第18話

 謎の輝石使いがドレイクとジェリコを一瞬で無力化し、プリムを連れ去ったと聞いたティアは、イヤホンから逐一報告されるプリムと謎の男の行方を聞きながら、巴と美咲とともにプリムたちの後を走って追っていた。


 プリムが襲われたという騒動を聞いてすぐに現場に駆けつけて攫われたプリムの後を追っていたので、幸いにも誘拐犯との距離はそう遠くなかった。


「いやぁ、ドレイクパパとジェリコちゃんを一瞬で、それもノーダメージで倒したなんてすごいよねぇ、強いよねぇ、楽しみだよねぇ! それに加えてアリスちゃんたち狙撃班の的確な狙撃をかわしているなんて、ホントすごいよねぇ! おねーさんジュンジュンしちゃうなぁ」


「さっきから同じことばかり――いい加減うるさいし相手にするのも疲れてきたわ。何度も言ってるけど、それがわかっているなら集中しなさい、美咲。相手の実力は未知数なのよ」


「だからこそ興奮するんじゃない巴ちゃん! いやぁ、アルトマンちゃんがいなくなってからのアカデミーは退屈でおねーさん干からびちゃう寸前だったから楽しみだなぁ」


 追っている最中何度聞いたかもわからない美咲の興奮しきった言葉を聞きながら、彼女の相手をするのは無駄だと判断したティアはただただ無心で走り続けていた。


 走り続けた先にあるのは三叉路――どの道を行ってもプリムに追いつける道であり、そこでティアは一旦立ち止まった。


「ここで分かれよう」


「挟み撃ちね――でも、相手の力は未知数、一人で立ち向かう状況になったら危険だと思うわ」


「だが、その方が相手の不意を突き、プリムを助けることが可能だ。私たちの目的はあくまでも攫われたプリムを救出することだ」


「……わかったわ。少し不安が残るけどそうしましょう」


 ドレイクとジェリコを一瞬で倒したという相手の力が未知数な以上、ここで一旦別れて一人で対峙する可能性を少しでも減らしたい巴だったが、相手と戦うことではなく、プリムを優先させるべきだというティアの言葉に、本来の目的を改めて思い出した巴は彼女の案に乗る。


「はいはいはーい! それならアタシは切り込み隊長やりまーす!」


「美咲、お前はできれば不意打ちを仕掛けろ」


「えー! おねーさん欲求不満でおかしくなっちゃうよぉ!」


「ティアの言う通りにしてもらうわ――というか、観光客がたくさんいる中あなたが本気で暴れたら巻き添えを食らう可能性があるの。それに、あなたの場合プリムさんではなく、相手と戦うのが目的になるから」


「うぅ……ぐうの音も出ないよ」


 極上の獲物を目の前にしてお預けを食らって不満を述べる美咲だが、反論の余地のない巴の正論に美咲は納得せざる負えなかった。


「美咲は不意打ちを仕掛け、巴は先回りして、私が追い詰める――それでいいな」


「あー、ずっこいなぁ、ティアちゃん」


「一応ティアにも言っておくけど、暴れ過ぎないようにね?」


「……善処する」


 美咲の文句と巴の忠告を受け、ティアはプリムたちの後を追う。


 巴と美咲と別れて行動をはじめるティアの表情は僅かに暗くなっていた。


 ドレイクとジェリコを一瞬で倒した輝石使い……

 輝石の力の形状を自在に変化させ、拘束したと聞いた。

 そんな器用な真似ができる輝石使いは限られる。

 まさか……――いや、今は考えるのはやめよう。集中しろ――


 プリムたちの後を無心に追いかけるティアの頭の片隅に嫌な予感がこびりついていた――それは、ドレイクとジェリコを無力化させた謎の人物の力についてだった。


 謎の人物は輝石の力を紐上に変化させ、ドレイクとジェリコを拘束したと報告を受けていた。


 輝石の力を自在に変化させる力を持つ輝石使い――該当する人物が一人だけいたからだ。


 本来ならば周囲とプリムを気遣える巴にプリムたちを追ってもらった方がいいと思ったのだが、芽生えた嫌な予感を払拭するため、ティアは少々強引に我を通した。


 嫌な予感が頭の中を埋め尽くす中、集中しろと自分に言い聞かせてティアは先へ進む。


 煌石展示会場から休むことなく走り続けていたというのに息が乱れていないのはもちろん、走る速さもまったく変わらず、輝石の力を使っていないというのに風を切るほどの凄まじいスピードで攫われたプリムを追いかけていた。


