第24話
窓から差す夕日に照らされた鳳グループ本社内にある応接室。
室内の空気は、沈みかけた夕日以上に暗く、沈んでいた。
セラ、幸太郎、巴、サラサの風紀委員メンバーと、学生連合の村雨、そして、脱獄囚の事件の指揮をしている麗華が、ソファに座って事件についての状況の説明していた。
現状を説明する麗華の表情は、怒りに満ちて険しい表情をしていたが、それ以上に追い詰められている様子で焦燥感が表情に滲み出ていた。
そんな様子の麗華の説明を神妙な面持ちで聞いているセラたちだが――幸太郎は呑気な様子でサラサと一緒に応接室に備えられたお茶請けのお菓子を幸せそうに食べていた。
鳳グループ本社、アカデミー高等部校舎、制輝軍本部――三か所で発生した爆発騒ぎの後、すぐにアカデミーの授業は休校になった。
そして、制輝軍本部からは昨日捕えた多摩場が逃げ出したとのこだった。
三か所の爆発事件で、爆発による怪我人は幸いにもいなかったが、事件の混乱はアカデミー都市中にあっという間に広がった――高等部校舎に、かつて捕えられて特区に送り込まれたはずの湖泉透が現れたからだ。
湖泉が現れたせいで、特区の囚人が脱獄したのではないかという噂が一気に広まってしまい、鳳グループと教皇庁が隠していた事件が公になりはじめていた。
特区から囚人が脱獄したという噂が広まり、アカデミー都市はパニックになっていた。
「――状況は最悪ですわ」
説明を終えた麗華の表情は、予想したくなかった最悪の状況が訪れてしまってことで不機嫌の極みだった。
「……それに、鳳グループの判断でまだ公にしていませんが、脱獄囚の方々が鳳グループ本社を襲った際、十人の社員を捕えて逃げ出したのですわ。おそらく、人質になっている可能性がありますわ」
一瞬の逡巡をしながらも麗華が口に出した新情報に、セラたちは驚き――「ふざけるな!」と、麗華と向かい合うように座っている怒声を張り上げた村雨がテーブルを叩いて、ソファから立ち上がった。
「今回事件を公にしなかったせいで、こんなにも騒ぎが広まっているんだぞ!」
「む、村雨さん、落ち着いてください!」
麗華に掴みかかりそうな村雨をセラは制止させようとするが、彼はそれを振り切って麗華への糾弾を続けた。
「人質がいるというのに、君たちはまだ懲りていないのか!」
「……そのことに関して、私は適切だったと思っていますわ。今回の判断も、これ以上パニックにさせないための判断ですわ」
「しかし、人質が取られているかもしれない今の状況で、そんなことは言っていられない! すぐに公表して目撃情報を集めるべきだ!」
「今回の一件に関しては穏便に済ませろと鳳グループ上層部から命令が下りましたわ。人質の存在を公表して無用な不安を駆り立てることはできませんわ」
「違うだろう! ここまで事件が大きくなってしまったからアカデミー外部に気遣っての判断だろう! 君たち鳳グループにとって捕えられた社員なんてどうでもよく、外部からの信頼が重要なのか?」
厳しくも的を射ている村雨の言葉に、答えに窮してしまった麗華は悔しそうな表情を浮かべて、拳をきつく握り締めていた。
義憤に満ちた表情を麗華に向ける村雨は、自分の言葉に対する麗華の言葉を待っていたが、麗華は何も答えないまま室内に無言の空気が流れた。
無言の威圧感を発して徐々に麗華を追い詰める村雨だが――「やめなさい」と、二人の間に巴が割って入ってきた。
「今回の決定を下したのは麗華ではないわ――それに、今は言い争いをするよりもエリザたちの対抗手段を考えることが先決よ」
本来の目的を思い出させる巴の言葉に、昂る気持ちを抑えるために村雨は小さく深呼吸をしてソファに座り、追い詰められていた自分をフォローしてくれた巴に麗華は軽く頭を下げた。
「大勢の人質を取ったということは、何か大きなことを仕掛ける前兆。大勢の人質を連れて移動するには、これまで以上に周囲に気を張り続けなければならないし、人質は想定外の行動も取る――だから、今までと違って、相手は必ず何かミスをするわ」
こんな状況でも至って冷静でいる巴に感化され、麗華たちにも冷静が戻ってくる。
「だからこそ、今は言い争いをしている場合じゃない。落ち着いて相手のミスを待って、それを見極めることが重要よ。それを頭に入れておきなさい。いいわね」
厳しくも優しい口調で諭すようにそう言いながら、巴は麗華、村雨、セラの表情を見ると――三人は巴に従うというように頷いた。
場の結束が高まりはじめたところに――応接室の扉が慌ただしくノックされた。
そして、スーツを着た鳳グループの社員が、「失礼します」入ってきた。
平静に努めているが、焦燥が滲み出ている社員の様子に、麗華は「どうしましたの?」と声をかけると、何も言わずに応接室に備えられたテレビの電源をつけた。
『アタシのことを、知ってるって人はどれくらいいるかな?』
テレビに映っていたのは――エリザ・ラヴァレだった。
広く、薄暗い空間に映っているエリザの表情は嬉々としていた。
