第21話

 朝早くに麗華は鳳グループ本社内の社長室にいた。


 昨日の出来事――脱獄囚の中でも危険度が高い囚人の一人・多摩場街を捕えたとことを、父である大悟に報告していた。


 一歩解決に近づいたことで麗華は嬉々とした表情で父に報告しているが、大悟は昨日の段階で萌乃から報告を受けていたので、特に何も感じている様子はなかった。


「これで脱獄囚の方々の力を大きく削ぐことができましたわ! それに、多摩場さんはエリザさんに信頼されているようですので、重要な情報も持っている可能性もあります。このまま上手く行けば、一気に解決できますわ」


「……そうだな。よく頑張った」


「も、勿体ない言葉ですわ……これも、すべてお父様のためですから」


 感情が込められていない父の声だが、それでも父に褒められたので麗華は少女のように小躍りして喜んでいた。


 しかし、無表情の父の表情がいつにも増して暗くなっているように感じた麗華は、慌てて喜ぶのを中断した。


「す、すみません。まだ、事件は終わっていませんでしたわ」


 事件を解決した気になって浮ついていて猛省する麗華だが――父の表情は変わらず暗いままだった。


「あ、あの、お父様……その……」


 暗い表情を浮かべている父の力になろうとする麗華だが、返って足手まといになり、困らすだけだと感じて何も言えなくなってしまった。


 しばらく無言の状態が続くが、その沈黙を大悟が「麗華」と、娘を呼ぶ声が打ち破った。


 名前を呼ばれて、父のために力になれると感じた麗華の表情はパッと明るくなる。


「ど、どうしましたか? お父様」


「学生連合についてどう思う」


「……ただ暴れたいだけの野蛮な方々が集まる、大義を見失った烏合の衆ですわ」


 父が学生連合について思い悩んでいると思った麗華は、忌々しげに率直な感想を吐き捨てるように述べた。


「脱獄に学生連合が関わっているという話ですが、極一部の真っ当な意志を持つメンバーを守るため、村雨さんが私たちに誠意を見せるために風紀委員に協力していますわ」


 学生連合を憎々しく思いながらも、村雨の努力を知っている麗華は僅かな真っ当のメンバーは憎み切れないでいた。


「輝士団と輝動隊に所属していた学生連合ならば、監視カメラの映像の位置を把握して、カメラに映らないように上手く脱獄囚を隠れ家に誘導することも、隠れ家として有効利用できる場所も把握しているかもしれない――だが、特区はどうだ? どうやって、セキュリティをかいくぐり、誰にも気づかれずに輝石を運び、囚人に渡した?」


 父の問いかけに、麗華は怒りで熱くなっていた頭が一気に冷めた。


「確かに……厳重なセキュリティが施されている特区を破るのは、学生連合だけでは不可能ですわ。特区内部に詳しい人間、そして、特区のセキュリティを破る人間が必要ですわ」


「内部について知る人間が限られる場所が襲われた……今回の一件はグレイブヤードの一件と同じだ」


 グレイブヤード――アカデミー都市内にいる全輝石使いの個人情報が眠っている重要施設であり、鳳グループが管理していてその場所は限られた人間しか知らなかった。


 一年前に麗華たち風紀委員は、グレイブヤードでアカデミーにいる輝石使いの個人情報を抜き取ろうとした犯人を捕まえていた。


 その事件はいまだに犯人の目的がわかっておらず、一部の限られた人間しか知らないグレイブヤードの場所をどこで知ったのかという謎が残っていた。


 一部の人間しか知らない情報を知っていたので、おそらくどこかに内通者いると思われているが――それもまだ不明だった。


「お父様は今回の一件と、去年の一件がつながっていると思っていますの?」


 嫌な予感が渦巻く麗華は、恐る恐る父に質問をした。


 表情が強張っている娘の質問に、大悟は一瞬の思考の後――「まだ確証は得ていない」と答え、暗かった表情がますます暗くなった。


「だが……裏切者がいるとするならば、鳳グループ内部だろう」


 確信を得ているような大悟の言葉に、麗華は思わず巣に戻って「ぬぁんですってぇ」と、声を張り上げそうになってしまうが、必死に抑えた。


「お、お父様は……その裏切者が誰なのか、わかっていますの?」


 驚いているせいで震えた声で質問する麗華だが、父は目を伏せて何も答えなかった。


 鳳グループ内部に裏切者がいるならば、父のため、そして、鳳グループトップの娘として、黙っていることはできない麗華はさらに追及しようとするが――その瞬間、本社全体が大きく揺れた。