「――放せ! 放すのだ! ええい、無礼者め! 一体お前は何者なのだ!」


 相手がプリムを抱えているという理由もあるが、それ以上に鍛えられたティアの身体能力ですぐに、謎の人物に両手を拘束され、米俵のように肩に担がれているプリムに追いついた。


「待て」


「おお、ティア! よく来た! この無礼者をどうにかしてくれ!」


 プリムがティアの登場に喜んだ瞬間――誘拐犯の足が止まった。


 凄まじい速さで迫る追跡者に諦めたわけではなく、プリムがティアの名を呼んだことに過剰に反応しているようだった。


「一体お前は――いや、プリムを返してもらおう」


「フフン! ティアの言うことを聞かなければ痛い目を見ることになるぞ! いくらお前が強かろうとティアの方がもっと強いのだ! さあ、どうだ? 怖かったら言うことを聞くのだ!」


 頭の中で駆け巡る嫌な予感を振り払うように、ティアはチェーンに繋がれた輝石を武輝である大剣に変化させて全身に闘志を漲らせる。そんなティアから放たれる圧倒的な力の気配を感じ取り、拘束されている身でありながらも偉そうにするプリム。


 背後にいるティアからぶつけられる敵意に、これ以上逃げられないと悟った謎の人物はゆっくりと振り返った。


 顔全体を覆い隠すフードで相手の表情は読み取れないが、武輝を持つティアを観察するように見つめているようであり、表情がわからないというの相手から放たれる静かな威圧感にティアは若干気圧されてしまっていた。


「ティア! 私に遠慮せず好きにするといいぞ! コテンパンにしてしまうのだ!」


「……少し黙っていろ、プリム」


「う、うむっ! か、覚悟はしているが、攻撃をする時はすると言ってくれよ? 振り返られて今のティアがどんなことをするのかわからない分、こちらとしても準備というものが――」


 これから確実に戦闘が起こるであろう張り詰めた状況に、覚悟を決めていると気丈に振舞いながらも、怖がっているプリム。


 だが、そんなプリムに気遣うことなくティアは力強い一歩を踏み込むと同時に謎の人物との間合いを一気に詰め、身体を半回転させながら武輝である大剣を勢いよく薙ぎ払う。


 相手は武輝を手にしていないが、ドレイクとジェリコを一瞬で倒した力を持つ時点で、手加減は必要ない相手だと判断したからこそ、最初からティアは飛ばした。


 常人では目に映らぬ速度で間合いを詰めて攻撃を仕掛け、拘束され誘拐されているにもかかわらず暴れるじゃじゃ馬なプリムを抱えているにもかかわらず、謎の人物は半歩後退してティアの薙ぎ払いを回避。


 回避されると同時、再び力強い一歩を踏み込んで武輝を突き出すが、軽く横に飛んで再び回避、今度は掲げた武輝を一気に振り下ろす――が、大きく後退してこれも回避される。


「何だ、何だ? 一体どうなっているのだ? ティア、大丈夫なのか?」


「……問題ない」


「そ、そうか、それならばいいのだが……」


 読み取られている――いや、

 やはり……――いや、まだだ……


 喚くプリムに適当に一言声をかけて安心させ、ティアは間合いを開いた相手を観察する。


 薙ぎ払い、突き、振り下ろし――どれも基本的な動作でありながらも、鍛錬を重ねたティアから放たれるそれらの攻撃はどれも鋭く、隙がなく、一撃一撃の威力も申し分なく、並の輝石使いはもちろん、実力のある輝石使いでも回避するのも防ぐのも難しい攻撃だった。


