第17話
「一体どうなっているんだ? 何が起きているんだ!」
「せっかくアカデミーに来たっていうのに、さっきの音といい、一体何なのよぉ……」
「おい! どうなっている! 責任者を出せ! 私を誰だと思っている!」
「と、突然開いていた屋根も閉まって、一体どうなるんだ?」
情報がまだ少な過ぎる……一体何が起きているんだ。
爆発の原因は? それよりも、プリムさんは無事なんだろうか……
これからどうなるんだろう……――ダメだダメだ、しっかりしないと。
今はここにいる人をできるだけ避難させることに集中しよう。
「みなさん、落ち着いてください! 危険ですので急がないで、ゆっくりと避難してください!」
「いい歳して喚いてんじゃないわよ! 文句言っている暇があったらさっさと避難しなさい!」
「あ、アリシアさん、一応アカデミー外部から来たお客様なので、穏便に……」
「生ぬるいことを言っている暇があったら気張りなさい、リクト! まったく、どいつもこいつも――ほらそこ! ちんたらしてんじゃないわよ!」
あ、アリシアさん、強引すぎるけど、後でクレーム来ないだろうか……
でも、プリムさんが誘拐されたのに、いつも通りでいるアリシアさんはすごい。
僕も頑張らないと。
連続して発生した爆発音で不安感を煽られ、トドメに会場近くで発生した輝石使い同士の戦いのせいで、観光客はすっかりパニックになってしまっていた。
エレナの次に煌石をコントロールするために会場内にいたリクトは、会場内で暇そうにしていたアリシアに頼んで煌石が展示されているアリーナにいる観光客の避難の誘導をしていた。
会場近くで発生した輝石使い同士の戦い――プリムを狙った輝石使いたちと、プリムを護衛していたジェリコとドレイクが衝突した事件で、プリムは何者かに誘拐されてしまった。
しかし、それを知っても動揺することなく、少々荒いが、避難の誘導を冷静に行っているアリシアをリクトは素直に尊敬し、騒動の連続で折れそうになる心を奮い立たせた。
「リクト! 残り時間は?」
「もうそろそろです! できるだけ会場内にいる人を少なくしましょう!」
つい先程警備責任者であり、リクトたちがいる場所とは別の場所で避難誘導を行っている克也から警戒レベルを引き上げ、一時的に会場を閉鎖するという連絡が来たリクトは焦りながらも冷静に努めて、迅速に避難誘導を行っていた。
警戒レベルを引き上げたことによって無窮の勾玉の影響が更に強くなり、開いていた屋根が閉まった次は、外部に繋がる防火シャッターを下ろして完全に会場と外部を閉鎖して、堅牢に建設されている闘技場を完全に締め切って鉄の要塞に変化させ、煌石を守るつもりだった。
しかし、リクトたちも頑張ってはいるが、想定以上に多い観光客を避難誘導させることはできず、防火シャッターが下りるタイムリミットは刻一刻と迫っていた。
克也から報告を受けた時点でリクトとアリシアはアリーナにいる全員を会場の外へ連れ出すのは無理だと判断しており、防火シャッターが下りる前にできるだけの人を避難させることを最優先に考えていた。
「シャッターが下ります危険ですので下がってください! 危ないので潜らないでください! ――……仕方がない」
いよいよシャッターが閉まる時間になるが、シャッターが下りはじめても構わずに、下を潜って観光客は我先へと避難しようとする。
二次災害を避けるため、リクトは輝石を武輝である盾に変化させ、シャッター周辺に光の障壁を張って近づけさせないようにした。
「な、何だ、この壁は! まだシャッターが下りている途中なのに!」
「ここから出して! 出しなさいよ!」
「こ、この私を誰だと思っている! いいのか? 訴えるぞ!」
残っているのは百人程度――だいぶ減らすことができたけど……
まだシャッターが下りている最中で、潜れば会場から出ることができるというのに、光の障壁に遮られて逃げられなくなって不安と怒りを口々にする観光客たち。
まだ会場内には百人程度の人間が残っていたが、数千いた観光客たちをだいぶ減らすことができたので、リクトとアリシアとしては上出来な結果だった。
だが、そんなリクトたちの結果など関係ない、会場内に取り残された人たちの不満で溢れ返り、その矛先はリクトたちアカデミーの関係者へと向けられていた。
取り残された人たちの不安と怒りが徐々にピークに達していく中――
「落ち着いてください」
