第22話

 教室から校庭へ着地すると同時に、大勢の輝石使いがセラと貴原に襲いかかってきた。


 武輝である片手で扱えるサイズの剣を握り、セラは湖泉に向けて疾走する。


 遅れて、貴原は武輝であるサーベルを手にしてセラの後に続く。


 自分に襲いかかる輝石使いたちをセラは一蹴したが、貴原はかなり苦戦していて、苦戦しながらも確実に一人ずつ敵を倒していた。


 脱獄囚を率いている湖泉に一気に間合いを詰めるセラ。


「多摩場の仇!」


 怒声を上げて、湖泉は持っている巨大な鉈を大きく振り上げ、こちらに向かって疾走しているセラが間合いに入った瞬間――力任せに振り下ろした。


 高く跳躍して紙一重でセラは湖泉の攻撃を回避すると――彼の強烈な一撃は地面に激突して大量の土埃が舞うと同時に、地面が大きく割れ、校舎の窓ガラスにヒビが入るほど周囲に凄まじい衝撃が走った。


 跳躍したセラは両手に持った武輝を大きく振り上げ、空中で身体を一回転させて勢いをつけて湖泉の脳天に向けて思いきり振り下ろした。


「イデデッ……やるなぁ」


 口では痛いと言っているが、強烈な一撃を食らっても湖泉は堪えていなかった。


 かなり頑丈な身体を持つ湖泉にセラは一旦間合いを取り、武輝に変化した輝石から力を絞り出して、その力を武輝である剣の刀身に光を纏わせる。


 同時に、湖泉の持つ武輝である鉈の刀身にも光が纏いはじめた。


 一気に決着をつけるつもりで、セラは湖泉に飛びかかろうとしたが、それよりも早く湖泉が飛びかかってきた。


 一気にセラと間合いを詰めた瞬間、地面を割るほどの凄まじいパワーを持つ湖泉は武輝を思いきり振り下ろす。


 踊るようなステップを踏んでセラは身体を捻らせて回避、同時に反撃をする。


 刀身に光を纏わせた武輝を振ったセラの反撃は、湖泉に直撃するが、彼は怯むことなく攻撃を続ける。


 強烈なパワーを誇る湖泉の攻撃は受けるよりも回避した方が得策だと判断したセラは、彼の攻撃の一つ一つを見切り、回避することに集中した。


 遠心力を利用して徐々に湖泉の攻撃のスピードが上がり、セラに反撃する間を与えない湖泉だが、彼の攻撃はセラを捕えることができなかった。


 湖泉の攻撃を回避することに集中して、セラは自身の武輝に力を蓄えていた。


 並の攻撃では湖泉には通じないと察したセラは、力をためて強烈な一撃を仕掛けるつもりだった。


 徐々にセラの武輝である剣の刀身が眩い光を放ちはじめる。


 限界まで力を武輝に蓄え、隙をついて攻撃を仕掛けようとするセラだが――


「さあ、この僕の一撃を食らいたまえ!」


 気取った声をとともに、トドメの一撃を食らわせるつもりだったセラの前に貴原が現れ、刀身に光を纏わせた武輝であるサーベルを振って湖泉に不意打ちを仕掛けた。


 貴原の攻撃を食らっても湖泉はまったく効いている様子はなく、攻撃を受けた瞬間貴原の頭を掴み、そのままセラに向かって思いきり投げ捨てた。


 自分に向かってくる貴原を受け止めることなく、セラはひらりと避けた。


 投げ飛ばされた貴原は無様に地面に転がり、すぐに起き上がって再びセラの加勢に向かおうとするが――貴原は背後に倒したはずの脱獄囚が起き上がって、自分に攻撃を仕掛けている気づかなかった。


