第26話
重厚な石造りの扉を開けた先には、青白い光に包まれた薄暗い通路が広がっていた。
通路を照らしている青白い光の正体は壁に埋め込まれたティアストーンの欠片で、通路の先にある儀式の間――ちょうど歴代教皇が眠る墓の真下から放たれる力によって反応しているティアストーンの欠片が微弱ながらも通路を照らしていた。
蛍のような美しい光に照らされる通路を見て、「きれいですね」と幸太郎は思わず口に出してしまうと、「そうじゃろうそうじゃろう」とイリーナは得意気な笑みを浮かべていた。
「でも、何だかちょっと不気味な感じもします」
「ば、罰当たりなことを言うな! この光はいわば歴代教皇の持つ偉力の一旦。永久の眠りについても彼らの力は今を照らしているのだ。そう考えれば神秘的じゃろう」
「でも、力を失った教皇の人もいるんでしょう?」
「も、もちろんいるが、それでも力を残したまま次期教皇候補に自身の座を譲った教皇もいるのだ。――まったく、変なところでお主は察しが良いな」
「何だか照れます」
「褒めてはいないのだがな」
これから重要な儀式がはじまるというのに緊張感のない呑気な会話を繰り広げている幸太郎とイリーナを無視して、エレナは黙々と先へと進んでいた。
「イリーナさんって教皇庁のことを詳しいんですよね」
「フフン、まあ、ワシの一族が歴史の記録係だったからの。自慢ではないが誰も知らないような歴史を知っておるぞ!」
「それなら、イリーナさんなら怖い話をたくさん知っているんじゃないんですか? 例えば、この通路から歴代教皇たちの呻き声が響いたり、顔が壁に浮き出たり、足首を掴まれたり……」
「旧本部周辺はティアストーンに祝福された土地されているのだ! そ、そんな話などあるわけないだろう……ぜ、絶対にないのじゃ!」
薄暗い通路内の不気味な雰囲気に当てられて、何気なく幸太郎は怖い話を話題に出すと、明らかにイリーナは動揺してしまっていた。
「でも、今ティアストーンがあるアカデミー都市には色々な話をよく聞きます。例えば、とあるアパートの一室の前に座って虚ろな表情でジッと誰かを待つ半透明の女の子とか、誰もいないはずなのに夜の公園内に響き渡る地獄の底から響くような低い呻き声とか、高等部校舎内にあるトイレが必ず濡れているとか――あ、僕も体験した話がいくつかあって――」
「わ、わー、わー! そ、そんなことはどうでもいいのじゃ! お主は儀式に集中するのじゃ!」
楽しそうに怖い話をしようとする幸太郎だが、イリーナに無理矢理遮られてしまう。
かなり必死に自分の話を遮ったイリーナをじっと見つめて――幸太郎は素直な感想を述べる。
「イリーナさん、もしかしてそういう話苦手ですか?」
「そ、そんなわけはないだろう! わ、ワシは大人のれでーなのだぞ!」
「イリーナさん、かわいいです」
「わ、ワシを子供扱いするな!」
怖がりなイリーナを心の底からかわいいと思って子供扱いしてくる幸太郎に、一気に不機嫌になったイリーナは話を無理矢理中断させて先へ進むことに集中するが――不意に、幸太郎たちを相手にしないで淡々と先へ進んでいたエレナの足が止まった。
突然立ち止まったエレナに、「どうしたんですか?」と幸太郎は心配して声をかけると――先へ進むエレナの道を阻むかのように、一人の男が立っていた。
「ブレイブさん……外にいたのにいつの間にここに来てたんですか? どうやってここに……」
エレナの前に立つ男――聖堂の外で警備をしているはずのブレイブがどうしてここにいるのではなく、出入り口が一つしかないはずなのにどうやってここまで来たのかが気になって不思議そうに自分を見つめてくる幸太郎を無視して、エレナをじっと見つめていた。
いっさいの迷いもない覚悟を決めた表情を浮かべるブレイブを見て、イリーナは何も言わずにただ警戒心だけをゆっくりと高めて、ブレイブの出方を冷静に伺っていた。
「私がここに来たということは聡明なあなたにはわかるはずだ――さあ、あなたたちは何も言わずに私に従ってもらいます。こちらとしてはできる限り、手荒な真似はしたくはないのです」
懇願するようでありながらも有無を言わさぬ迫力を放つブレイブに、能天気な幸太郎でさえも気圧されてしまい、自然と警戒心が高まってしまう。