「今さっき、アカデミー都市内の街頭モニターや、テレビに映し出された映像です。おそらく、イベント時に使われる回線を使っているようです」
鳳グループ社員の説明を耳に入れつつ、麗華たちはテレビに映るエリザを睨むようにして映像を見ていた。
『こういうのは何だか慣れないねぇ……アタシのテレビ映り大丈夫かい? ――そうかい』
カメラを映し出している人間に話しかけて、答えを聞いてエリザは満足そうに微笑んだ。
『アタシの名前はエリザ・ラヴァレ……ま、知ってる人には知ってんだろ? 知ってるか知らないかわからないんだけどさ、アタシらは最近特区を脱獄したんだ。いやぁ、中々スリリングな経験をしたよ――っで、ちょっと暇だったから最近ずっと鳳グループの施設を襲ってんだ。でも、その騒ぎをみんな知らないらしいから、アタシは何だかショックを受けちゃってねぇ……だから、今日は派手にパーッと仕掛けたんだ』
今日の爆発騒ぎの首謀者であると告白して、罪の意識がまったくない様子でエリザはテレビの前のみんなに向けてチャーミングにウィンクをした。
『それで――戦利品としてこの子たちをいただいたよ』
エリザがそう言うと同時に、カメラがエリザから両手足を拘束されて口にはガムテープを貼られた、鳳グループの社員たちを映し出した。社員たちは人質にされてなお、全員気丈な表情をしているが、それでも内から滲み出ている恐怖感は拭えていなかった。
『それと――アタシのお友達も一緒だよ』
再びカメラが移動すると――今度は、手足を拘束されていないが、二人の脱獄囚に武輝を突きつけられて思うように動けないにもかかわらず、落ち着き払っているクールな表情を浮かべているティアの姿が映し出された。
ティアが映し出された瞬間、セラの全身から凄まじい怒気と殺気が放たれた。
そんなセラをさらに煽るように、テレビに映るエリザは気分よく笑っていた。
『こっちには人質がいるんだ。こんな時、要求ってするよね、普通は。――そうだねぇ……お金かな? うん。今、ウェストエリアの闘技場にいるんだけどさ、そこにギッシリ入るほどのお金――ああ、後逃げ道を用意しなよ。そしたら、人質を解放するから』
人質と一緒に映ったエリザは、おどけた態度で金を要求してきたが――ここで、急におどけた態度から、本性である狂気に満ちた表情を浮かべた。
『まあ――……アンタたちのことだから、きっと乗り込んでくるんだろうね……』
カメラを睨むようにして、挑発的な笑みを浮かべてエリザはそう言った。
まるで、今この場にいるセラたちに言っているようなそんな感じだった。
『それならそれでいいんだけどね……――それじゃ、待ってるよ』
意味深な笑みを浮かべて、エリザは要求した金を待っているのか、それとも、セラたちを待っているのかよくわからないことを言って、カメラの映像は途切れた。
カメラの映像が途切れた瞬間、何も言わずにセラはティアを助けるために応接室から出ようとするが――「待ちなさい!」と、麗華が呼び止めた。
「先程言ったはずですわ……今回の件は穏便に済ませろと。相手は確かに私たちを挑発しているようでしたが、ここで相手の挑発に乗ってしまったら、相手の意のままですわ。まずは交渉からはじめますわ」
「今、ティアは力を失っています。交渉している間、エリザさんはティアに何をするかわかりません。それを理解しているんですか?」
「……理解していますわ。それでも、この事件の指揮を担当しているのは私、この私の指示には従ってもらいますわ!」
逡巡しながらも慕っているティアよりも、鳳グループを優先させる麗華をセラは冷めた目で見つめて、そして――セラは腕に巻いていた赤と黒のラインが入った風紀委員の証である腕章を乱雑に取って、麗華に差し出した。
「それなら、私は風紀委員としてではなく、ティアの友人として助けに向かいます」
「でしたら、風紀委員ではないあなたに勝手な真似をすることは許しません。無用な混乱を避けるため、事件の収拾がつくまで拘束しますわ」
「……こんな状況になっても、友人よりも自身の組織を大事にするんですか?」
「私には責任がありますわ」
ティアを助けに向かおうとするセラ、そして、鳳グループのために勝手な真似は許さない麗華との間に激しい火花が散り、一触即発の空気が流れた。
「ふ、二人とも、やめて!」
今にもぶつかり合いそうな二人の間に入って、サラサは声を張って二人を制した。内気な性格なサラサが声を張ったことにセラと麗華は驚きつつ、熱くなっていた頭を冷やした。
「……すみません、鳳さん。言い過ぎでした」
「……別に気にしてませんわ」
冷静を取り戻した二人の様子を、幸太郎は呑気にお茶請けを食べながら見つめていた。
―――――――――――――
鳳グループ本社を出たセラの表情は暗かった。
人質よりも鳳グループの判断を優先させた麗華に、感情のままに苛立ちをぶつけたことに、セラは深く反省していた。
感情的になって勢いで、鳳さんには申し訳ないことを言ってしまった……