「な……なんですの、この揺れは――」


 麗華の言葉を遮るように、けたたましいサイレンが社長室内に響き渡った。


 突然のサイレン音に慌てている娘とは対照的に、落ち着き払っている大悟は、机の下に隠されたボタンを押すと――社長室の壁一面がモニターになって、映像が映し出された。


 モニターの映像は、鳳グループ本社エントランスに無数に設置された監視カメラの映像を映し出していた。


 監視カメラの映像には、多くの逃げ惑う鳳グループ社員と、逃げ惑う社員を捕えている獰猛な顔つきの武輝を持った大勢の輝石使いが映っていた。


「襲撃ですわ! い、一体何者――まさか、脱獄囚?」


「考えるのは後にしろ。私は避難を呼びかける。お前は下に迎え」


「わかりましたわ――」


 父に指示されてすぐに麗華はエントランスに向かおうとした瞬間――再び建物全体が大きく揺れた。




――――――――




 朝の二年C組――自分の席に座っている幸太郎は眠そうに大きく欠伸をして、机にグデッと突っ伏していた。


 これから今日の授業が開始されるというのに、幸太郎は激しい睡魔に襲われていた。


 理由は寝不足だった。


 昨日の取調べは夜遅くまで続き、寮の自室に戻って眠る頃には日付が変わっていた。


 寝不足というのもあったが、それ以上に昨日は訓練日だったので全身に筋肉痛が襲いかかっており、心身ともに幸太郎は疲れ果てていた。


 机に突っ伏しながら、ふいに幸太郎はセラに視線を向けた。


 相変わらずセラは大勢の友人たちに囲まれており、和気藹々とした様子でいっさいの疲れを見せることなく、会話を弾ませていた。


 懲りもせずに貴原がセラを食事に誘おうとしていたが、いつものように軽くあしらわれて、セラの友人たちのひんしゅくを買っていた。


 ……タフだなぁ、セラさん。

 ……懲りないなぁ、貴原君。


 昨日はずっと気を張り詰めていたのにもかかわらず、いっさいの疲れを見せないセラに、素直に幸太郎は感心するとともに、自分も負けていられないという気になった。


 大きく欠伸をしながら身体を伸ばし、眠気覚ましに登校中に買ったチョコパンでも食べようとしていると――そう遠くない距離で鼓膜を揺らす激しい音が轟いた。


 何だろうと思い、幸太郎、そして、クラスメイトたちは窓の外を見ると――校舎からそう遠くない距離にある塔のようにそびえ立つ鳳グループ本社ビルから、黒い煙が立ち昇っていた。


