第30話

「お主は最初からワシとブレイブを怪しんでいると思っていたが、この土壇場で仕掛けるとは思いもしなかったぞ」


「ブレイブのバカはわかりやすかったが、アンタが黒幕って証拠は何一つ出なかった。教皇が戻ってきてからのアンタの動きが妙に活発だったし、ブレイブがやけにアンタに意見を求めるから、どこかで繋がってるとは思ってたけどな。中々尻尾を出しちゃくれなかったんだよ。だから、こうして現行犯で捕まえようとしたわけだ」


「お主も人のことは言えないじゃろう。ワシとブレイブが話している最中、ずっとワシらの話を注意深く聞いておったではないか。あれでは何かを探っているとバレバレじゃったぞ」


「まったく、証拠がないせいで対応が後手になっちまって外はパニックだ。まあ、アンタの目的が教皇じゃなくて七瀬だってわかってよかったよ。それでも、状況は最悪なことには変わりねぇけどな」


「何を言っておるのじゃ。後手に回っているとはいえ、お主たちはしっかりと対策を練っておるのじゃろう? まったく……あの二人を協力させるとは、誰もが思いもしないだろう」


 薄暗い秘密通路で、デュラルは娘とともに師であるイリーナと激しくぶつかり合っていた。


 お互い軽口を叩き合いながらも、デュラルは娘とともに身の丈を超える長剣を軽々と振るいながら、容赦なく師であるイリーナに攻撃を仕掛けていた。


 弟子の遠慮のない攻撃を、輝石の力でフワリと宙に浮いているイリーナは飄々とした動きで回避しながら、溢れ出んばかりで自身の周囲に生み出した武輝である大砲の砲身から光弾を発射していた。


 四方八方から絶え間なく繰り出されるイリーナの攻撃に、彼女との間合いを中々詰められず、決定的な攻撃を仕掛けても容易に回避され、回避と同時に繰り出される反撃に間合いを取らなければならず、中々決定打を与えることができずに防戦一方になってしまっていた。


 しかし、ティアだけは父が作った僅かな隙で一気にイリーナとの間合いを詰め、手にした武輝である大剣を軽々と振るって、イリーナに攻撃を続けていた。


 弟子であるデュラルなら手の内をわかっているため対処できたが、ティアは別だった。


 四方八方に浮かぶ砲口から発射される光弾をすべて確実に回避しながら間合いを詰め、正面から発射される光弾に瞬きすることなく真っ直ぐとイリーナを見据えて回避し、父と違って一旦攻撃を中断して間合いを取ることなくティアはイリーナに攻撃を続けていた。


 豪快なティアの戦法に、イリーナはやれやれと言わんばかりにため息を漏らす。


 そんなイリーナに向けて容赦なくティアは大きく掲げた武輝を振り下ろした。


 迫るティアの攻撃に、イリーナは「おっとっと」と焦りながらも余裕を残した態度で自身が纏う輝石の力の出力を上げ、見えないバリアを自身の周囲に展開させてティアの攻撃を防いだ。


 大振りのティアの攻撃とイリーナのバリアが激突し、周囲に轟音を響かせると同時に、二つの強大な力がぶつかり合ったことによって空間を揺るがすほどの衝撃波が発生する。


 凄まじい衝撃が全身に襲いかかるがティアの身体は揺らぐことなく、イリーナの張ったバリアを破壊しようと、バリアに阻まれている大剣を押し出していた。


 力づくで自慢のバリアを破壊しようとするティアに、イリーナは感心しながらバリアの出力を上げてティアを押し返そうとしていた。


 娘のフォローをするためにデュラルもバリアを破壊しようとイリーナに飛びかかろうとするが、彼の周囲に浮かんでいる砲口が邪魔をして不用意に飛びかかることができない。


「ほほう……これほどまでに強くなっているとはな。とうに父を超えておるぞ」


「あの人と協力して幸太郎を狙い、何が目的だ」


「教皇庁のためにブレイブはエレナを、ワシは幸太郎を狙っているだけじゃ。つまり、共通の目的のために協力しているだけであって仲間ではない。おそらく、ブレイブもそう思っているじゃろう。ブレイブは自分の目的が果たしたらワシを切り捨てるつもりじゃ――まあ、その前にワシがアイツを切り捨てるがな」