彼女の立場はわかっているはずなのに。
普段は傍若無人に振る舞いながらも、鳳グループトップの娘としての責任を持っている麗華を知っているからこそ、セラは自分の失言に深く後悔していた。
取り敢えずは謝ったが、それでもセラの気は晴れなかった。
「セラさん、大丈夫?」
浮かない表情のセラの背後から、鳳グループ本社を一緒に出た幸太郎が話しかけた。
幸太郎の言葉に頷こうとするセラだが――自分を見透かすような目で見つめてきた幸太郎に、降参と言わんばかりに小さくため息を漏らした。
「鳳さんに対して辛辣過ぎたと思っていたんです」
「気にしなくても大丈夫だよ」
適当な様子で大丈夫と言い放つ幸太郎だが、セラは複雑な気持ちだった。
「ですが……私は鳳さんの立場を無視してしまいました」
「あれくらいなら鳳さん、三歩歩いたら忘れるよ」
「そ、そうですか?」
「そんなことを気にする余裕、今の鳳さんにはなさそうだし」
「……そうですね」
麗華が怒ることを平然と言っておきながらも、何気ない調子で的を射たことを言った幸太郎に、セラは意外に思いつつも、同意を示すように頷いた。
「鳳さんは後回しにして、今はティアさんのことを考えようよ」
この事件が終わったらちゃんと謝っておこう。
――今は、目の前のことに集中しよう。
幸太郎の言葉にセラは素直に頷き、麗華への申し訳ない気持ちを今は抑えて、今はエリザに囚われているティアのことに集中をはじめる。
暗かったセラの表情が鋭いものへと変化して、全身が殺気立ちはじめた。
そんなセラに、幸太郎はふいに「セラさん」とセラに話しかけた。
「セラさん、無茶する?」
「……ええ」
「それなら、僕も」
無茶をする自分に協力してくれる、無茶をする気満々な幸太郎。
そんな幸太郎に不安を感じつつも、心強いとセラは思ってしまった。
無茶をする気満々な二人の前に、二人の人物が現れた。
一人は久住優輝、もう一人は、優輝が乗っている車椅子を押している、幸太郎とセラの一年先輩の眼鏡をかけた三つ編みおさげの地味目な少女――
力強い意思を宿している瞳の沙菜とは対照的に、優輝は落ち込んでいる様子だった。
「優輝、沙菜さん……」
「話は聞きました。私たちにもセラさんたちの協力をさせてください」
「……沙菜さん。ありがとうございます」
自分に協力すると言ってくれた沙菜に、セラは心強さを感じるとともに、ティアが人質に取られて不安だった気持ちが一気に膨れ上がって縋るような目で沙菜を見つめた。
自分を見るか弱い少女のような目に気づいた沙菜は、セラの頭にそっと手を置いた。
「大丈夫です……私たちがティアさんを助けましょう」
不安な気持ちを霧散させるような優しい声音の沙菜の言葉にセラは力強く頷いた。
改めて気合を入れるセラに、今まで暗い表情を浮かべていた優輝は意を決したように、セラを見つめた。
「すまない、セラ……ティアが人質に取られる前に、俺が一緒にいたんだ。危険だと思いながらも、俺はティアを一人にしてしまった」
「でも、優輝さんはティアさんを思って、自分と一緒にいるよりも、ティアさんを一人にさせた方がいいと――」
「――いや、すべては俺の責任だ。言い訳はしない……こんな状態だが、できる限りのことはする。だから、協力させてくれ」
気遣って自分のフォローをしてくれる沙菜を遮って優輝はセラに頭を下げて、罪悪感を抱いていて暗かった表情を強い意志を宿すものへと一変させて顔を上げた。
沙菜がフォローしなくとも、謝らなくても、セラには優輝がティアを気遣っていることは十分に理解していた。
自分も優輝の立場ならそう判断したからこそ、優輝がティアを思っていることが十分に理解できていた。
「お願い、優輝」
自分の気持ちを理解してくれているセラに、優輝は力強く頷いて応えた。
心強い味方を得て、さっそくウェストエリアに向かおうとするセラの前に――
「セラさん、僕という貴重な戦力をお忘れではありませんか?」
勘違いしている貴原と、音もなくサラサが現れた。
「この僕いれば百人力! 卑怯にも人質を取る脱獄囚は再び特区に送り帰しましょう!」
「――お嬢様が、セラお姉ちゃんを手伝えって。でも、お嬢様の命令とか関係なくて、私はセラお姉ちゃんに協力するから」
「……そうですか。ありがとうございます、サラサちゃん」
一人で盛り上がっている貴原を無視して、セラはサラサに指示を与えた麗華の気遣いと、指示関係なく協力を買って出てくれたサラサに感謝をしていた。
「ま、まあ……君のような落ちこぼれに恩を感じたままというのはどうにも気持ちが悪いのだ。だから、仕方がなく協力するのだ! 感謝したまえ」
「ありがとう、貴原君」
麗華以上に素直じゃない、義理堅い貴原に幸太郎は素直に感謝の言葉を述べた。
心強い味方が増えて、セラたちはエリザに反撃するために動きはじめる。
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