「貴原君!」


 セラは声を上げて貴原を助けに向かおうとするが、湖泉の猛攻がそれを許さなかった。


 セラの声にようやく反応した貴原だが、脱獄囚の攻撃は目前に迫っていた。


 しかし、攻撃が貴原に直撃する前に脱獄囚は吹き飛んだ。


 貴原を救ったのは、湖泉との戦闘で手が離せないセラではなく――ショックガンを片手で構えている幸太郎だった。


「貴原君、大丈夫?」


「な、何という屈辱……君に助けられるとは……」


 貴原に駆け寄る幸太郎だが、自分よりも圧倒的下に見ている人間に助けられて貴原は屈辱に身を震わせていた。


 幸太郎が現れると同時に、校内から続々と武輝を持ったアカデミーの生徒たちが現れた。


 圧倒的に湖泉たち脱獄囚が不利な状況に、湖泉は唐突にセラへの攻撃を中断した。


「もう終わり、またね」


 湖泉はそう告げるとポケットからスイッチを取り出し、それを軽い調子で押した。


 すると、高等部校舎一階から爆発音が響き渡った。


 勇気を振り絞って武輝を持って集まった生徒たちだったが、再び轟いた爆発音でパニックになっていた。


 全員がパニックになっている隙に、湖泉たち脱獄囚は逃げた。


「待ちなさい!」


 突然の爆発に驚いていたセラは、立ち去ろうとする湖泉たちを追おうとするが、彼らはパニックになった生徒たちに紛れて上手く逃げてしまった。




――――――――――――




 ノエルは制輝軍本部の入り口に向かうと、入り口付近の大広間には焦げたにおいと煙が充満して、スプリンクラーが発動しており、多くの制輝軍が気絶して倒れていた。


 気絶して倒れている制輝軍の中心に立つのは、武輝である鉤爪を両手に装着した多摩場街だった。


 捕えてすぐに輝石を含めたすべての持ち物を没収したはずの多摩場がどうして、輝石を武輝に変化させているのか気になることがあったが――


 苦悶の表情を浮かべて倒れている制輝軍の中心で、嬉々とした表情を浮かべる多摩場を見て、一瞬だけノエルは胸の奥が熱くなったような気がして、思考を捨てた。


「……あなたは怪我人をお願いします」


 部屋を出てから一緒にいた部下に冷え切った声でそう命じて、ノエルは輝石を武輝である二本の剣に変化させて多摩場に近づいた。


 ノエルが近づいてきたことに気がついた多摩場は、「よぉ!」と機嫌良く挨拶してきた。


「アンタの部下には中々楽しませてもらったよ。爆発はオマケって奴だ」


「拘留施設にはカメラがあり、異常や不審者がいればサイレンが鳴り響くはずですが……」


 多摩場の雑談に応じるつもりはないノエルは、淡々と疑問を口にしていた。


 そんなノエルを見て、多摩場は気分良さそうな笑みを浮かべた。


「俺が輝石を持ってるってことがそんなに気になるのか?」


「……今はどうでもいいです」


「おいおい、もしかして怒ってんのか? 昨日話してみて思ってたんだが、アンタそんなタイプじゃねぇだろ? アンタは仕事のためならどんなことでも割り切れるタイプだ。仕事のためなら、どんな人間でも平気で裏切り、確実に目的を達成する冷血女だろ? ――というよりも、『人形』と表現した方がいいかもなぁ」


「言いたいことはそれだけですか?」


 多摩場の会話を適当に聞き流して、ノエルは一気に多摩場と間合いを詰めた。


 間合いに入った瞬間、右手に持った剣で攻撃を仕掛けるノエル。


 多摩場は回避すると同時に、左で持った剣が彼を襲う。


 一旦大きくバックステップをして、多摩場はノエルの攻撃を回避した。


「つーか、二刀流って狡いだろ! ――って、俺も似たようなもんか」


 一人で軽口を叩いている多摩場に反応することなく、ノエルは無言で彼に接近する。


 二振りの剣を軽やかに、鮮やかに振い、ノエルは多摩場に攻撃を仕掛けていた。


 一部の隙も見つからないノエルの攻撃に多摩場は受け止めるのがやっとだった。


 それでも、隙を見つけ出して多摩場は攻撃を仕掛けるが、すぐに見切られ、一本の剣で受け止められると同時に、もう一本の剣が襲いかかった。


 吹き飛ばされる多摩場――逃げようとするが、逃げ道にはいつの間にか背後に回り込んだノエルが立ち塞がっていた。


 多摩場は焦っていた――他に人員を回しているのでここに味方はおらず、この状況を自分一人で対処しなければないこと、そして、この状況を切り抜けるために制輝軍トップである白葉ノエルをどうにかしなければならないことに。