「……随分簡単に弟子を切り捨てるんだな」


「ブレイブもワシと同様目的のためなら手段を選ばぬ。ああ見えてブレイブはワシ以上に現実主義でドライな男じゃぞ? ブレイブを敬愛していたお主には知らなかったじゃろうが」


 あくどい笑みを浮かべて協力関係であるブレイブを簡単に切り捨てるつもりのイリーナに、バリアを破壊しようとするティアの力が強くなる。


「――いや、今気にしているのはブレイブではなく幸太郎か? もったいないことじゃが、アルトマンを含めてあの男は教皇庁にとって邪魔者でしかならない。ティアストーンの神秘性を保つため、ティアストーン以上の力を秘めている存在はただただ邪魔なだけじゃ」


「……それだけのために幸太郎を狙っているのか」


「教皇庁を守るためじゃ。仕方がない」


 力を持っているというだけで幸太郎の命を狙うイリーナに、バリアを破壊しようとするティアの力が更に強くなり、バリアに大きなヒビが入った。


 このまま一気にバリアを破壊しようとするティアだが、そんな彼女の魂胆を読んでいたかのようにイリーナは不敵な笑みを浮かべた。


 イリーナが何かを企んでいると判断し、ティアは咄嗟にバリアを破壊しようとする手を止めて大きく後退しようとするが――「もう遅いわ!」とイリーナが嬉々とした声を上げた瞬間、バリアが大きな破裂音とともに弾け、それによって生まれた衝撃波がティアに襲いかかった。


 吹き飛ばされるティアだが、空中で態勢を立て直す。


 そんなティアの周囲にイリーナは武輝である大砲の方向を大量に生み出し、一斉発射する。


 逃げ場がない空中でティアは勢いよく身体を回転させながら武輝を振るって、自身の周囲から放たれた光弾のすべてを撃ち落とし、華麗に着地する。


 間髪入れずにティアに攻撃を仕掛けようとするイリーナに、背後からデュラルが襲いかかる。


 ティアの動きに集中していたせいでデュラルの動きを注視することができなかったイリーナだが、自身の周囲にバリアを張ってデュラルの不意打ちを防ぐ。


 防いだ瞬間デュラルの周囲に生み出した複数の砲口から一斉に光弾を発射――しようとするが、デュラルに注意が一瞬でも向いた瞬間、周囲の砲口から発射される光弾を回避しながら一気に間合いを詰めてきたティアが、大きく身体を半回転しながら武輝を薙ぎ払う。


 勢いをつけたティアの強烈な一撃にイリーナが張ったバリアは簡単に破壊され、バリアが破壊された衝撃でイリーナは吹き飛んでしまう。


 しかし、床に叩きつけられることなくイリーナはフワリと宙に浮かび、徐々に自分を追い詰めてくるティアとデュラルを不満気に見つめた。


「さすがに二人で老人をいたぶるとは、卑怯じゃな」


「よく言うぜ。現役時代からまったく実力が変わってねぇくせに。化け物かよ」


「師匠であるワシを化け物扱いするとは何たる不届き者じゃ!」


「それじゃあ、妖怪だな。妖怪化けタヌキ」


「むー! それも同じことじゃろうが!」


「まったく……元気のいいことだ。こっちは若者に合わせるのがいっぱいいっぱいだってのに」


「お主の場合は単純に運動不足じゃ。最近、肉付きが良くなってきたぞ」


「そ、そんなことないよな、ティーちゃん? お父さん、カッコいいよね?」


 そんなことなどどうでもいいと言うように、父の言葉を軽くスルーしてイリーナの出方を伺いながら、踏み込むタイミングを冷静に見極めているティア。


 静かな怒りに満ちている今にも飛びかかりそうなティアに、イリーナは仰々しくやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。


