第24話

「優輝君、昨日ティアが七瀬君と一緒に入浴した件について、詳しいことを知らないかな?」


「やっぱり本当だったんですか? 美咲さんから聞いたので、半信半疑だったんですが……」


「ああ、どうやら本当のようだ。大浴場を管理していた人間から実際に聞いたんだ。男湯だというのにティアが無理を言って七瀬君と一緒に入ったということを」


「ティアにしては随分大胆だな……いや、ティアだからこそ、大胆なのか」


「冷静に大胆不敵な行動をするのがアイツの持ち味だからな」


「まさか、あのティアにようやく春が訪れたってことですかね。いやぁ、兄妹のように育ってきた身としては嬉しい限りだ」


「同感だ――しかし、私はその件についてアイツの両親に報告しならないんだ」


「ああ、それは……心中お察しします」


「まったくだよ……昨日はそれで大騒ぎだったんだ」


 儀式が行われる聖堂の傍で場所で警備を行っている優輝は、グランとともに世間話をしながら周囲を警戒していた。


 本来であるなら重要な儀式が行われている最中に私語はもちろん、世間話など許されず、聖輝士であるグランはそんなことを輝士たちがしていたら注意をする立場にいるが――今回ばかりは別だった。なんせ、万年朴念仁だと思っていた幼馴染であるティアが、異性と一緒に入浴=裸の付き合いをしたのだから。


「そ、そんなに騒ぐことはないと思いますよ。だって、ティアさんは七瀬君の護衛のために一緒にお風呂を入ったんですから」


「し、しかし、沙菜……嫁入り前の娘が異性と一緒に入るというのはかなりの大事だ」


「できる限り寝食をともにするのが護衛の基本だ。さすがはティア。オレも見習わなければ」


 騒ぐグランを諫める沙菜と、グランと同様大事であると認識している大道。一方のクロノは、護衛としての役割を果たしているティアを純粋に尊敬していた。


「嫁入り前の娘が異性の前に肌を晒すというのは、それなりの覚悟があってのこと――つまり、ティアさんは七瀬君にすべてを晒す覚悟があるということだ! ダメだダメだ! まだ両親に挨拶していないのに、そんなに爛れた関係になってしまっては! 仮にも七瀬君は風紀委員であり、ティアさんは由緒正しきフリューゲル家の人間なんだ!」


「飛躍し過ぎで気持ちが悪いです」


 大袈裟な物言いをする大道に、沙菜は素直で冷酷な感想を漏らして黙らせた。


「もちろん、ティアさんだって護衛目的以外の感情はあるかもしれませんが、あの人が一時的な感情に身を任した行動はしません。それに、一緒に入浴=そういう関係になるとは限りませんから――そうですよね、優輝さん」


「え、あ、うん……確かに、そう言われてみればそうだったね」


「……優輝君、君、もしかして沙菜さんと――」


 沙菜に話を振られ、グランと一緒に騒いでいた優輝が一気にクールダウンする。


 そんな二人の様子を見て、沙菜と優輝の間に何かあったことを察するグランだが、「ああ、それよりも!」と優輝は強引に話を替えた。


「ついさっき連絡がありましたが、幸太郎君たちが儀式の間へと向かったそうです」


「動き出すならというわけか……」


 優輝の報告に世間話で緩んでいた気を一気に引き締めるグランは周囲を警戒すると――「待て」とクロノにしては珍しく、焦燥感に満ちた声を上げた。


「アトラはどこだ――どこだ、アトラ。どこにいる!」


 さっきまで近くで警備を行っていたアトラがいないことに気づいたクロノは、声を張り上げてアトラを呼んで周囲を見回すが――アトラはどこにもいなかった。


 アトラを探すため突き動かされる感情のまま動き出すクロノを「待つんだ」と大道は慌てて制止するが、その言葉をかき消すように短い悲鳴が連続して響き、周囲の空気が殺気に満ちた。


「こ、これは、一体……」


 一緒に警備をしていた仲間であるはずの輝士が輝士に襲われているという異様な光景に気圧され、沙菜は動けなくなってしまう。


「お前たち、何をしているんだ!」


 異変に即座に対応したグランは、輝石を武輝である円錐型の大きな穂先のランスに変化させて不意打ちを食らって倒れている輝士に、追撃を仕掛けようとする輝士に向けて飛びかかった。


 そんなグランの道を阻むようにして複数の輝士が襲いかかるが、輝石を武輝である錫杖に変化させた大道が生み出した火の玉のように揺らめく光弾によって、彼らは吹き飛ばされた。


 大道が邪魔者を排除してくれた隙をつき、グランは突進する勢いで輝士に向かって疾走する。


「どうやらはじまったようだな――って、待つんだクロノ君!」


 一気に状況が動いたことを悟り、輝石を武輝である刀に変化させた優輝はこの状況をどうにかしようとした時、突き動かされるままに聖堂へ向かって走るクロノに気づいて呼び止めようとするが、そんな優輝を「行かせましょう、優輝さん」と沙菜が止めた。


「クロノ君、アトラ君たちは本気です。一瞬でも疑念や迷いを抱いてはいけません。だから、どうか気をつけてください」


 届くかどうかはわからないが、聖堂に向かうクロノの背中に向けて沙菜はアドバイスを送り、輝石を武輝である杖に変化させた。


「すみません、優輝さん……私の勝手な判断で行かせてしまって。――でも、クロノ君ならもしかしたらアトラ君を止めることができるかもしれません」


「いいんだ……俺もよくわかってるから。沙菜さんの判断は正しいって」


 昨日、プリムと一緒にアトラと話した時に感じた迷いを思い出し、クロノなら彼を何とかできるかもしれないと優輝も沙菜と同様に思っていたが――それでも、友人と戦うことは避けられないのは確実なので、優輝はクロノにそんな辛いさせたくはなかった。


 そんな優輝の優しさから生まれる不安を察した沙菜は、「大丈夫ですよ」と優しい笑みを浮かべて、クロノなら心配しないでも大丈夫だと確信していた。


「私たちと同じでクロノ君だって――それに、アトラ君だってわかっているはずですから、信じましょう」


「そうだね……確かにそうだ――……なら――」


 沙菜の言葉を受け、クロノやアトラを見くびっていた自分を恥じて自虐気味な笑みを一度浮かべた後、彼の瞳に鋭い光が宿った。


 同時に、数えきれないほどの光の刃が優輝たちの遥か頭上に生み出された。


「それなら、俺たちはクロノ君たちの邪魔をさせないようにしよう」


 相手に、そして自分に言い聞かせるようにそう告げた瞬間――生み出された光の刃は仲間を襲う輝士たちに向けて的確に降り注いだ。

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