第25話

「それで、ティアちゃん、昨日はどうだったのかな~?」


「何が聞きたい」


「幸太郎ちゃんと一緒にお風呂に入ったんだってね♥ みんな噂してるよ」


「別に大したことではない。護衛のためだ」


「本当にそれだけなのかなぁ? ああ、それよりも、お風呂に入っていた幸太郎ちゃん、どうだった? おねーさん気になるなぁ」


「何が気になる」


「もう! ティアちゃんったらそんな恥ずかしいこと乙女のアタシに言わせるの?」


 幸太郎たちが儀式の間へと向かったと優輝たちに連絡し終えたティアたちは、ジェリコが注いだ紅茶を飲みながら、幸太郎たちの儀式が終わるのを待って雑談を交わしていた。


 昨日の大浴場での件を根掘り葉掘り、やらしく尋ねる美咲を軽くスルーしているティアに、プリムは「よくないぞ!」と注意をする。


「コータローは性別年齢問わずに発情する野獣のような男だというのに、ティアは少々無防備過ぎるぞ! お前なら大丈夫だとは思うが、警戒はするべきだぞ!」


「わかってないなぁ、プリムちゃん。男の子はみんな野獣よ♥ 常日頃からエッチなことしか考えて、勇気凛々元気ビンビンなんだからね」


「それは違うぞ、ミサキ! リクトやクロノやアトラはそんなことはないぞ!」


「あの子たちは男の子の中でも特別な男の娘だから例外なの♪ いい、プリムちゃん? アタシたち女の子はそんな男の子たちを受け入れてこそ、大人の階段を昇れるの☆」


「そ、そういうものなのか? アリスからはミサキの言葉を真に受けるなと言われているから、どうにも信用できないのだが……」


「アリスちゃんもひどいこと言うなぁ☆ でも、プリムちゃん、大人の女の子になりたかったら、相手のすべてを受け入れるくらいの器量を持たないと♪」


「フム……確かに、それは一理ありそうだ」


「お、それがわかったならプリムちゃんは大人への一歩が早くなりそうだね♪ 後は男の子を手玉に取る熟練のテクニックさえ身につければ、大人の女の子になれるよ♥ このままいけばアリスちゃんよりも先に大人の女の子になれるんじゃないかなぁ」


「ほほう! それなら、是非ともそのテクニックとやらを教えてもらおうではないか!」


「えー? ちょっとプリムちゃんには早いんじゃないかなぁ……ジェリコちゃんとリクトちゃんはどう思う? 大人のテクニックについて♥」


 無邪気に大人のテクニックに興味を持つプリムを見て、小悪魔のように妖艶に微笑みながらからかうような視線をリクトとジェリコに送る。


 ミサキの言う『大人のテクニック』という妖しい響きの言葉に顔を真っ赤にして答えに窮するリクトと、興味のなさそうにするジェリコ。


「……銀城美咲、あまりプリム様をからかうな」


「からかっていないよ。同じ女の子として、プリムちゃんの成長を見届けたいだけだよ」


「プリム様をお前のように成長させられない」


「ふえぇ……ティアちゃーん、ジェリコちゃんがひどいことを言うよぉ」


 いっさいの容赦のないジェリコの一言に、ティアに纏わりついて泣きつく美咲。


 わざとらしければかわいくもないウソ泣きをしながら、再びティアにセクハラを仕掛けようとする美咲だが――突然ティアの身に纏う空気が張り詰めたのを察して、セクハラを一旦中断させ、彼女から離れた美咲は心底楽しそうな凶悪な笑みを浮かべた。


「ようやく楽しくなってきたって感じかな?」


「……警戒しろ」


 聖堂周辺の空気が変わったことを察知した楽しそうな笑みを浮かべながら美咲は輝石を武輝である身の丈を超える巨大な斧に変化させ、ティアも輝石を武輝である大剣に変化させた。


「敵襲か、ジェリコ」


「そのようです。プリム様たちは下がっていてください」


 プリムの問いに短く答えたジェリコは、エレナとプリムを下がらせたジェリコは武輝である二本のナイフに変化させ、庇うようにしてプリムたちの前に立った。


 三人に遅れてリクトは憂鬱そうな表情を浮かべながら輝石を武輝である盾に変化させた。


 一瞬の沈黙の後――勢いよく開かれた出入り口の扉から、大勢の武輝を手にした輝士たちが殺到し、即座にティアたちを囲むような陣形を組んだ。


 下手な真似をすれば一斉に取り囲んだ輝士たちが襲いかかってきそうな殺気と闘志が漲る雰囲気の中、ジェリコに守られているプリムが一歩前に出た。


「一体何のつもりなのだ! 今、新たな次期教皇候補が誕生するための神聖な儀式が行われている最中だというのに、それを知っての狼藉か!」


 大勢の輝士たちに囲まれた状況でも怯えることはなく、悠然と立ち向かってくるプリムに、輝士たちは一瞬気圧されてしまうが、そんな彼らに発破をかけるように「もちろんです!」と大勢の輝士の中から一人の人物が声を張り上げ、一歩前に出た。


