第15話

 煌石の展示場であるウェストエリアの闘技場――輝石使い同士が公式に認められた煌王祭で使用されるために、闘技場はかなり頑強に設計されていた。


 過去に闘技場内で発生したリクト誘拐未遂事件でセキュリティ面でも強化されており、建物の頑丈さもかつてティアが戦闘中に闘技場を大胆に破壊したことで強化されていた。


 セキュリティと建物の強度を考えれば、闘技場内で煌石を展示することは得策であった。


 しかし、それでも二つの煌石があるということで、会場内の警備は最高レベルの人員を用意しており、会場内の警備は大勢の輝士や聖輝士、そしてティア、美咲、巴というアカデミーでもトップクラスの実力者に加え、三人に勝るとも劣らない実力者である麗華と刈谷も務めていた。


 盤石の態勢で挑んでいる警備なのだが――


「おい! 銀城! 俺のタコ焼き食いやがったな!」


「俺のタコ焼きだなんてエッチだなぁ、刈谷ちゃん♥」


「うるせぇ! 一人で盛ってんじゃねぇよ!! 今すぐ新しいの買ってこい!」


「むー、待ってよ。私が食べたっていう証拠はあるのかなぁ?」


「口元についたソースと歯についた青のりが動かぬ証拠だろうが!」


「こ、これは……さっきお好み焼きを食べたから……」


「じゃあその口に咥えてる串は何だ? あぁ?」


「あちゃー、これは失念してたなぁ。美味しそうだったからつい……ごめんね♪」


「ブリってんじゃねぇよ! 気持ち悪いんだよ、中年セクハラ痴女が!」


 警備中だというのに響き渡る、美咲の口論。


 会場内に置いてあるベンチソファに二人は座り、その周囲には会場の屋台で買った焼きそば、お好み焼き、タコ焼き、じゃがバターなどが入っていた空き容器でいっぱいになっていた。


「……まったく、あの二人は。いくら午前中に何も起きなかったとはいえ、気を抜き過ぎよ」


「バカモノめ……」


 二人のやり取りを眺めていたティアと巴は、深々とため息を漏らし――


「お二人とも! 今は警備中ですわ! それに、何ですのこのゴミの山は! すぐに片付けてください! これではお客様の迷惑に――いいえ、アカデミーの品位が下がりますわ!」


「それは銀城の変態が悪いんだっての!」


「刈谷ちゃんの方が多く食べてるよん♪」


「シャラップ! 言い訳無用! さっさと片付けて仕事に戻るのですわ!」


 ティアと巴に代わって怒りを爆発させる麗華。


 鬼のような形相で怒る麗華をこれ以上刺激したら面倒になると判断し、刈谷と美咲は渋々彼女の言葉に従ってゴミをひとまとめにして周囲を片付けはじめた。


「まったく……今日がアカデミーにとってどれだけ大切な日なのか理解していますの?」


「わかってるけど、麗華ちゃんもうちょっとリラックスしなよ。まだまだこれからだし♪」


「そうだぞ、お嬢。上品な大人のレディーの魅力ってのは、余裕から生まれるもんだぞ」


「シャラップ! 怠けているあなたたちに言われても説得力はありませんわ!」


 美咲と刈谷の能天気なフォローに神経を逆撫でされて苛立ちの声を上げる麗華。


「大体刈谷さん! あなたはセラたちとともにアカデミー全域の警備を任されていたはずなのに、どうして直前になって会場内の警備に入りましたの?」


「世界中が待ち望んでいた煌石が公開されるんだぜ? 俺だって興味があるし、何の苦も無く見れる会場内の警備に入った方が得だろうが。それに、煌石の写真を撮って売れば、良い値段に……」


「不届き千万! あなた神聖なる煌石を何だと思っていますの!」


「まあまあ、俺の代わりに貴原をセラにくっつけさせたんだから大丈夫だろ」


「不安しかありませんわ! ……後でじっくりとこの件に関しては質問しますわよ?」


「……お手柔らかにどーぞ」


 軽薄な態度を取っているが、何か魂胆があって刈谷が強引にアカデミー全域の警備から、闘技場内の警備に代わったことを一目で見抜いた麗華。


 察しが良い麗華に刈谷は降参と言わんばかりに笑うことしかできなかった。


「まったく! もう少し緊張感を持ってもらいたいですわね!」


「でも、実際、ここの警備は十分なんじゃないかな。無窮の勾玉の結界はかなり強力だし、もしも不測の事態に陥っても麗華ちゃんは空木武尊ちゃんとの戦いで、アンプリファイアの影響を力技で抜け出したことがあるみたいだし、アタシもティアちゃんもアンプリファイアの影響を強く受けたことがあるから、輝石の力が低下している状況でもそれなりに戦えるしね♪ それに、この会場のセキュリティの高さを考えればそんなに気を張り詰める必要ないと思うよ?」


