第28話

「秘密通路があったんですね。アカデミーの教皇庁本部と同じで、旧本部にたくさんあるってリクト君から聞いてましたけど、ここにもあるなんて知りませんでした」


「本部や旧本部高ではなく、教皇庁の関連施設には一部の人間にしか知らされていない有事の際に使用される外に繋がる秘密の避難通路や、シェルターが必ずあるのじゃ。この聖堂内には無数の秘密通路がアリの巣のように広がっているのじゃ」


「何だかワクワクします」


「フフーン! リクトよりも秘密通路に関してはワシの方がよく――というか、すべて知っているぞ! 秘密通路の設計にはワシの一族も関わっているのじゃからな」


「それじゃあ、案内してもらってもいいですか?」


「ひとまずはここから出ることを優先させるぞ。世間話はそれからじゃ」


 ブレイブとデュラルから秘密の通路を使って逃げているイリーナと幸太郎は、呑気に会話をしながら多くの隠し扉を経由して秘密通路を進んでいたが――不意に立ち止まった幸太郎は「イリーナさん」と先へ進むイリーナを呼び止めた。


「やっぱり、引き返しませんか?」


「……エレナが心配か?」


「もちろんです」


「心意気は立派だが、お主が戻っても無力じゃ。ブレイブが言っておったが、聖堂周辺はブレイブの弟子たちが大暴れしているはずじゃ。ティアたちなら何とか凌げると思うが、それでも対処に時間がかかる。応援を呼ぶために、ワシらが早急に外に戻って外部と連絡を取ることが重要じゃ」


「ぐうの音が出ませんけど、やっぱり戻りましょうよ」


「こういう時に安心しろというのは間違っているが、謀反を起こしてもブレイブはブレイブ。何だかんだ言っても、エレナとの対話を重要視しているはずじゃ。ブレイブが甘い内に、ワシらが急いで外部と連絡をすれば、状況は一気にこちらが有利になる」


「それなら、僕一人で外に行きますからイリーナさんはエレナさんのところに行ってください」


「この秘密通路はかなり入り組んでおる。案内がなければお主は迷ってしまうことになるし、外に一人で出たお主がブレイブの仲間に囲まれてしまえば終わりじゃ」


 ぐうの音が出ないほどの事実を突きつけられても折れない幸太郎に、イリーナは感心しつつも呆れたように深々とため息を漏らし、「それに――」と話を続ける。


「お主が戻って何をするのじゃ。ブレイブを止められると思うのか?」


「……どうでしょう?」


「考えなしに戻っても、相応の覚悟で謀反を起こしているブレイブは止まらん。こうして余計な議論を交わしている間にも状況は刻一刻と変化しておるし、お主を狙うデュラルもワシらに近づいてくるのじゃ。だから先へ急ぐぞ」


 余計な議論をしているうちに状況が悪くなり、自分のことを狙うデュラルのことも思い出し、ようやく納得したのか、取り敢えずイリーナに従う幸太郎だが、その表情はまだ不満気だった。


 黙々と先へ進んでいるイリーナと幸太郎だが、沈黙は長くは続かなかった。


「ブレイブさん、どうしてあんなことをしたんでしょう……優しい感じの人だと思ってたのに」


「ブレイブは聖輝士として文句なしに相応しい人物であるが、それ故に不満も多かったのじゃ」


 幸太郎の不意の疑問に、イリーナは謀反を起こした弟子であるブレイブのことを思い、心底呆れているようで、憂鬱そうなため息を深々と漏らした。


「世界中で起きている数多くの事件を解決してきたブレイブは、その都度事件に巻き込まれて親を失った子供を引き取って、輝石の資格を持たない子も持つ子も平等に親代わりとして育てた。だからこそ、エレナが教皇庁を潰したことによって生じる混乱で、不幸になる多くの子供たちが生まれるのを見過ごせなくて、謀反を起こしたのじゃろう」


「ブレイブさん、偉いんですね」


「だから言ったじゃろう? 誰よりもアイツは聖輝士に相応しい高潔な人物であると。引き取った子らはブレイブを慕い、ほとんどは輝士に、ほとんどは教皇庁に奉仕するようになった――お主が良く知るアトラもブレイブの弟子であり、子の一人であるぞ。確実にアトラも他の兄弟弟子たちと同様に今回の件でブレイブとともに謀反を起こしているじゃろう」


「信じたくないです」


「気持ちはわかるが、そう考えるのは自然じゃ。多くの弟子――いや、子を持つアイツに付き従う者は多く、ブレイブが謀反を起こすと知れば協力者は大勢いる。よく考えれば二日間続けてエレナを狙って襲いかかった過激派の人間はブレイブと繋がっている連中だったのじゃ。取調べで全員無言を貫き通し、統率の取れた戦闘をしたのもアイツの子だと考えれば納得できる」


 自分がよく知っており、リクトたちの友人であるアトラがブレイブとともに暴れまわっていることを信じたくない幸太郎だが、ブレイブのことをよく知っているからこそイリーナはアトラたちも今回の騒動に関わっていると確信していた。


