第29話


 大勢の輝械人形や、兵輝の力でパワーアップした輝士たちに囲まれている状況で、美咲という強大な戦力がいなくなったのにもかかわらず、リクトは周囲を圧倒していた。


 もちろん、アリシアとプリムを守るジェリコの協力もあったが、それでもジェリコと比べて輝石を操る力は圧倒的なリクトは、自身から溢れ出んばかりの輝石の力で生み出した光の巨人を操り、巨人が繰り出す剛腕の一振りで大勢の敵を一網打尽にしていた。


 大勢の輝士と機械人形の相手をしながら、リクトは襲いかかるアトラとも戦っていた。


 光の巨人を操りながら、兵輝によって生み出された二本の剣を大振りでありながらも素早く振るうアトラの連撃をリクトは回避を続け、隙をついて手にした盾を鈍器のように振るって反撃を仕掛けていた。


 大勢の敵を相手にしても決して怯むことも、いっさいの疲労感も見せることなく圧倒的な力で抵抗を続けるリクトの姿に、驚嘆するとともに尊敬の念さえも抱くアトラだが――


 何とか、対処できる――自分と、兵輝の力で!


 兵輝によって力が飛躍的に向上しているアトラには、圧倒的な力を見せつけてくるリクトの動きに対応することができており、彼を倒せる自信もあった。


 それは、兵輝によって得られた高揚感から生まれる勝利への確信ではなく、冷静に考えた結果だった。


 兵輝を使ってようやくリクトと肩を並べられるほどの力を得たが、自分とリクトの間に実力以外で大きな差があることをアトラは気づいていた。


 勝利を確信したからこそ、自分の隙を的確について反撃を仕掛けるリクトの動きに冷静に対処できるアトラは大きくバックステップして回避しながら、何度も勢いよく両手に持った剣を振るったことによって発生した衝撃波をリクトに向けて発射する。


 難なくリクトは自身の武輝である盾で防ぎ、アトラの攻撃の威力を吸収した盾から、その力を一気にアトラに向けて放出しようとするが――リクトの視界からアトラは消えていた。


 衝撃波を放つと同時に、アトラは天高く飛び跳ねてリクトの背後に回り込んでいた。


 背後に回り込んだアトラが不意打ちを仕掛けることに気づいたリクトは、即座に振り返って不意打ちを盾で防ごうとするが――気づくのが僅かに遅かった。


 輝石の力を刀身に纏わせ、刀身が光り輝く剣を勢いよくアトラは振り下ろした。


 何とかしてリクトはアトラの強烈な一撃を防ぐが、攻撃を防ぐタイミングが僅かに遅れたリクトは、アトラの攻撃を防いだことで全身に衝撃が走り、堪えきれずに吹き飛んでしまう。


 吹き飛ばされながらも空中で態勢を立て直すリクトだが、一気の追い詰めることができる絶好の機会を見逃さないアトラは彼に向かって飛びかかった。


 まだだ、まだ、この機は逃さない!

 これで一気に終わりにしてやる!


 空中で態勢を立て直したリクトに向け、足甲の装着された足を思いきり振り下ろした。


 避けきれず、武輝で防ぐこともできなかったリクトは、アトラの強烈な一撃が直撃して石造りの床が大きくヒビが入るほど激しく叩きつけられ、苦悶の表情を浮かべながらも何とか即座に立ち上がろうとする。


 だが、間髪入れずにアトラが光を纏った剣を振るって放たれた衝撃波がリクトを襲う。


 痛む身体を押して、咄嗟にリクトは横に飛んで衝撃波を回避する――が、回避したリクトを待っていたのは、行動を先読みしていたアトラだった。


 交差した剣を一気に振り払ったアトラの攻撃が直撃したリクトは、勢いよく吹き飛んで壁に激突し、項垂れたまま動かなくなってしまう。


 まだ武輝が輝石に戻っていないためリクトの意識と戦意は残っているが、輝士と輝械人形を圧倒していたリクトが生み出した光の巨人は消滅してしまった。


 手応えはあった……もう、動けないはずだ。


 確かな手応えを感じたアトラの耳に、「リクト!」と喧しく、悲痛なプリムの声が響いた。


 アトラはプリムの方へと視線を向けると、プリムは必死な形相で俯いたまま動かないリクトへと駆け寄ろうとするが、勢い任せに不用意に前に出て大勢の輝士を相手にしているジェリコの邪魔にならないようにアリシアに止められた。