「そうだとしても、怠ける理由にはなりませんわ!」


「はいはい――いやぁ、真面目だねぇ麗華ちゃんは☆」


「あなたと刈谷さんが不真面目なだけですわ! まったく! 一時は美咲さんを風紀委員に入れようと思いましたが、入れなくて正解だと心から思いますわ!」


「あー、ひどいなぁ。一時期は熱烈ラブコールを送ってたのに。それに、こう見えてもおねーさんはヤる時はヤるんだからね♥」


「ちょ、ちょっと! いきなり纏わりつかないでいただけます? ふぁ、ちょ、ちょっと、美咲さん! どこ触っていますの?」


「フフーン、ヤる時はヤるって証明しなくちゃね♥」


「そんな証明必要ありませんっ、わ……やぁ、やめてください、美咲さん……」


 流れるような動作で麗華を羽交い絞めにして、ヤる時はしっかりヤるところを見せる美咲。


 拘束されて好きなように美咲の手に弄ばれ、瞳を潤ませながらも強気な態度を崩さない麗華。


 そんな麗華の強気な態度を崩したい、壊したい美咲の手の動きが激しく、熱っぽくなる。


 徐々に麗華の顔に余裕がなくなり、美咲に全身を預けてしまう――


 そんな麗華の様子をジックリ眺めながらも、刈谷は「巴のお嬢さん」と、尊敬する克也の娘である巴に、彼らしからぬ丁寧な態度で話しかけた。


「薫ネエさんは独自の情報網から、克也さんは村雨と空木武尊の協力で、アリシアは教皇庁旧本部にいるロリババァ枢機卿イリーナ・ルーナ・ギルトレートからアカデミーが大勢の組織に狙われてるって知ったんですよね?」


「ええ。そうだけど……どうしたの? 突然改まって……」


「……その、巴のお嬢さんなら何か――」


 縋るような目を巴に向けて、疑問をぶつけようとする刈谷だが――外から連続して響き渡る軽快な爆発音によって中断させられる。


「な、何ですの、今の音は……ま、まさか敵襲ですの? じょ、上等ですわ!」


「落ち着け――刈谷、どう思う?」


 突然の爆発音に動揺する麗華を落ち着かせ、ティアは手製の小型爆弾などをいくつか作ったことのある刈谷に今の爆発音についての意見を求めた。


「実物を見てねぇから何とも言えませんが、今の音は軽い……爆発だとしても、音が派手なだけで少量の火薬で、威力は小さい感じがしますね……花火に近いな。今のところは全員どこかで花火が上がったのかもって感じで気にしちゃいませんが……これが続けば話は別だ。外にはセラや大道がいるんだから、アイツらに任せて俺たちは少し様子を見た方がいいと思いますぜ」


「おねーさんワクワクするなぁ」


「オメーは少し緊張感を持てよ」


 外に駆け出したい気持ちを抑えて、刈谷の言う通りティアたちは様子を窺った。


 刈谷の言う通り、幸い会場内にいる人間はどこかでイベントが開いて、それで花火がどこかで上がったと思っているおかげでパニックになっていなかったのだが――


 鳴り止まぬ爆発音に徐々に異変を感じ、ざわつきはじめる。


 しばらくすると、慌てた様子でティアたちに駆け寄ってくる克也が現れた。


「何が起きてるの? というか、わざわざこっちに来ないで連絡してよ」


「アカデミー全域で爆発音が響き渡っているせいで、その応対でパンクしかかってんだ。お前らは近場にいるんだから、口頭で伝えた方が良いと思っただけだよ」


 わざわざ警備責任者が自分たちの前に現れたことに呆れる巴だが、時間が惜しいのでこれ以上は突っ込むことはしないで、「状況はどうなってるの?」と尋ねた。


「アカデミー都市全域から爆発音が響き渡っているってこと以外、わからん。とにかく、アカデミー都市全域にいる奴ら全員に散ってもらって対処してもらってる」


「他には何か起きてるの?」


「会場近くで襲撃事件が起きてる」


「対応は?」


「会場周辺の警備担当者はパニックになりそうな奴らを抑えることで手一杯だ。狙撃班に動いてもらっているが、念のためにお前らの内誰かに行ってもらいたい――できれば早急に対応できる人員だ。襲われているのはアリシアの娘だ」


「どうしてプリムちゃんが外に……次に煌石をコントロールするのは彼女のハズでしょう?」


「俺が知るかよ! とにかく、さっさと行ってもらいたいんだ」


 爆発騒ぎに加えて会場内にいるはずなのに外にいるプリムが襲われていることに、驚くとともに呆れる麗華たちだが、すぐに頭を切り替えた。


「重要施設への人員を減らすのは気が引けますが――早急に解決しなければならないことを考えて、ここはティアお姉様と巴お姉様、そして美咲さんに向かってもらいますわ」


「いいねぇ、いいねぇ、おねーさんジュンジュンしてきちゃったよ」


 強力な人員を減らすのは気が引けたが、アカデミーでもトップクラスの実力を持つティアたち三人を向かわせて速攻で事件を解決させることに麗華は決めた。


 麗華の判断に巴とティアは黙って従い、美咲は熱を帯びた表情で一人で盛り上がっていた。


「それじゃあ、俺とお嬢はお留守番で――姐さん、やりすぎてまた闘技場を壊さないでくださいよ? 結構修理費が大変だったって、克也さんぼやいてましたから――ねえ?」


「……そうだな。ノースエリアで建設中の寮、鳳グループと教皇庁の新たな本部建設、第二のアカデミー建設の費用がかなりかかるから……できるだけ、迅速かつ穏便に」


「善処する」


 これから莫大な支出が発生することに、憂鬱そうに深々と嘆息する克也から苦労人の気持ちを感じたティアは、できるだけ彼に苦労をさせないように気をつけることにして、美咲と巴とともに会場から出て現場に急行した。

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