプリムを含めた大勢の煌石資格者たちを護衛しているドレイク・デュールだった。


「油断するな、ジェリコ」


「あなたが来てくれると確信していたので」


「よし、ドレイク、ジェリコよ! 目の前にいる不届き者を懲らしめてやるのだ!」


 増援であるドレイクに、ジェリコだけでも強敵だというのに、彼と同等の力を放つドレイクを倒せるわけがないと早々に判断して敵たちはプリムを優先的に狙うが、そんな彼らの目論見など二人の前に脆くも崩れ去る。


 ドレイクはプリムの前に立って武輝である両腕の手甲で相手の攻撃を凌ぎ、隙をついてはカウンターを仕掛けて確実に相手を倒していた。


 一方のジェリコはプリムを狙おうとする敵を優先的に倒し、手が空いたらドレイクの死角から不意打ちを仕掛けようとする敵の背後に回って倒していた。


 ドレイクとジェリコ――かつて二人は教皇庁に所属していたボディガードであり、相棒のような存在だった。


 だからこそ、お互い何を考えているのか理解しており、護衛対象であるプリムを優先的に守りながらも、無意識にお互いをフォローし合っていた。


 そんな二人の連携に、あっという間に敵対する輝石使いたちは倒されてしまう。


「天晴だ、ドレイク、ジェリコよ!」


「……まったく、人の気も知らずに」


「同意しますが、今は避難を優先させましょう」


 あっという間に不届き者たちを倒した二人を褒め、機嫌良さそうに笑うプリムに、一言文句を言いたかったドレイクだが、ジェリコに制される。


 突然の爆発音に加えて、目の前で発生した輝石使い同士の戦いに、周囲はパニックになっており、これ以上の混乱を避けるためにもプリムを安全な場所に避難させたいジェリコだが――


 一人の人物――漆黒の服を身に纏い、顔全体を覆うフードを被った謎の人物が行く手を阻む。


 さっきまで相手にしていた輝石使いとは明らかに異質な雰囲気を身に纏い、その人物から放たれる静かな、それでいて圧倒的な力の気配にドレイクとジェリコは気圧されていた。


「……お前は何者だ。先程の不届き者とは雰囲気が違うな」


 ジェリコたちと同様に目の前の人物から放たれる圧倒的な力の気配を感じ取りながらも、気圧されそうになる自身の心を抑えて、プリムは気丈に睨んだ。


 プリムの問いかけに何も答えることなく、その人物はチェーンに繋がれた輝石が握られた手をプリムにかざす。


 何か攻撃を仕掛ける――プリムの前に立つジェリコとドレイクはそう思い、身構える。


 その瞬間、握られた輝石は白い光を放ち、その光がうねうねと蛇のように動いた。


 蛇のように動く白い光はそのままドレイクとジェリコに向かって移動する。


 不規則な動きに戸惑いながらも、迫る白い光に対応する二人だが――目の前にいた謎の人物は、二人が白い光に意識を向けた隙にプリムの背後に一瞬で回り込んでいた。


 何も言わずにアイコンタクトでジェリコはドレイクに白い光の対応を任せ、庇うようにしてプリムの前に立ち、謎の人物と対峙し、問答無用に攻撃を仕掛ける。


 左右の手に持った武輝であるダガーを流れるような動作で、時折フェイントを織り交ぜながら振るうジェリコだが、謎の人物は最小限の動きで彼の攻撃を回避。


 その間にドレイクに向かっていた蛇のように動く白い光は、突然光の槍に変化すると、激しい動きでドレイクに襲いかかり、避ける間を与えずに彼の足元に突き刺さる。


 突き刺さった光の槍は形状が変化すると、今度は紐状に変化してドレイクの身体に巻き付いて拘束した。


「ど、ドレイク!」


「逃げろ! この騒ぎで増援が近くまで駆けつけているはずだ。そこまで何としてでも逃げるんだ」


 自分を心配して駆け寄ろうとするプリムを一喝し、この場から逃がそうとするドレイク。


 二人を置いてこの場から逃げるのを躊躇うプリムだが、すぐに自分がこの場にいても足手纏いになると判断して意を決して逃げる。


 プリムが逃げるのを確認して追いかけようとする謎の人物だが、ジェリコの激しい攻撃がそれを阻止する。


 謎の人物が早々に自分たちよりも強いと判断したドレイクとジェリコは、プリムが逃げるまで、増援が来るまでの時間稼ぎをするのに徹していた。


 ドレイクが拘束されて動けなくなった分、ジェリコが必死で時間稼ぎをしているのだが――今まで回避に徹していた人物がここではじめて動き出す。


 激しく、それでいて流れるようなジェリコの連撃を回避すると同時に、チェーンに繋がれた輝石を握り締めた拳で彼の鳩尾を殴る。


 僅かにだが握られた輝石から放たれる、輝石の力が込められた一撃に一瞬怯むジェリコだが、その一瞬でドレイクのように紐状に変化した光によって拘束されていしまった。


 輝石の力を全身に漲らせて身体に巻きつく光をかき消そうとするが、白い光は消えない。


「ど、ドレイク、ジェリコ! くっ、放せ! 何をするのだ! 放せ!」


「くっ――待て! プリム様をどうするつもりだ!」


 二人が拘束されて動けない隙に、謎の人物はこの場から逃げ寮とするプリムの両腕を結束バンドで後ろ手に拘束し、片手で軽く抱える。


 じたばたともがくプリムと、ジェリコの制止など気にすることなく、謎の人物はプリムを連れてゆっくりと余裕が溢れる歩調で、どこかへ去ってしまった。


「待て! 待つんだ!」


「落ち着くんだジェリコ。今は状況報告に専念しよう――……こちらドレイク、プリムが誘拐された……相手はノースエリアに向かって逃走中。狙撃犯は監視カメラの映像でプリムを追ってくれ。相手はかなり強力な輝石使いだ。注意しろ」


 じたばたと考えもなくもがくジェリコを制止して、ドレイクは耳に装着されたイヤホンマイクでプリムが誘拐されたことを周囲の輝石使いたちに伝えた。


 目の前で護衛対象が連れ去られて悔しい思いしかないジェリコとドレイクだが――


 不思議と二人ともプリムを連れ去った相手からは敵意を感じられなかった。

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