第27話


 気持ちよさそうに鼻息を囀りながら、武輝である斧を担いでいる美咲は襲いかかる輝士たちの相手をしていた。


 酔っているような足取りでありながらも、正面からの堂々とした攻撃、死角からの奇襲を確実に回避しながら軽い調子で振るった武輝で反撃を決め、輝士たちを一撃で倒していた。


 一人、また一人と美咲の手によって倒される中、一人の輝士が果敢にも真正面から大上段に構えた武輝を一気に振り下ろした。


 捨て身の一撃だが――自身に刃が届くよりも先に、武輝を持っていない方の手で輝士の顔面を掴み、そのまま床に思いきり叩きつけて昏倒させた。


 その瞬間、背後から襲いかかる一人の輝士――今、美咲が倒したのは囮だった。


 自分を犠牲にして囮になってくれた仲間の想いを乗せた一撃を美咲の頭上に振り下ろす。


 その一撃は見事に美咲の脳天を直撃すると、間髪入れずに次々と彼女に輝士たちが殺到して休むことなく攻撃を仕掛けた。


 一人に大多数で不意打ちを仕掛けるという卑怯極まりない戦方だが、銀城美咲という実力者相手に彼らはそんなことなど構っていられなかった。


 黙って無数の攻撃を受ける美咲だが――彼女は激しい攻撃を受けている中、嬉々とした笑みを浮かべて気持ちよさそうにしていた。そんな彼女の表情に気づいた輝士たちはぞっとしてしまい、攻撃の手を一瞬緩めてしまい、一旦間合いを取って離れようとする。


「あれ? もう終わりー? もうちょっと楽しませてよ♪」


 しかし、にんまりと笑っている美咲は自分から離れようとする輝士たちを逃がさない。


 激しい攻撃を受けたというのにまったく効いている素振りを見せない美咲に、輝士たちは恐怖し、ようやく自分たちが束になっても美咲には勝てないと決定的な差を理解した。


 嬉々とした笑みを浮かべた美咲は次々と攻撃を仕掛けて一人ずつ確実に倒す――そんな彼女の姿はオモチャで遊ぶ子供のように無邪気でありながら、残虐でもあった。


 まさか、これほどまでに差があるとは……状況は最悪だ。

 おそらく、外にいる仲間たちも全員自分たちと同じ状況に違いない。

 このままじゃ、ダメた……


 仰向けになって倒れているアトラは仲間たちが美咲によって圧倒される姿を眺め、自分たちが圧倒的不利であるということを思い知らされていた。


 リクトと戦っていたアトラもまた、美咲と戦う輝士たちと同様に圧倒され、倒れてしまっていた。


「終わりにしましょう、アトラ君……これ以上争っても無駄に終わるだけです」


「そんなつもりはありません。まだ――まだ、終わってない!」


 倒れているアトラに向けて、リクトは懇願するように投降を促した。


 だが、投降するつもりなど毛頭ないアトラは、ゆっくりと立ち上がった。


 足甲が装着された両足に力を込めて大きく一歩を踏み込み、一気にリクトとの間合いを詰めた、手甲が装着された両腕を勢いよく振るう。


 手甲が装着された拳をきつく握り締め、躊躇いなくリクトに向けて突き出すが、リクトは容易に回避。


 テンポよく即座にもう一方の拳を突き出すが、これも回避される。


 拳だけではなく、足も使ってリクトを攻めるが――ことごとく最小限の動きで回避される。


 それでも激しい連撃を続けるアトラだが、僅かな隙をついてリクトは手にした武輝である盾を、申し訳なさそうに振るってアトラに攻撃を仕掛けた。


 リクトの攻撃が直撃して半歩後退って怯むアトラだが、すぐに力強い一歩を踏み込んで拳を突き出した。


 アトラの反撃に避けきれないと即座に判断したリクトは、手にした盾で防いだ。


 武輝同士がぶつかり合い、周囲に金属音が響き渡った瞬間――リクトの盾が吸収したアトラの攻撃の威力を衝撃波として放出する。


 避ける間もなく直撃したアトラは勢いよく吹き飛び、地面に叩きつけられた。


 強い……最後にあった時と比べて、段違いに強くなっている。

 さすがは次期教皇最有力候補で、エレナ様の息子だ……


 リクトの実力が遥かに向上していることを身に染みて理解したアトラは、心の中でリクトに感心しつつも、不利な状況に歯噛みしていた。


「勝負あったな、アトラよ……後はもうお前一人だけだ。降伏するがいい」


「申し訳ありませんが、それはできません」


「往生際が悪いぞ! 我らは既にお前たちに対抗するための手段を打ってあるのだ!」


「まだ結果はわかりません! だから、まだ終われないんです!」


 今までアリシアとともにジェリコに守られていたプリムは、美咲が輝士たち全員を倒し、リクトの攻撃でアトラが倒れたのを見て、勝負あったと判断して前に出て改めてアトラに幸福を促すが、アトラはそれを拒否して再び立ち上がって抵抗する意思を見せ、アトラに続いて美咲によって倒された輝士たちもよろよろと立ち上がった。