 だが、プリムを担いだ状態のまま謎の人物はティアの攻撃を回避していた。 


 それも、ただ相手が自分の動きを読んでいるのではなく、自分の動きを知っているように感じてしまい、頭の中にあった嫌な予感が更に現実味を増してくる。


「準備運動は終わりだ。確かめさせてもらうぞ」


 そう宣言し、ティアの纏っていた闘志が更に溢れ出し、放たれる圧倒的な力も更に強くなる。


 先程までは飛ばしながらも様子見をするのが目的だったが、今のティアは違う。


 プリムに構わず、本気で相手を沈める――その覚悟を抱いていた。


「プリム、怪我をしたくなければ微動だにするな」


「お、恐ろしいことを言うな、ティア! 大丈夫なのであろうな? し、信用しているからな!」


 一応はプリムを気遣い、一言声をかけてから再びティアは間合いが開いた相手と一気に距離を詰め、掲げた武輝を一気に振り下ろした。


 先程とは段違いのスピードに、目の前にティアが現れて謎の人物はようやく反応できた。


 しかし、目の前に振り下ろされたティアの武輝が迫っており、避けられない――謎の人物はチェーンに繋がれた自身の輝石から放たれる力で目の前に障壁を張る。


 渾身の一撃と障壁がぶつかり、爆発音に似た衝突音とともに周囲に衝撃波が走る。


 謎の人物が張った障壁が粉々に砕け散るが、構わずにティアは攻撃を続ける。


 謎の人物もすぐに障壁を張り直し、ティアの攻撃に備える。


 一撃一撃が先程とは比べ物にならないほど鋭くなっており、謎の人物はティアの攻撃を受ける度に破壊される障壁を張り直すことしかできずに防戦一方になって手も足も出せず、徐々に追い詰められていた。


「ティ、ティアよ! だ、大丈夫なのだろうな! 先程からすごい音がしているぞ!」


「微動だにするなと言ったはずだ」


「わ、わかっているが、もう少しお前は私を気遣うのだ!」


「お前の自業自得だ――怪我をしたくなければ黙っていろ」


「わ、私が悪かった! しばらくは何でも言うことも聞くし、間食は抑えるから、せめて、もう少し穏便に――うひゃぁっ!」


 勝手に行動をした結果が今の状況なので、ティアの言葉に反論できず、ただただ自身の見えないところで激しい戦闘が行われている音を聞くことしかできす、涙目で喚くプリム。


 喚くプリムを黙らせるようにティアは謎の人物が張った障壁を渾身の力を込めた薙ぎ払いで破壊し、今までで一番の轟音とともに衝撃が周囲に襲い、プリムは素っ頓狂な声を上げる。


 再び障壁を張ろうと、握った輝石を力強く握り締める謎の人物だが、ティアの持つ武輝の切先を眼前に向けられて不用意に動けなくなる。


「終わりだ――正体を暴かせてもらうぞ」


 頼む……

 別人であってくれ……


 頭の中を支配する嫌な予感を振り払うように、武輝を軽く振るって謎の人物の顔を覆ったフードを裂こうとするが――


 ティアが抱く心の隙をついて、謎の人物は軽く顔をそらして自身の正体を暴こうとする切先から逃げると同時に、輝石を握り締めた手に力を込める。


 力を込めた輝石が白い光を放つと、白い光は槍状に変化した。


 その光を片手で軽快に振るい、軽く一歩を踏み込んでティアに突き出した。


 自分の迷いが招いた不意打ちに小さく舌打ちをしながらティアは軽く後退して回避。


 ティアに攻撃を回避されると同時に、槍状に変化した光は謎の人物の手から離れ、複数分離し、空中に浮かび上がって火球のように揺らめくと、形状を今度は光の刃へと変化させる。


 無数の光の刃へと変化した光は、一斉にティアに撃ち出される。


「この力――間違いない、やはり、あなたは――」


 片手で持った武輝を振るって迫る光刃を防ぎ、軽やかな動きで回避しながら、ティアの嫌な予感は確信に変わり、徐々に彼女に動揺が広がる。


 そんなティアに無数飛び交う光の刃の形状が一本だけ変化していることに気づかなかった。


 蛇のように細長く動く紐状に変化した光は、動揺したティアに襲いかかる。


 気づいた時には既に遅く、蛇のように動く白い光はティアの身体を締め上げた。


 即座に拘束を解こうと全身に輝石の力を巡らせるが、大量に浮かんでいた光の刃が一斉に紐状に変化してティアに襲いかかって、彼女を簀巻きにする。


 こうなってしまったら、いくらティアでも抜け出すのに時間がかかった。


 謎の人物は背を向けて去ろうとするが――その人物を、「待ってください!」とクールビューティなティアにしては珍しく感情的で、敵対していた相手を丁寧な口調で呼び止めた。