凛として落ち着いた、それ以上に有無を言わさぬ迫力を持つリクトの声が不安と不満を漏らす人たちでざわついている空間に響き渡った。
静かな威圧感が込められたリクトの言葉で会場内が水を打ったように静まり返り、この場にいる全員の視線がリクトへと向けられた。
「まずは混乱させてしまって申し訳ございません――現在、外で発生している騒動について調査を進めている最中です。不安なのは十分に理解できますが、外の騒動が一段落するまで、ここで大人しくしていただけないでしょうか」
「ふ、ふざけるな! こんな場所にいるよりも外に避難させてくれ!」
「そ、そうよ! 外の方が安全に決まっているわ!」
「こんな場所にいて何かあったらどうするんだ! 逃げられないじゃないか!」
丁寧に頭を下げるリクトを見て、彼に気圧されていた人たちは我に返って不満を述べる。
彼らの口撃にも臆することなく、真っ直ぐな光を宿した目で彼らを見つめた。
リクトの真っ直ぐで力強い視線に再び彼らは気圧され、同時に少女と見紛う可憐な顔立ちで、頼りないくらいの華奢な体躯の少年であるというのに、彼から頼もしさと信頼感を感じてしまい、抱いていた不安と怒りも徐々に消えてしまっていた。
「安心してください。騒動が起きている外よりも、外界と完全にシャットアウトされて堅牢な砦となっているこの会場内、そして、ここはアカデミー関係者以外の輝石の力を引き出せない状況になっているここは安全です。それに、万が一何者かが襲撃しても、僕を含めたこの場にいるアカデミーの輝石使いがここにいる全員を守ります――約束します」
絶対に守る――そう言い放ったリクトの嘘偽りのない言葉に、この場にいる全員が信頼してしまい、取り残された人たちからの不満の声はぴたりと止んだ。
「やるじゃない……エレナに似てかわいげがなくなってきたわね」
状況が落ち着いたのを確認したアリシアは、張り詰めた空気を一気にまとめたリクトから、一瞬彼の母である教皇の姿と重なったのが見えてしまい、面白くなさそうに、それ以上にどこか嬉しそうに見つめてからかうように声をかけた。
「あ、ありがとうございます……――それよりも、何か報告はありましたか?」
「爆発騒動のことだけど、今のところは被害がなくて問題ないって感じよ」
「……プリムさんはどうなっていますか?」
「フン! あのバカ娘のことなんて今は考えたくはないけど、まあ、大丈夫じゃないの? ……簡単にやられるほど軟に育てていないわよ――それよりも今は周囲に気を配りなさい。閉鎖された状況でパニックになられたら面倒よ」
……何だかんだ言ってアリシアさんもプリムさんを心配しているんだ。
それでも、私情を挟まないようにしている……僕も見習わないと。
勝手な真似をした挙句に誘拐された娘に対しての憎まれ口をたたきながらも、一瞬だけ垣間見えた母としてのアリシアの表情を見逃さなかったリクトは嬉しそうに微笑みながら、私情に流されない彼女を見習い、気合を入れる。
プリムを思うアリシアを微笑ましく思っているリクトの姿を、アリシアは面白くなさそうにじっとりと見つめた。
「何、その嬉しそうな顔……何か文句でもあるの?」
「い、いえ、別にそんなことは――と、取り敢えず、僕、みんなの様子を見てきますね」
本心を言ってしまえば確実にアリシアは不機嫌になると思い、逃げるようにアリシアの前から立ち去って取り残された人たちを勇気づけるために声をかけようとするリクトだが――
「うわっっと! い、イタタタタッ……」
アリシアの前から立ち去ることに集中していて周りが見えていなかったリクトは、人にぶつかってしまい、お互い尻餅をついて倒れてしまった。
折れそうなくらいの華奢な体躯で、何の特徴もなく、記憶にも残らない地味な顔つき――だが、リクトの目にはどこか愛嬌があるように見える、自身と同じ年くらいの少年は、リクトにぶつかって持っていた屋台で買った焼きそばを床にぶちまけてしまった。
会場に取り残された観光客の一人であろうその少年に慌てて手を差し伸べるリクト。
「す、すみません、お怪我はありませんか?」
「う、うん。大丈夫だけど、や、焼きそばが……」
「す、すみません、あ、後で弁償させてもらいますから!」
「気にしなくて大丈夫だよ。ありがとう、リクト君」
……あれ? この人、どこかで――気のせいだろうか……
でも、何だろう……理由はわからないのに、どうしてこんなに胸が……