「それじゃあ、アトラ君はリクト君たちと戦うんでしょうか」


「アトラがブレイブに協力しているのなら、それは避けられないじゃろう。父と慕うブレイブのためならアトラは――いや、アトラだけではなくブレイブの弟子は何でもする。たとえ、友と戦うことになっても倒れるまで止まらぬ。そんな覚悟を持つ者たちを簡単に止められると思うか?」


「やっぱり戻ってブレイブさんを止めましょう。止めれば解決しますよ。多分」


 友達同士で本気でぶつかり合うことが嫌な幸太郎は、再び戻ってブレイブを止めようと進言するが、「お主、ワシの話を聞いておったのか?」とイリーナはじっとりとした呆れた目で幸太郎を見つめた。


「ブレイブはもちろん、ブレイブの弟子も覚悟を決めておる。そんな奴らは簡単には止められん。お主も理解できるのではないか?」


「それって覚悟を決めているって言えるんでしょうか?」


 特に何も考えている様子なく放たれた幸太郎の一言に、「そ、それは、だな……」イリーナは答えに窮してしまう。幸太郎の言う通りだと、イリーナは思ってしまったからだ。


 師匠を父と慕うブレイブの弟子たちは、ブレイブのために覚悟を決めて今回の騒動を起こしたが、それは幸太郎の言う通り覚悟というのには些か疑問があった。


 それは覚悟ではなく、ただブレイブに従っているだけではないのかと。


 そう考えた時、ブレイブを止めるための手段が見えたような気がしたイリーナは、どこか寂しそうな笑みを浮かべて諦めたように深々と嘆息して、幸太郎をジッと優し気な目で見つめた。


「能天気なのか、計算づくなのかはわからぬが、お主は面白い奴だ。お主のせいで、ワシは変な希望を抱いてしまった。罪な男だ、お主は」


「そうなんですか?」


「まったく……実に惜しい。賢者の石という特殊な力を抜きにして考えても、お主が教皇庁にいれば、きっと教皇庁はより良い方向へ向かっていた――実に惜しい、本当に」


「何だか照れます。それじゃあ、さっそくブレイブさんのところに――」


「お前がそれを心配する必要はねぇよ」


 ブレイブの元へと戻ろうとイリーナに訴える幸太郎の言葉を遮り、冷たく突き放し、嘲笑するような声が二人の背後から響いた。


 二人の背後から登場するのは、刀身が自身の背丈もある長剣を片手で持っている、普段の軽薄な雰囲気からは考えられないほど、冷たく、張り詰めた空気を身に纏っているデュラルだった。デュラルの登場に、即座にイリーナは庇うようにして幸太郎の前に立った。


 私怨がたっぷり込められた冷たいデュラルの眼光と、彼から放たれる責めるような威圧感を受けて、幸太郎は動けなくなってしまう。


「さあ、七瀬。こっちに来てもらおう。これ以上面倒な真似をしたくないんだ。大人しく従え」


「従うな、幸太郎。デュラルはお主を狙っておるのだ。ワシがお主を守ってやる」


「笑わせんな。アンタ、自分が何を言ってんのかわかってのか? 茶番はやめろよ」


 幸太郎に向かって差し伸べられたデュラルの手を払ったイリーナは、ブレスレットに埋め込まれた自身の輝石に触れる。


 幸太郎を守ろうと自分に立ち向かう師匠の姿を見て、デュラルは大きく鼻で笑った。


「アンタがそのつもりなら、師匠でも俺は容赦はしない。あのバカや、そこにいる小僧みたいに利用されるつもりはいっさいないからな」


「バカ弟子め……ワシも容赦はせぬ!」


 静かに戦意を昂らせる弟子を見て、戦闘は避けられないと判断した瞬間、イリーナのブレスレットについていた輝石が消え、代わりに彼女の周囲に複数の光が舞いはじめた。


 デュラルに気圧されて動けない幸太郎は、二人の間の緊張感が高まるのをじっと見つめることしかできなかったが――二人の間の緊張感に水を差すように、どこからか何かを打ち破るような破壊音が響き渡ってきた。


「な、なんなのじゃ、この音は……まさか、ブレイブか?」


「そんなわけないだろうっての――どうやら、来たようだな」


 徐々にこちらに近づいてくる破壊音に、イリーナとデュラルは戦意を忘れてその音に気を取られてしまっていた。


 一分も経たないうちに破壊音はすぐ隣まで響き、そしてついにデュラルとイリーナの間にある壁が盛大な音を立てて砕け散って大きな穴が開いた。


 舞い散る埃とともに現れるのは、自身の武輝である大剣を担いだティアだった。


 ティアの登場にデュラルに気圧されていた幸太郎の表情はパッと明るくなり、「ティアさん!」と安堵の声を上げると、ティアは安堵の微笑を一瞬だけ浮かべた。


「無事でよかった……幸太郎、こっちに来い」


「わかりました――イリーナさん、ティアさんのところに行きましょう」


 ティアという心強い味方が現れ、イリーナとともにティアの元へと駆け出そうとする幸太郎だが、「騙されるな」とティアは鋭い声を上げた。


「イリーナ・ルーナ・ギルトレート――ブレイブ・ルインズや、他の輝士たちを操っている今回の一件のだ」


 イリーナがブレイブたちを操る黒幕だと言うティアに、今までイリーナに守ってもらっていたのでその言葉が信じられない幸太郎はただただ素っ頓狂な声を上げて驚き、対照的にイリーナは否定も肯定もしないで意味深な笑みを浮かべていた。