「……さあ、リクト様。投降してください。今のあなたでは自分を倒すことはできないことは、ご自身が十分に理解しているはずです」


 リクトに代わって自分と戦う気満々なプリムを軽く流して、アトラは項垂れたまま動かないリクトに投降を促した。


 戦っている最中からリクトの中に無理矢理抑え込んでいた迷いが徐々に強くなってきているのをアトラは見抜いており、迷いが強くなるにつれてリクトの攻撃に躊躇いが生まれていた。


 リクトと自分の間にはかなりの実力差が開いていたが、敵対しても自分を友達と思い、そんな自分を傷つけたくないリクトの優しい気持ちと気遣いを感じながらも、アトラはそれを感じて勝利を確信していた。


「こんな状況でも自分を友と思い、気遣ってくれるのは嬉しいですが――そんな気持ちでは自分は倒せません。さあ、これ以上無駄な争いをしても無駄です戦力はこちらが圧倒的に有利だ」


 項垂れたまま動かないリクトに冷たくそう告げるアトラ。


 大勢蹴散らされたがそれでも仲間の輝士たちと輝械人形はまだ大勢いて、アリシアとプリムを守るジェリコは大勢の敵たちを相手に傷だらけになって追い詰められていた。


 そして、自分の言葉に反論できないほどのダメージを受けても、いまだに武輝を手放さずに抵抗する意思を見せているリクトだが、しばらくはまともに戦えないとアトラは判断していた。


 一気に状況がこちらに有利になり、リクトたちは追い詰められているが――ジェリコもリクトも投降する意思はまったく見せない。


 ……どうしてだ……どうして抵抗するんだ。

 どうして、投降しないんだ。


 そんなリクトたちを見て苛立ちを募らせるアトラに、「投降するつもりなどない!」と、迫力のあるプリムの怒声が響き渡った。


 感情のままに動くのをアリシアに止められていたプリムだが、それを振り払い、恐れることなく輝士たちと戦うジェリコの前に出てきた。


 激戦の渦の中心に武輝を持たずに現れるプリムだが、武輝を持たない彼女に輝士たちは誰も襲いかかることはせず、輝械人形も輝士たちに倣って彼女に攻撃を仕掛けなかった。


 だが、実際は幼い少女からは考えられないほどの凛とした威圧感に輝士たちが気圧されて動けないだけであり、プリムの鋭い眼光を一身に受けているアトラも動けなくなってしまう。


「私もリクトもお前を止めるためにこうして戦っているのだ! 投降するつもりはない!」


「プリム様も理解しているはずでしょう? リクト様が迷いを抱いていることに。そんな中途半端な覚悟では自分は止まらないし、どんなことがあっても止まるつもりはありません!」


「リクトの覚悟をバカにするのは私が許さん! リクトがどんな思いで友であるお前と戦っているのか理解しているのか? 理解しているのなら中途半端とは絶対に言えないはずだ!」


「それは自分も同じです! ――しかし、そう思っても、戦わなければならない! ブレイブさんの望む未来のために! 両親を失くした自分を息子のように育ててくれたあの人のためなら、自分は誰であろうと倒す!」


 そんなことわかってる――わかってるけど、止まれない!

 ブレイブさんのためならなんであろうと倒す! ……それが、友であっても!