リクト君――会場に取り残されているというのに、不安などいっさいないような能天気な笑みを浮かべている少年に軽い感じで自分の名前を呼ばれ、どこか懐かしさとともに、胸の奥が締めつけられるような感覚に襲われるリクト。
少年に対しての既視感を覚えるリクトだが、明らかに初対面なので、気にしないことにした。
「……それにしても、大丈夫ですか?」
どこか見覚えのある少年ともっと話してみたい――心の奥底で促されるままに、観光客たちの状態の確認も兼ねてその少年に声をかけた。
「怪我なら大丈夫」
「い、いえ、そういうことを言ってるんじゃないんですが……その、突然こんな事態になって」
「大丈夫。花火が上がっただけだし、ここにはリクト君もいるからね」
「そ、そうですか……それなら、いいんですが……」
ず、随分能天気な人だ……
でも、何だか話していると安心するな……不思議な人だ。
連続して響き渡った爆発音を花火だと思い、会場に取り残された状況でも自分たちを信じてくれている能天気で不思議な雰囲気がする少年に呆れながらも、どこか惹きつけられていた。
「あ、あの……」
「どうしたの?」
「……いえ、すみません。何かあれば何でも相談してくださいね?」
「うん。ありがとう、リクト君」
もっと話したい、名前を聞きたい――そんな衝動に駆られたリクトだが、まだ少年の他にも大勢取り残されて、不安がっている人たちがいるので、その衝動を抑えて彼の前から離れた。
取り残された人たちの声をかけて勇気づけるリクトだが――頭の片隅には少年の姿がこびりつくと同時に、胸の中には不思議な存在感を放つ少年に対して違和感が生まれていた。
―――――――――
予想はしていたけど、最悪だ。
まったく、プリムは勝手に何してるのよ……
ウェストエリアの中でも一番高い場所にあるホテルの屋上で、狙撃班であるアリスは地に伏せて武輝である銃剣のついた身の丈を超える銃を構えていた。
アリスの他に遠距離攻撃を主体とした武輝である、アリスと同じく銃、弓矢、ボウガンを扱う制輝軍や輝士、ボランティアで集まってくれたアカデミーの生徒たちが、傍でアカデミー都市内の監視カメラの映像を見ているヴィクターの指示で騒動を起こそうとする、起こした危険人物にいつでも、どこでも攻撃を仕掛けるようにするようにできていた。
午前中までは不審者の足止めしかしていなかったのだが、午後に入って状況は一気に変わる――連続して発生した爆発事件に続いて、プリム誘拐事件が発生したからだ。
アカデミー都市各所で発生している爆発事件の処理だけでも大変だというのに、プリムが誘拐されたことに、最悪な事態であると判断したアリスは忌々し気に小さく舌打ちをした。
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 苛立つ我が娘の姿もキューティクルだ!」
「ウザい」
苛立っているのに加え、定期的に自分の様子を見に来て騒ぐ父・ヴィクターに、クールなアリスもそろそろ限界だった。
「それよりも、プリムの行方は?」
「まだウェストエリアにいるようだが、ドレイク氏の言う通りこの人物の足取りはノースエリアに向かっているようだ。今のところは、だが」
「しかし、上手く物陰に隠れていてここからでは狙えないだろう。もう少し開けた場所にいれば、我が娘の力ならば狙えるはずなのだが、その雄姿が見れなくて実に残念だよ!」
「なら、他の場所にいる狙撃犯に連絡して」
「連絡したのだが、無理だ。相手はこちらの狙撃をすべて回避している――ドレイク氏の報告通り、相手はかなりの手練れのようだ」
……大勢配置されている狙撃班の攻撃をかわすなんて、かなりの実力者。
一体何者? ――いや、今は考えることはやめよう。
プリムを連れ去った相手に興味を抱くアリスだが、今は騒動を解決することに集中する。
「爆発騒動と観光客の様子はどうなっているの?」
「騒動については先程説明した通り――あの爆発騒動は花火だ。そのため被害はまったく出ていない。しかし、連続して響き渡る爆発音と、ドレイク氏たちの戦闘を目撃した観光客で一部がパニックになっている。だが、警備担当者たちの尽力のおかげで混沌とした状況が収まりつつある。念のために現在煌石展示会場は警戒レベルを上げ、屋根を閉め、内部の防火シャッターも下して完全に外部と煌石を遮断している状態だ」