「だから言っただろうが、さっさとこっちの来いって」


 自分に従わなかった幸太郎への苛立ちを吐き捨てるように深々とため息を漏らしているデュラルを、ティアは怒りと呆れ、それ以上に親愛の念を宿したじっとりとした目で睨んだ。


「……もしかして、説明をしていないのですか?」


「だって仕方がないだろうが。説明する間がなかったんだもん」


「敵か味方かわからない状況で唐突に自分についてこいと説明されても、混乱するだけです。時間的に余裕がなくとも、あなたなら作ろうと思えば作れたはずです」


「だって、アイツと二人きりで話すの嫌だもん! お前たちが説明すればよかっただろう」


「確かにその通りですが、いい加減言い訳はやめてください。見苦しいです」


「ひどいぞ、ティーちゃん」


「……気持ちが悪いです」


 さっきまでイリーナと対峙していたとは思えないほど、表情と身に纏う空気を弛緩させて、若干言動が子供っぽくなっているデュラルに心底呆れながらも、口調は丁寧で敬意を感じさせる声音でティアは彼と親し気に話しており、幸太郎はそんな二人をぽかんと見つめていた。


「デュラルさんと、ティアさん、知り合いだったんですか?」


「デュラル・フリューゲル――ティアリナのじゃ」


 浮かんだ疑問を何気なく幸太郎は口にすると、ティアたちの代わりに不敵な笑みを浮かべているイリーナが答えた。


 軽薄な態度のデュラルが、常に冷静沈着で自他ともに厳しいティアの父親であることを知り、幸太郎は素っ頓狂な声を上げて驚いた。大きく目を見開いて驚き、自分とティアをジロジロと交互に見つめる幸太郎に、デュラルは忌々しそうに舌打ちをしてガンをつける。


「なんでそんなに驚いていたんだよ」


「全然似てないので驚きました。ティアさんのお父さんなら、もっとクールでカッコいい人だと思ってました」


「それって遠回しに俺をカッコ悪いって言ってのか? 喧嘩売ってんのか! 今でもナウなヤングにモテモテなんだぞ!」


「あ、はじめまして、七瀬幸太郎です。ティアさんにはいつもお世話になっています」


「おい、ティーちゃん! この男ぶん殴ってもいいか?」


 能天気な幸太郎の態度に苛立ちを爆発させるデュラルに、ティアは小さいながらも深々とため息を漏らした。


「とにかく、イリーナから離れろ。お前が思っている以上に危険だ」


「そうなんですか、イリーナさん?」


 イリーナが危険だというティアの言葉に、能天気にも幸太郎はイリーナに確認を取ると――返答代わりに、幸太郎の足元に向かってどこからかともなく光弾が飛んできた。


 突然飛んできた光弾に、幸太郎は驚いて情けなく尻餅をついてしまった。


 そんな幸太郎を冷たく見下ろしたイリーナは、仰々しく肩をすくめてため息を漏らした。


「まったく……あともう少しでこちらの目的が果たされるというのに、こんなところで邪魔が入るとはな。こうなるなら、二人きりになって早々に始末するべきじゃったな」


「……その口ぶりから察すると、教皇が狙いのブレイブとは違い、最初から幸太郎が狙いのようだな」


「その通り、幸太郎は教皇庁にとって都合の悪い存在じゃからな」


 ため息交じりに放たれたイリーナの言葉は、いたずらがバレた子供のように無邪気だが、それ以上にいっさいの容赦のない冷たいものだった。


 イリーナの狙いが幸太郎であると気づいたティアの全身から静かな怒りのオーラが放たれた。


 圧倒的な力の気配を放つティアに気圧されることなく、イリーナは周囲に浮かんでいた無数の光から自身の武輝である大きな筒――砲口を生み出した。


「ワシの邪魔をするというのなら、古い付き合いのお主たち父娘でも容赦はせん」


「自分の目的を果たすためなら誰でも排除するのは相変わらずみたいだな。個人的には、そこにいる小僧なんてどうでもいいというか、ムカつくし、どうとでもなれって思うんだけど、ティーちゃんのためだからな――アンタと戦ってやるよ」


 イリーナとデュラルが静かに火花を散らしている隙に、幸太郎はティアの元へと小走りに向かい、ティアが壁に開けた穴の陰に隠れた。


 幸太郎が安全な場所に隠れたのを確認したティアは父の隣に立って、静かに戦意を漲らせる。


「ティアリナとデュラル――相手にとって不足はない! 行くぞ!」


 周囲に浮かぶ砲口が火を噴いた瞬間――三人の戦いが開始された。


 そんな三人戦いを、幸太郎は陰ながら見守っていた。

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