「さすがのワシでもお主たちの相手をするのは骨が折れるから――ここは少々大人げない方法を取らせてもらおうかの」


 狡猾な笑みを浮かべたイリーナの一言に、嫌な予感がしたティアは咄嗟に壁の穴の陰に隠れている幸太郎の元へと走った。


 目の前に敵がいるというのに敵に背を向けた娘を「やめろ、ティア!」とデュラルは制止するが、幸太郎に集中している娘の耳には父の警告など耳に入っていなかった。


 待っていたと言わんばかりにイリーナは自身の前に一際大きい大砲を生み出すと、砲口から極太のレーザー状の光が発射された。


 イリーナの不意打ちに気づいたときにはもう遅く、ティアの目の前に光が迫っていたが――師匠の魂胆を読んでいたデュラルが娘の前に割って入って庇った。


 バリアとして全身に纏っている輝石の力の出力を上げ、武器を盾にして師匠の攻撃を防ぐデュラルだが、師匠の攻撃は容易にデュラルの防御を突き破った。


 勢いよく吹き飛んだデュラルは壁に激突し、その衝撃で手から離れた武輝が輝石に戻る。


「油断したな、ティアリナ……お前の不用意な行動で一気に形勢は逆転したぞ」


 せせら笑いながらのイリーナの一言に、ティアは何も反論できない。


「そして、これでもう決着じゃな――さあ、幸太郎。出てこい」


 壁の穴の陰に隠れている幸太郎に向けてそう告げると、おずおずとした様子で周囲にイリーナが生み出した何門もの小さな砲口に狙われている幸太郎が現れた。


「ティアさん、ごめんなさい。気づいたら囲まれてしまいました」


「お前の責任ではない……不用意な真似をした私の責任だ」


「責任の所在はどうでもいい――さあ、ティアリナ。武輝を捨ててもらおうか」


「ティアさん、気にしないでください」


「さすがは幸太郎じゃが――お前はどうする、ティア?」


 人質にされてもまったく気にしていない幸太郎だが、ティアは違う。


 イリーナは本気であり、不用意な真似をすれば幸太郎の周囲に浮かぶ砲口から一斉に攻撃が放たれることを理解しているティアは、大人しくイリーナに従わざる負えなかった。


 大人しく武輝を床に置いたティアに、「賢明な判断じゃ」とイリーナは満足そうに頷く。


 ティアが置いた武輝は数瞬後には光とともに輝石に戻ると、無駄な抵抗をさせないようにティアの周囲に小さな砲口を複数生み出すイリーナ。


「さあ、幸太郎。お主はワシとともに来てもらおう」


「いいですよ」


「早いな。もうちょっと悩んでもよかっただろう。駆け引きだってあったのじゃぞ? 従わなければティアリナを人質にするとか、そういうこともあったのに……まあいい。行くぞ」


 特に何も考えている様子なく即答で自分に従う幸太郎に呆れつつも、無駄な抵抗をされるよりかはマシだと思うことにして幸太郎とともに奥に向かおうとするイリーナ。


 背を向けて奥に向かおうとするイリーナに、すぐにティアは床に落とした輝石を拾い上げようとするが――周囲に浮かんでいた砲口から光弾が一斉発射する。


 周囲から放たれる光弾を回避しながら輝石の元へと急ぐティアだが――四方八方から絶え間なく発射される光弾に避けきれず、輝石で強化されていないティアの身体は軽々と吹き飛んだ。


「……まったく、愚かな奴じゃ」


 ティアが無駄な抵抗をしようとして失敗したのを感じ取ったイリーナは、嘲笑を浮かべながら幸太郎とともに奥へと向かった。

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