 鳳グループ本社の異変に察知したセラは、すぐに教室を出ようとするが――今度は大きな爆発音と破壊音が高等部校舎に轟き、建物全体が大きく揺れた。


 突然の事態に、クラスメイトたちの悲鳴が響き渡ると同時に、外から高等部校舎中に響き渡る悲鳴を聞いて、心底楽しんでいる大勢の笑い声が響き渡った。


 突然の衝撃にクラスメイトがパニックになっている中、落ち着き払った様子のセラと、事態の把握をしていない呑気な幸太郎は窓の外を見ると――


 校庭に凶悪な表情をした脱獄囚を引き連れた湖泉透がいた。


 武輝である巨大な鉈を持つ大男の湖泉は一際目立っており、顔見知りであるセラの視線に気づいたのか、不気味なほどフレンドリーな笑みを彼女に向けてきた。


「貴原君、行きますよ」


「ちょ、な、なぜ僕が! ちょ、ちょっとセラさん?」


 湖泉の存在に気づいたセラは、三階の高さだというのに窓から飛び降りた。


 突然セラに呼ばれて戸惑いつつも、貴原はセラに遅れて窓から飛び降りる。


 二人とも空中で輝石を武輝に変化させて、華麗に着地した。


 すぐにでもセラたちの後を追いかけたかった幸太郎だが、身の安全を考えて、階段を使って校庭へと向かった。


 校庭に向かうために一階に降りると――一階には焦げたにおいと煙が充満して、スプリンクラーが発動していた。


 ずぶ濡れになりながらも幸太郎は特に足踏みすることなく口と鼻を抑えて、セラたちが向かった校庭へと急いだ。




――――――――




 元輝動隊本部である制輝軍本部内にある、元輝動隊隊長室に、一人ノエルは机の上に広げた今回の事件の資料を無表情で眺めていた。


 自分の仕事部屋として使っている部屋で、リグライニングチェアに深く腰掛けて早朝からずっと資料を眺めているノエルだが、疲れている様子はいっさいなかった。


 一通り資料に目を通し終えたノエルは、ふいに室内にある時計に視線を移した。


 時刻はもうそろそろ、アカデミーの一日がはじまる時間だった。


 アカデミーにいる生徒はどんな人間がいるのかを調査する目的で、ノエルは高等部二年に在籍しているが、数度登校してもう登校する気はなかった。


 普段高等部女子専用の制服を着ているのは、ただ単に着る服がないだけであって、登校するつもりはいっさいなかった。


 それなりの学力もあり、人付き合いも制輝軍の活動をする上で必要なく、生徒を調査しなくとも手元の資料を見ればすぐにどんな人物であるか理解することができて、自分の実力を大きく下回る輝石使いと訓練しても意味がないので、登校しても無駄だとノエルは判断していたからだ。


 だが――ノエルは、毎朝、この時間になると無意識に時計を確認してしまっていた。


 そして、一瞬だけアカデミーの授業風景のことを頭に過らせて、すぐに消した。


 毎朝恒例の無意識の行動に、小さく嘆息しながらもノエルは頭を切り替えて、今回の事件――特に学生連合について考えていた。


 特区の脱獄に手を貸したとされている学生連合について、ノエルは疑念を抱いていた。


 手を貸したか否かの真偽はどうでもいいと思っているが、どうにも学生連合が利用されている気がしていたからだ。


 どうして利用されているのかはわからないが――ノエルは、この事件が終わったら学生連合は完全に消滅すると考えていた。


 たとえ、脱獄囚に協力していなくとも、風紀委員に協力して周囲に誠意を見せても、確実に消えるとノエルは思っており、消滅した後行き場をなくした学生連合がどのような動きをするのか興味がなかった。


 自分は自分の目的と役割を果たす――ノエルの頭の中にはそれしかなかった。


 物思いに耽っているノエルだったが――本部の外から聞き慣れない轟音が響き渡った。


 轟音の正体が爆発音であることを察したノエルは、いよいよエリザたちが動き出したと思い、ゆっくりと立ち上がる。立ち上がると同時に、扉が勢いよくノックされた。


「し、失礼します!」


 ノックと同時に、一人の制輝軍の隊員が慌てた様子で部屋に入ってきた。


「げ、現在、鳳グループ本社に大勢の輝石使いに襲撃されている模様です」


「……脱獄囚ですか?」


「そ、そのようです」


 再び――今度は、制輝軍本部内が大きな爆発音が届くと同時に建物が揺れる。


 昨日捕えた多摩場が本部地下の拘留施設にいることがノエルの頭に過った。


「――行きましょう」


 落ち着き払った声でそう呟いたノエルは部屋を出る。彼女の後に続いて、彼女に報告に来た制輝軍の隊員も部屋を出た。

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