 何か手を考えなければ、ここで自分たちの計画が台無しになってしまうと焦りながらも、ノエルは構わずに多摩場に攻撃を仕掛けてくる。


 ノエルは身体を捻らすと同時に右手に持った剣を振う――多摩場は身を反らして初撃を回避。次の攻撃に備える。


 左手の剣で攻撃をされると思っていた多摩場だが、ノエルは回し蹴りを放つ。


 思いもしなかった一撃に多摩場は吹き飛ばされ、さらに逃げ道が離れる。


 蹴り飛ばした多摩場に、間髪入れずにノエルは武輝である二本の剣に光を纏わせ、飛びかかって追撃を仕掛ける。


 自分に近づくノエルに、トドメを刺すつもりだと察した多摩場は、絶体絶命まで追い詰められたこの状況を打破するために必死に頭を働かせた。


 光を纏うノエルの武輝が自身に迫った瞬間――多摩場はあることを思い出し、咄嗟にポケットをまさぐった。


 没収されていた自分の手荷物の中には輝石のついたベルト以外にも、切り札があったことを思い出した多摩場は、ポケットから切り札――緑色の光を放つアンプリファイアを取り出した。


「一か八の切り札だ!」


 先日――エリザがティアに対してアンプリファイアを使った時のように、多摩場はこの状況を打破するためにアンプリファイアを使おうとする。


 しかし、アンプリファイアから放たれた緑白色の閃光が自身を包む寸前、ノエルは後方に身を翻して多摩場から、そして、光から距離を取った。


「同じ手は二度通用しません」


 冷たくそう告げたノエルの両手には武輝が握られており、自分の作戦は失敗したと思って心の中で大きく舌打ちをする多摩場だが――


「……うっ」


「お、おいおい、いきなりどうした……病気か?」


 突然苦悶の表情を浮かべたノエルは胸を押さえて、膝をついた。


 何が起きたのかはわからないが、呻き声を上げて膝をついたノエルの姿に、多摩場は気分良さそうに笑った。


「このまま逃げさせてもらうが、仕返しはキッチリさせてもらうぜ!」


 自身の逃げ道で情けなく膝をついているノエルに、嬉々とした表情で多摩場は逃げるついでに攻撃を仕掛けようとするが――


「ノエル!」


 ノエルの名を叫ぶ声とともに、どこからかともなく飛んだ光弾が多摩場の行動を阻んだ。


 ノエルに仕返しができなかったことを悔やみながらも、これ以上は危険だと判断した多摩場は制輝軍本部から逃げ出した。


「ノエル! 大丈夫?」


 入口から現れた、武輝である身の丈を超える銃剣のついた大型の銃を持ったアリスは、多摩場とすれ違いながらも、彼を追うよりも胸を押さえて膝をついているノエルを優先した。


 普段冷めた目をしているが、膝をついて息を切らしているノエルを見るアリスの目は歳相応の少女のようで、不安に満ちていた。


「アリスさん、多摩場さんを追ってください」


「ダメ、ノエルが……」


「私なら平気です……」


 強がって立ち上がろうとするノエルだが上手く立ち上がれずに崩れ落ちそうになる。


 そんなノエルの身体をアリスの小さな身体が抱き止めた。


「何があったのかはわからないけど、無理しないで……ノエル、今すごく具合悪そう」


「……わかりました」


 自分を制止するアリスの不安に満ちた声を聞いて、多摩場を追うべきだと頭では判断しているにもかかわらず、彼女の言葉にノエルは従ってしまった。


 そんな自分をノエルは不可解だと思いながらも、アリスに抱き止められて不思議と悪い気はしなかった。


 そんな自分を、さらにノエルは不可解だと思ってしまった。


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