 そんな彼らの様子を見て楽しそうな笑みを浮かべる美咲だが、リクトはむなしそうな表情を浮かべて、「もうやめましょう!」と怒声を張り上げた。


「アトラ君の背後にいる人がブレイブさんであることはもうわかっています! ブレイブさんの弟子であるあなたたちが、どんなにブレイブさんを慕っているのかも理解しています! ブレイブさんのことを思うのなら、こんな無駄な争いは即刻やめるべきだ!」


「それなら理解できるでしょう? ブレイブさんのために、俺たちは諦めないと!」


 こんな状況でも自分を説得してくるリクトに、それ以上に追い込まれてしまった自分に喝を入れるようにアトラはそう宣言すると、ポケットの中から六角形の小さな物体を取り出した。


 アトラに続いて、他の輝士たちも六角形の物体を握り締めた。


「そ、それは一体……」


「これは兵輝――リクト様も聞いたことがあるでしょう?」


「それを使った人はいまだに意識不明のままです! そんなものを使えば、アトラ君たちでもどうなるのかわからない! あなたたちはただ兵輝の実験に利用されているだけです」


「そんなこと、重々承知です。でも、我々は退けないんです!」


 輝石使いではない普通の人間を輝石使いにする『兵輝』を持つアトラたちの背後にアルトマンたちがいることを理解するリクトだが、それ以上に兵輝持つ危険性を説明して、アトラたちを説得することを優先させる。


 しかし、そんなリクトの説得など一歩も退く気のないアトラたちには無意味だった。


「俺たちを育ててくれたブレイブさんのために、利用するなら何でも利用する! この身のすべてを犠牲にしてでも、あの人の望みを叶えるんだ!」


 誓いを立てるように自分にそう言い聞かせたアトラは兵輝を握り締めると、兵輝は緑色の光を放ち、次に輝石に似た白い光を放った。


 白い光が収まると同時に――手甲が装着されたアトラの両手には兵輝が変化した武輝である二本の剣が握られ、兵輝を使用した他の輝士たちも兵輝を様々な武輝に変化させていた。


 兵輝を使用したアトラたちは、さっきまで満身創痍だったのが嘘のように全身に力を漲らせており、リクトたちはそんな彼らの力に気圧され、美咲は更に楽しそうに微笑んだ。


 少し、身体に違和感があるが――……なるほど、確かに武輝と何ら変わりはない。

 それだけじゃなくて、高揚感が身体を支配しているおかげで力も漲る。

 これなら――いける!


 武輝と何ら変わりのない力を放つ兵輝によって生まれた武輝と、兵輝を使用して自分の中に更なる力が滾っているのを感じたアトラは僅かに希望の光が見えはじめていた。


 危険な力を頼ってまで、師であるブレイブに尽くそうとするアトラたちを、プリムは怒りと呆れを宿した目で眺めていた。


「アトラ……バカモノめ! そんなに意地と身体を張って何になるのだ! お前のすべてはブレイブのものではないのだぞ! そんなことをしてもブレイブは喜ばないだろう!」


「……プリムさん、下がっていてください。アトラ君は僕が絶対に止めます」


「頼んだぞ、リクト。あのバカモノを止めてやってくれ」


 アトラを想うプリムの気持ちを受け止め、プリムをジェリコの元へと下がらせたリクトは先程以上の力を漲らせ、好戦的なオーラに満ちているアトラと対峙する。


「さあ、リクト様。自分はまだまだ戦えます……まだ、付き合ってもらいますよ」


「こんなことをしても何も意味はないのに、どうして……」


「まあまあ、リクトちゃん! 説得がダメなら、次は肉体言語で解決を目指そうよ♪ アトラちゃんたちもそれがお望みらしいからね♥」


 アトラたちを止められないことに激しい後悔を抱きつつも、アトラと戦う決心をするリクトを、好戦的で凶悪な笑みを浮かべる美咲がフォローする美咲。


 戦闘前の張り詰めた緊張感がエントランスを支配するが、そんな空気を茶化すかのような軽快で嫌味な拍手の音が響き渡った。


 エントランス内にいる人間の視線が拍手をする主に集まると、そこには複数台の戦闘用ガードロボットを引き連れて、愉快そうな笑みを浮かべているアルバート・ブライトだった。