 最後の最後で詰めが甘くなるリクトとは違い、父のような存在であるブレイブのためなら友であっても倒すと宣言するアトラだが――そんな彼をプリムは鼻で大きく笑った。


「リクトよりも自分の覚悟の方が優れていると言いたいようだが、私からしてみればお前の方が中途半端だ」


 性悪で嫌味な笑みを浮かべて自分の覚悟をバカにするプリムに、アトラは殺気立つ。


 激しい怒りを宿した目で睨んでくるアトラだが、気圧されることなくプリムは話を続ける。


「結局お前や、お前たちの意思は何なのだ? ただただブレイブに従っているだけで、お前たちの意思は何一つ感じられぬ! だからお前の言う覚悟は私には中途半端に聞こえるのだ」


「ブレイブさんの目指す未来こそ自分たちの望み! そうしたいという意思や、その目的を果たすための覚悟を全員が持っているからこそこうしてあなたたちとぶつかり合っています!」


 自分たちの意思を理解できていないプリムに、アトラは声を荒げて自分たちの覚悟と意思を表明するが、「本当にそう言えるのか?」とプリムは懐疑的だった。


「ただブレイブに従っているだけで、自分たちの意思を無視しているのではないか? 昨日まで友であり、味方だった存在と敵対することに何も迷いは抱かないのか? 嫌ではないのか?」


「自分たちはそれを覚悟で断ち切っているからこそ、こうしてここにいるんです!」


「こうしてお前もリクト同様私たちに投降を促している――本当に覚悟をしているのなら、力づくで従える覚悟と意思を見せたらどうだ。それができないのならお前たちのやろうとしていることは、ただただブレイブに従っているだけの中途半端な覚悟と意思で動いている茶番だな」


 ……うるさい。うるさい、うるさい!

 お前たちに何がわかるんだ! ここまで来るのにどれだけ苦しんだと思ってるんだ!

 どうして、わかってくれないんだ!


 煽るようで、嘲るようでもある笑みを浮かべながら放ったプリムの一言に、心がざわつくアトラと輝士たちは、何かを堪えるようにして拳をきつく握りしめた。


 そんなアトラたちをプリムは冷たい目で睨みながら更にアトラに近づく。


 戦うことも忘れてプリムの言葉に聞き入っていた輝士たちの様子を注意深く伺いながら「やめてください、プリム様」とジェリコに制されるが、プリムは構わず前に出る。


「さあ、どうするアトラよ……リクトが動けない今、私はリクトの代わりにお前と戦う覚悟を決めている。戦いは慣れていないし、痛いのは嫌だし、友であるお前と戦いたくはないが、そうしないとお前を止められないからな」


 プリムの言葉は本気であると、アトラにはよくわかっていた。


 戦闘に不慣れで敗北は必至だというのに、それでもプリムは本気だった。


 プリムの覚悟を見せつけられて周囲の輝士たちは気圧されるが――アトラは違う。


 もう戻れないんだ――だったら、やってやる!

 俺の覚悟は中途半端じゃないんだ! それを見せつけてやる!