 一歩前に出た人物は――アトラ・ラディウスだった。


 他の輝士たちとは違い、輝石を武輝に変化させていないアトラだが、彼の身に纏う空気は他の輝士たち――いや、それ以上の威圧感を放つ、覚悟を決めた力強い表情を浮かべていた。


「お願いします、大人しく我々に従ってください。そうすれば、無益な争いは避けられる」


 深々と頭を下げて大人しく自分たちに従うように懇願するアトラだが、リクトたちは何も言わずにアトラたちを睨んでいた。


「……アトラ君たちの目的はエレナ様ですね」


 落胆と失望、それ以上に悲しみを宿した表情を浮かべているリクトの質問に、アトラは迷いのない瞳を彼に向けて力強く頷いた。


「教皇庁を変えようとするエレナ様の考えには同調しますが、教皇庁を解体しようとする考えには同調できません。教皇庁が失えば、大きな混乱や争いが起きて、大勢の人が悲しむことになる! だからエレナ様には教皇を辞めてもらいます!」


「そんなこと、エレナ様が了承すると思っているんですか?」


「話し合いを優先させますが、もしもそれができない場合は……最終手段として、リクト様には申し訳ありませんが実力行使をさせていただきます」


「わーお♪ いいね、シンプルで! おねーさん漲っちゃうよ♥」


 目的を果たすためなら実力行使も辞さないと淀みない口調で言ってのけたアトラに対して、美咲は盛大な拍手を送って周囲を圧倒する凶暴なオーラを全身から放った。


 一人で盛り上がっている美咲を放って、リクトとアトラの話は続く。


「エレナ様を辞めさせた後の教皇庁はどうするつもりですか?」


「次期教皇最有力候補であるリクト様やプリム様はエレナ様と繋がりが深いゆえに、今回の件で反乱の意思が芽生えるのは必至。だから、七瀬幸太郎――賢者の石を持つとされている彼を大々的に外部にアピールして、教皇に祭り上げます。その後、彼は我々の意のままに動いてもらいます……そうすれば、教皇庁は世界の頂点に立ち、世界は混乱から守ることができる」


「アトラ君は幸太郎君を甘く見ています。あの人は絶対にあなたたちに従うわけがない」


「……従わせる方法はいくらでもあります」


「そんなこと、私が許すと思うか?」


「残念ですが、ティアさん……あなたでさえも、我々の計画を止めることはもうできない。エレナ様と七瀬さんは既に我々の手中にあるも同然です」


 無理矢理にでも幸太郎を利用するつもりでいるアトラたちに、リクトとアトラとの会話に割って入ったティアを中心として場の空気が一気に冷え切ると同時に、昂る。


「見損なったぞ! 教皇庁や世界のためという考えは立派だが、何も関係のないただただ能天気で人を苛立たせるだけのコータローを利用するとは言語道断だ。教皇庁とは無関係のコータローを巻き込んだ時点でお前たちに大義など存在しない! ただの下衆だ!」


「この騒動を引き起こした時点で、どんな美辞麗句を並べようと大義にならないのは理解しています! しかし、この場であなたたちと対峙している時点で我々は覚悟を決めています!」


 教皇庁とは何の関係のない幸太郎を強引に巻き込み、利用しようとするアトラたちを非難するプリムだが、アトラたちは揺るがない。


 どんなに罵られ、軽蔑されようとも自分たちの進むべき道が正しいと信じているからこそ、アトラたちは退かず、友人たちを目の前にしても決して揺るがないアトラの決意表明に鼓舞された輝士たちが戦意を更に漲らせた。


 今にも飛びかかりそうな勢いのアトラたちを、美咲は心底楽しそうな笑みを浮かべた。


「どうやら説得は無理かな? まあ、ああいう覚悟を決めた子たちって自分たちが周りにからどんな目で見られても構わないから当然だよね♪ いいねぇ若さって――……ティアちゃん、ここはアタシたちに任せて幸太郎ちゃんのところに行ってよ」


 今にも飛び出しそうな勢いで興奮しきっている美咲の指示に、ティアは力強く頷く。


 幸太郎の元へと向かうためにティアが大きく一歩を踏み込んだ瞬間――戦いははじまった。

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