そして、何も言わずに鋭い目で自分を見つめてくるエレナの手を強引に掴もうとするブレイブだが――咄嗟に、エレナの前に庇うようにして立つ幸太郎。
そんな幸太郎をイリーナは「よせ、幸太郎!」と小声で制するが、そんな彼女の言葉を無視してブレイブを何も考えていない無邪気な光を宿しながらも、決して揺るがない意思が宿る双眸でジッと見つめた。
「ブレイブさん、どうしたんですか?」
子供のような純真無垢な瞳をこちらに向けてくる幸太郎に、一瞬ブレイブの中にある何かがチクリと傷んだような気がしたが――その痛みを強引に振り払う。
「君にも関係のある話だが、今は君よりもエレナ様が優先だ。彼女の判断で何もかもが順調に終わる――さあ、エレナ様、私に従ってもらいましょう」
「……いいでしょう」
警戒心と敵意が込められた低くくぐもった声でブレイブに従うことを了承するエレナだが、幸太郎は「ダメですよ」と認めない。
「何だかブレイブさん、危ない気がします」
「悪いが悠長に話している時間はない。今この時にも私の弟子たちが身をすり減らして、私なんかのために戦ってくれているのだからな――だから、邪魔をするなら君でも容赦はしない」
冷酷にそう言い放つと、ブレイブは掌で軽く、まるで服についた埃を払うかのように柔らかく幸太郎の鳩尾に触れると――幸太郎の全身に衝撃が走る。
声なき声を上げて吹き飛ぶ幸太郎だが、輝石から放たれる光に似た白い光を纏ったイリーナから放たれた力に身体が包まれ、その光がクッションとなって壁に叩きつけられそうになるのを防いだが、膝をついたまま何度も苦しそうに咳込んでいた。
そんな幸太郎にイリーナは駆け寄り、「大丈夫か」と解放する。
「手加減はした。しばらくは苦しいと思うが、すぐに楽になる――さあ、エレナ様。これで私が本気であると理解できたでしょう。私に従ってくれますね?」
「……行きましょう」
「待て、ブレイブ!」
幸太郎の無事を一瞥して確認した後、目的を果たすためなら手段を問わないブレイブの言葉に従い、彼の傍に向かうエレナ。
イリーナの制止を無視して、大人しく自分に従ってくれるエレナにブレイブは満足そうに、それ以上に安堵した表情を浮かべて先に向かおうとするが――その表情は「よお」と、軽い調子で挨拶をする一人の男の登場によって崩れ、先へ向かいそうになった足が止まった。。
「外は上手い具合に騒がしくなってるし、教皇も捕らえたし順調だな。後一歩ってところか?」
「デュラル……お前がなぜここにいる。外にいるはずではなかったのか」
幸太郎とイリーナの背後から現れたのは、不敵な笑みを浮かべているデュラルだった。
突然現れた自分に対して強い不信感と怒りを込めた目で睨むブレイブを、デュラルは適当にスルーしながらゆっくりと幸太郎たちに近づいた。
「俺の目的は教皇じゃない――七瀬幸太郎だ」
「まさか、お前は――」
「さあ、七瀬。お前は俺についてきてもらおうか」
自分の目的を告げながら、咳込んでいる幸太郎にデュラルは視線を向けて手を差し伸べた。
氷の刃のように冷たく鋭いデュラルの私怨が宿った視線を受けて、幸太郎の背筋に冷たいものが走るとともに気圧されてしまい、咳込むことも忘れて固まってしまった。
「……行くぞ、幸太郎! ワシから離れるな!」
差し伸べられたデュラルの手から逃れるように、イリーナは強引に幸太郎の手を引っ張って、壁に向かって激突する勢いで走った。
目の前まで壁が近づき、幸太郎は思わず目を瞑ってしまうが――激突しそうになった扉はクルリと回転して、そのまま幸太郎たちは扉の向こう側へと向かってしまった。
即座にデュラルは二人を追いかけようとするが、一度開けたら簡単には開かない構造になっているのか、開けることができなかった。
「クソ! 開かねぇぞ! どうなってんだこの扉! おい! 待て、聞こえんのか! 七瀬! あー、チクショウ! どうして俺がこんな真似を……」
扉の先にいる幸太郎たちへ怒鳴り声を上げ、扉を開けようと壁に向かって苛立ちを発散させるように蹴りを入れているデュラルを放って、ブレイブはエレナとともに通路の先へ向かった。
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