 プリムの覚悟に気圧されながらも、友であるリクトと戦った以上、もう後には引けなくなったアトラはプリムに攻撃を仕掛ける。


 手にした剣を軽く振るったことによって生まれた風圧で、小さなプリムの身体は簡単に吹き飛び、硬い石造りの地面に叩きつけられた。


 ……これでいい……これでいいんだ。

 これでもう、絶対に後戻りはできない。


 手加減していたとはいえプリムに攻撃を仕掛けた自分に呆然としている仲間たちの視線が集まる中、アトラはリクトに続いてプリムに手を出したことを納得させていた。


 静まり返る中、自身の後ろに主であるアリシアがいるというのに、それを無視してジェリコは「プリム様!」と倒れたプリムに駆けつけた。


「心配するな、ジェリコ。私は無事だ」


「……もう少し注意してください。あなたに何かあればアリシア様が心配します」


 顔と腕に擦り傷を作りながらも力強い笑みを浮かべるプリムに、ジェリコは安堵の息を深々と漏らした――そんな一連の二人の様子を見て、アトラは疑問が浮かぶ。


 ジェリコ・サーペンス……アリシア様のボディガードを務めている。

 一昨日からずっと、アリシア様の傍を離れなかったのに、仕方がないとはいえこんな状況で離れるなんて……

 それに、さっきからアリシア様は何も――……ま、まさか……


 浮かんだ疑問が解決した時、アトラは先程から何も喋らないアリシアに視線を向けた。


 そして、一人真相に辿り着いたアトラは、アリシアに向けて疾走する。


「ダメだ、よせ! アトラ!」


 アトラが真実に辿り着いたことを察知したプリムは止めようとするが、アトラは止まらない。


 プリムよりも早くアトラの行動と自身のミスに気づいてしまったジェリコは、アリシアに駆けつけようとするが間に合わない。


 リクトもアトラの行動に気づいて動こうとするが、ダメージが蓄積して動けない。


 ――これで、終わりだ!


 すべてを終わらせるために、一気にアリシアへと肉薄するアトラだが――


 そんなアトラに向かって入口から光弾が飛んできて、それに直撃したアトラは吹き飛ぶ。


 吹き飛ばされながらも空中で態勢を立て直して着地したアトラは、不意打ち気味に光弾を発射した人物に視線を向けると――


「クロノ……どうして貴様がここに……」


 聖堂周辺で警備していたはずのクロノが自身の武輝である剣をきつく握り締めて入口の前に立っているのに気づいたアトラは驚くが、それ以上に彼に対して抱いていた憎悪の炎が滾った。


「オマエを止めに来た」


「この期に及んでお前も俺を止めると言うのか!」


「そうだ。リクトやプリム、オレは友達であるオマエを止めたいからな」


「何が友だ! 裏切者のお前にだけは言われたくはない!」


「何と言われようとも、オレはオマエを止める。それがオマエのためだからだ」


「笑わせるな! お前は裏切った俺に対しての罪悪感でこうして前に立っているだけだ」


「確かにそれもあるが、オマエのために心から止めたいと思っている心は真実だ」


「人間ではないお前が心だと? バカバカしいな」


 裏切者のこいつにだけは何も言われたくない!

 こいつにだけは止められたくはない!


 リクトやプリムと同じことを言っているだけなのに、クロノの言葉でアトラの中でたまっていた苛立ちが爆発する。


 憎悪さえも感じられるほどの凄まじい剣幕のアトラに気圧されることも、罵詈雑言に反応することなくクロノは淡々とした足取りでアトラに近づいた。


 こんな状況でも相変わらず感情のないくらいに冷静なクロノに、苛立ちが募るアトラだが――そんなアトラの苛立ちを、近づいてきたクロノから発せられる威圧感が吹き飛ばした。


 ゆっくりと淡々とした足取りで近づいてくるクロノは、普段と同様に感情がまったく感じられない無表情だが、一歩ずつ近づくたびにクロノから発せられる他人事のように冷ややかでありながらも、その中に確かに存在している怒気がアトラを圧倒していた。


 ある程度アトラに近づいたクロノは立ち止まり、項垂れたまま動かないリクトと、ジェリコに介抱されている軽傷を負ったプリムを一瞥した後、強い怒りと失望を宿した鋭く、それでいて真っ直ぐとした目でアトラを睨み、「ただ――」とゆっくりと口を開いた。


「オマエを止めるためにここに来たが……オレは相当怒っている。だから、容赦はしない」


「上等だ。こっちだって容赦はしない!」


 どうしてだ……どうして俺をそんな目で見るんだ……

 お前だって大勢の人間を裏切ったのにどうして俺をそんな目で見れるんだ……


 冷たくそう告げたクロノは手にした武輝である剣の切先をアトラに向けた。


 淡々としながらも昂っているクロノに対して、凶暴な笑みを浮かべるアトラだが、内心では責めるようなクロノの目に耐え切れなかった。


 今すぐクロノから目を背けたい衝動に駆られるが、その衝動を兵輝によってもたらされる高揚感でかき消し、その高揚感のままにクロノに飛びかかった。


 ――これで、終わりにするんだ。

 すべて、何もかも!

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