第23話

 ウェストエリア周辺を、運動着を着たティアは走っていた。


 いつもの訓練場でリハビリをしていた優輝と一緒に訓練をしていたが、無理を言ってティアは一人で走り込みをしていた。


 ティアは一人で走り込みをすると言った際、優輝はこの前のように声を荒げることはなく、不承不承ながらも許可をした。


 ――昨日から優輝とセラの態度が若干変わったようにティアは感じていた。


 いや、変わったのはもしかしたら自分かもしれないとティアは思った。


 その理由を走りながら考えていると、頭の中に過るのは幸太郎の言葉だった。


『優輝さんとセラさんもティアさんのことを大事に思っていますよ』


 その言葉のおかげで、忘れかけていた大切なものを思い出し、胸の中にあった不快感の塊がだいぶ楽になった――が、それでもまだ完全に不快感の塊が消えたわけではなかった。


 この不快感は、エリザを捕えるまで完全に消えそうにないような気がした。


 ふいに、ティアは立ち止まる。


 そして、ポケットからチェーンにつながれた自身の輝石を取り出した。


 輝石に意識を集中して、輝石を武輝に変化させようとするが――相変わらず、掌から放たれた緑色の光が輝石の光を覆い隠し、武輝に変化させることができなかった。


 相変わらずの自分の状況に、自分の中に沈殿していた不快感の塊が再び大きくなったような気がした。


 胸の中のモヤモヤを解消するべく、再び走りはじめようとした瞬間――遠くの方から雷鳴のような轟音が響いた。


 そして、セントラルエリアの中心、教皇庁本部の建物と背を向けるようにして建っている鳳グループ本社ビルから黒煙が立ち昇っているのが見えた。


 まさか――……


 鳳グループ本社の異変に、エリザたちが関わっていることを察したティアは、急いでセントラルエリアに向かおうとするが――走り出そうとして、ティアは足を止めた。


 すぐにでも駆けつけるべきだと思いながらも、今の自分が駆けつけても何もできないと思ったから、足を止めてしまった。


「――向こうは大騒ぎになってるってのに、アンタは行かなくてもいいのかい?」


 立ち止まったティアを嘲笑うかのような声が響くと同時に、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている、武輝である巨大な鋏を持ったエリザが現れた。


 突然自分の前に登場したエリザに、ティアは無表情ながらも僅かに驚いていたが、すぐに驚きは消えて、静かに激情の炎が揺らめいている冷え切った瞳で睨んだ。


 ティアの怒りを受けて、エリザは恍惚のため息を漏らした。


「アタシのこと、怒っているだろう? 憎いだろう? 捕まえたいだろう? でも、今のアンタは何もできない――無様だねぇ」


 今のティアの心を完全に見透かしている様子のエリザの言葉に、ティアは拳をきつく握って激情のまま動きそうになった自分を抑え、氷柱のように冷たく鋭く尖った目で睨んだ。


「……私を嘲笑うためだけにここに来たのか?」


「よくわかってんじゃないか。欲を言えば、アンタが力を失って慌てふためいて、焦る滑稽な姿も見たかったんだけど、それはどうやら見れなかったようだねぇ……残念」


「――そうか……そういうことか……」


 嫌味な笑みを浮かべたエリザの言葉を聞いて、ティアは思わず自嘲を浮かべた。


 胸の中に沈殿していた説明できない不快感の塊――その正体がようやくわかったからだ。


 今のアカデミーに広まる実力主義に排斥されている輝石使い、アンプリファイアを使う輝石使い、そして、昨日自分に襲いかかってきた輝石使い――彼らも自分と同じ感情を抱いていたとティアは気づいた。


 力を失ってから私はずっと焦っていたのか……


 ずっと一人で問題を解決できると思っていたのに、力を失ってしまい――無力な自分が無様に思って、力を取り戻そうと必死だったんだ。


 セラたちのためと思いながらも、私は自分自身の体面を保つために、結局自分のために力を取り戻そうとしていた……

 すべて一人で解決できると思い込んでいたプライドが邪魔をして今まで自分のことを気づかなかった自分に、ティアは心の底から自分を嘲る。


 ……結局、私は一人では――何もできなかったんだ。


「あんまり自分が無様なんで、思わず笑っちまったのかい?」


 自分の情けなさに気付いて、自虐気味な笑みを浮かべているティアを、勝ち誇ったようにエリザは見ていた。


 自分をとことん貶めなければ気が済まないエリザに、ティアは素直に「そうだな」と頷いて認めた。


 素直にティアは自分が無様であると認めたことに――エリザは満足気ではなく、不満気で、苛立っている様子だった。


「それで――言いたいことはそれだけか?」


「ず、随分余裕みたいだねぇ……アンタ、自分の状況がわからないのかい?」


「よくわかっている……お前の言う通り、力のない今の私は無様だ――それで満足か?」


 自分で自分を貶めているティアだが――自暴自棄になっているわけではなかった。


 自分の欠点を認めた上でティアは新たな力を得ていることに、エリザは気づいていた。


 自分の思い通りにならないティアにエリザは苛立つ。


「違うんだよ、ティア……その言葉は聞きたかったんだけど、そうじゃないんだよ!」


 激情に身を任せ、輝石の力を使っていないティアの目には捕えられない動きで一気に間合いを詰めたエリザは、鳩尾を殴って気絶させた。


「アタシの復讐はまだ終わらない……これで終わらせない!」


 気絶しているティアを抱え、エリザは自分に言い聞かせるように何度もそう呟いた。


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