「てぃ、ティア! お前が手も足も出せないとは何が起きたのだ!」


「どういうつもりですか? ……なぜ、あなたがこんなことを」


 拘束されている自分を見て驚いているプリムを無視して、謎の人物にティアはそう問いかけるが、その人物は一瞬立ち止まって何かを考えこんだ後、再び歩きはじめる。


「待ってください! こんなことをしてどういうつもりだ!」


 ティアの制止を聞かずにプリムを抱えたままその人物は先へ進もうとすると――目の前に、先回りしていた巴が現れた。


「巴、彼を止めてくれ!」


「……ティア、あなたが――今はそんなことよりも、ここは通さないわ」


「おお、今度はトモエか! 巴なら少しは安心できるな!」


 拘束されているティアを見て驚きつつも、目の前にいる謎の人物からプリムを奪還するために輝石を武輝である十文字槍に変化させる。


 ティアと比べれば幾分自分に気遣うであろう巴の登場に歓喜するプリムだが――


「ここでおねーさんも登場だよん☆」


 頭上から降ってきて武輝である身の丈を超える斧を掲げながら謎の人物に不意打ちを仕掛ける、ティア以上に自分を気遣わないであろう美咲に絶望するプリム。


「こ、ここで、ミサキとは――み、ミサキ、私がいることを忘れるなよ!」


「もっちろんだよプリムちゃん! もう救急車は呼んであるから大丈夫❤」


「全然大丈夫ではないわ! ってぇ、ぬぅああああああああああ!」


 美咲、巴――ティアと同等の力を感じる輝石使いの登場に謎の人物は握り締めた輝石から放たれる光の形状を長いロープへと変化させる。


 一瞬で近くのビルの屋上まで伸びた光のロープで天高く上がり、プリムの絶叫を残してこの場から逃げ去った。


「あーん! せっかく久しぶりに燃え燃えできると思ったのにぃいいいい! これじゃあ消化不良だよぉ! もぉおおおおおおおお! 物足りないよぉ!」


 極上の獲物に逃げられて泣き喚く美咲を放って、自力で幾重にも施された拘束を解いたティアは、謎の人物が逃げた天を憂鬱そうな表情で仰いでいた。


「ごめんなさい、ティア……逃げられてしまったわ」


「……いや。気にするな。こちらも油断してしまってすまない」


 巴の責任ではない――すべては私の責任だ。

 油断をしなければ、心に迷いがなければあのまま押し切れた――

 ……なぜだ、なぜ、こんなことを……


 拘束されたプリムを目の前にして、誘拐犯に逃げられてしまった巴はティアに頭を下げるが――逃げられた原因は巴ではなく、追い詰められていたのに、一瞬抱いた心の隙をつかれて形勢逆転された自分であるとティアは思っていた。


「それにしても、ティアちゃんを縛り上げるなんてあの輝石使い、随分と強そうだね☆ 一体何者なんだろうね――ああ、早く追わなくちゃ!」


「その前に優輝に連絡する。今の輝石使いについて――」


 この忙しい時に……

 この輝石使いも、あの人の仲間、なのか……

 ……一体、どうなっているんだ。


 今すぐにでもプリムと誘拐犯の後を追おうとする美咲だが、その前に優輝に連絡しようとするティアだが――


 そんなティアたちの行動を邪魔するように武輝を持った無数の輝石使いたちが現れる。


 明確な敵意を向けてくる輝石使いたちに、戦いは避けられないと思って苛立つとともに、謎の人物に協力者がいることに不安を覚えるティア。


 輝石を武輝である大剣に変化させ、速攻で邪魔者を排除しようとするティアだが、そんな彼女の前に美咲と巴が立つ。


「ここはアタシに任せてよ。ちょーっと欲求不満だから、ここでスッキリするね♪」


「美咲だけ残した結果の後始末を考えたら、不安だから私も残るわ」


「一生懸命仕事をしているだけなのに、文句を言われるなんてひどいなぁ♪」


「建造物破壊が数十件、公共物破壊はもっとたくさん――枚挙にいとまがないわ」


「……ぐうの音も出ないよ」


「とにかく、ここは私たちに任せてティアは先へ向かって――訳ありなんでしょう?」


「そういうこと。早くイっちゃってよ。できれば、アタシの暴れる分を残してね」


「……すまない」


 同級生であり、長い付き合いでプリムを誘拐した人物がティアの顔見知りであるということを悟った巴と美咲は、ティアを気遣ってこの場に残って輝石使いの相手をする。


 二人の気遣いを受け取り、ティアは先へと急いだ。

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