「爆発現場周辺に現れているっていう不審者たちはどうなっているの?」
「アカデミー全域の警備を任されている者たちが対応に当たっている――……しかし、何やらサウスエリア、最初に爆発騒ぎが起きた場所で何らかの騒ぎが起きているようだ」
「……騒ぎ? どういうこと? 警備の人間が彼らと激しく交戦しているの?」
それならば、狙撃犯としては彼らをフォローしなければならないと思うアリスだが、ヴィクターの表情はいまいちハッキリしなかった。
「それがわからないのだ……カメラにはっきり映っていなければ、周辺のカメラの調子がおかしいのだよ」
「それなら、狙撃班かガードロボットで様子を確認した方がいい」
「もちろん理解しているが――既に萌乃君に連絡をしているのだ。後は彼らに任せて、諸君らはプリメイラ・ルーベリアの保護を優先させたまえ」
「……言われなくてもわかってる」
「気合が入っているようで何よりだが、今は抱いた違和感は置いておくのだ」
父の報告を聞いて僅かに安堵して心に余裕が生まれるとともに、気合を入れ、抱いていた違和感を無理矢理抑え込んでプリム救出に集中するアリス。
爆発騒動については原因が判明し、後は騒動を起こした人間を捕まえて終わりだった。
突然の爆発音の正体は音だけが派手な花火のようなものであり、威力は大したことはなく周囲に被害も出ていなかった。
警戒しつつもそれだけを聞いたら安心できるのだが――アリスはもちろん、その報告を聞いた誰しもが、違和感を抱いていた。
どうして、軽い爆発だったのか――それが疑問だった。
アカデミーを狙う人間ならば花火ではなく爆発物を用意しておけば、アカデミーに確実にダメージを与えることができるからだ。
もちろん、威力がないとはいえ連続して爆発を発生させて観光客たちを不安に陥れることができたのだが、花火というのがどうにも腑に落ちなかった。
確かに、元々厳しかった外部からの持ち込みチェックが、煌石一般公開が決まって更に厳しくなり、爆発物などの危険物をいっさい持ち込ませないようにしているのに加え、二十四時間駆動のガードロボットを用いてアカデミー都市全域に爆発物がないかチェックしているので、爆発物を持ち込んで設置するのは厳しいのだが、いくら厳しいと言っても隙はあり、上手く行く可能性は低いとしても、アカデミーを狙っているのならその隙をついてもいいのではないかとアリスたちは思っていた。
それに、今まで大量に爆破させた花火を上手く使えば、強力な爆薬が完成できるので、それを使ってどこかを爆発してもよかった。
今の騒動は何かがおかしい――全員が今回の騒動についてそう認識していた。
しかし、今はヴィクターの言う通り抱いた違和感を考えるよりも先に、プリム救出を優先させることに集中させる。
「それにしても、プリメイラ・ルーベリア――お転婆な彼女を見ていると、愛しの我が娘を思い出すよ」
「……ウザい」
「覚えていないかな? 昔はよくママの言いつけを守らずに、パパの研究室から勝手に工具や実験機材や部品を持ち込んで、様々なものを開発して、実験していただろう?」
「……覚えてない」
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! それなら我が娘のために思い出させてやろうではないか! 今の娘の態度では考えられない、キュートでラブリーなエブリディを!」
「余計なこと言ってないで仕事して」
「良いではないか! 諸君らも聞きたいだろう?」
「……その前にアンタをどうにかした方がいい」
「ハーッハッハッハッハッハッハッ! 親に銃口を向けるとは、腕白な子だ!」
「ウザい!」
一々集中を切らしてくる父に我慢の限界を超えたアリスは、煽るように笑う父に武輝の銃口を躊躇いなく向けるが、ヴィクターは気にすることはなかった。
連続して発生した爆発騒動、プリム誘拐事件、パニックになる観光客――状況は混沌として、狙撃犯たちの雰囲気は張り詰めていたが、仲が良さそうに見える父娘のやり取りを見て、若干リラックスしているようだった。
数分後――からかい過ぎて「大っ嫌い」と愛娘が放った一言が見事ヴィクターのウィークポイントを射貫き、ヴィクターはショックを受けて黙ってしまった。
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