「友情と信念の激突、美しい限りだ! いや、悲しいかな? まあ、どちらでもいい」


「アルバート・ブライト! お前がアトラたちを誑かして兵輝を渡したのだな!」


 アルトマンの協力者であるアルバートの登場に、彼がアトラたちを裏で動かしたと判断したプリムは、ジェリコに守られていたのにもかかわらず一歩前に出て激高する。


「今回の騒動に私は彼らに兵輝を渡した以外、私は今回の件に何も関わっていないよ。君たちの前に現れたのも、私は兵輝の実験データを集めるようにと頼まれただけなんだ。まあ、そのついでに私も私の実験をしようと思っているのだけどね」


「ふざけるな! 兵輝という危険な力をアトラたちに与えた時点で、お前はこの件に深く関わっているぞ!」


「安心したまえ、お嬢さん。アンプリファイアを使っているが、今の兵輝は以前までのとは違ってアフターリスクは抑えられて設計されている。それに、元々輝石を扱う資質のある輝石使いが使っているのだから、使用後のリスクは一般人と比べて少ないはずだ」


 激高するプリムを宥めるように、アルバートは心底不承不承といった様子で兵輝の説明をすると、「な、なるほど……」とプリムは怒りを忘れて安堵していた。


「君たちにはご協力感謝するよ。君たちのおかげで、我が師も北崎もさぞ満足だろう」


「アトラ君、あなたたちはアルバートさんたちに利用されているだけです! 考え直してください! こんな争いは無意味だ!」


 ……うるさい! もう、引き返せないんだ! 


 煽るようなアルバートの態度に、戦う決心を鈍らせてしまったリクトは再びアトラたちを説得するが、無駄だった。


「勘違いするな。俺たちはお前たちに協力したわけではない……ただ、自分の目的を果たすために、お前たちを利用しただけだ」


「わかったわかった。そういうことにしておこう。さあ、早く君たちが得たその力で存分に暴れるのを見せてくれ、そして、君の友人とぶつかり合った末に生まれるドラマチックで感動的な結末を見せてくれ」


 魂胆に乗るのは癪だが――仕方がない。

 すべてはブレイブさんのため、あの人のためなら何でも利用してやる!


 利用されているのも承知でアルバートに促されるまま、リクトと戦おうとするアトラだが――誰よりも早く動いたのは美咲だった。


「大人が子供の喧嘩に手を出しちゃ、ダメだよね?」


 リクトはもちろん、兵輝によって強化されたアトラたちでさえも反応できないスピードでアルバートと間合いを詰めた美咲は、彼の首を掴み上げようとする――


 だが、アルバートのすぐ傍にいた一体のガードロボット――アルバートが引き連れた二足歩行の戦闘用ガードロボットとは一線画す、鋭利でシャープな外見でより人間らしくなった、銀色のボディのガードロボットが、アルバートの首を掴もうとした美咲の手を掴んだ。


 人間的な顔立ちの赤く光る双眸のガードロボットを美咲は物珍しそうに見つめていた。


「あらら……そのガードロボット、ちょーっと他とは違うのかな?」


「これが私の目的を果たしてくれる存在だ――さあ、『彼』と遊んであげてくれ」


「もっちろん――って、いやぁあああああああん!」


 一味違うガードロボットを相手にできることに嬉々とした笑みを浮かべた瞬間、美咲の腕を掴んでいたガードロボットは背部に備えていたブースターを起動させ、ジェット機のようなスピードで壁に向かい、そのまま壁を突き破って美咲とともに外に出た。


「さあ、私は研究成果の観察をしなければ――後は好きにするといい」


 素っ頓狂な美咲の悲鳴が聞こえなくなると、アルバートは軽快な足取りでガードロボットが突き破った壁の穴から聖堂を出ようとすると、引き連れていたガードロボットたちが一斉に輝石にも似た光を放つと、武輝を生み出した。


「機械人形? でも、そんな力は感じられなかった……」


「日々技術は進んでいるのだ、リクト君。貴重なヒューマンリソースがなくとも、今や輝械人形は武輝を扱えるようになったのだ……喜んでいいのかわからないがな」


 武輝を扱う輝械人形は煌石を扱える人間が必要なのだが、今の輝械人形からはそんな力の気配をいっさい感じられなかったのでリクトは驚いていると、アルバートは自虐気味な笑みを浮かべて新たな輝械人形について簡単に説明をした。


 そのままアルバートは振り返ることなく、大きく開いた穴から聖堂の外に出て美咲とともに外に飛び出したガードロボットの後を追った。


 その足取りと背中はどこか寂し気だったが――アルバートが出て行ってすぐにアトラたちと、輝械人形たちとの戦闘がはじまったので、そんなことを気にする余裕はなかった。


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